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シングルマザーが笑顔で暮らせる社会を目指して。研究調査でわかった、求められる支援

「日本におけるシングルマザーの就労率は8割以上と高いにも関わらず、ひとり親家庭の貧困率は約5割。社会の構造や制度運用に問題があるのではないかと考えます」と話すのは、龍谷大学 社会学部 砂脇恵 准教授。砂脇先生は大学で社会福祉学を研究しながら、シングルマザーを支援する一般社団法人「シンママ大阪応援団」の理事として活動しています。2022年からは、大阪・福岡・熊本の「シンママ応援団」でシングルマザー家庭の生活実態を調査。今回は、シングルマザー世帯の実態と求められる支援、社会の課題について教えていただきました。

私たちは誰しも、健康で文化的な生活を営む権利がある

私が大学教員になったのは2003年。2013年に母校の龍谷大学社会学部に就任し現在に至ります。これまでの20余年、貧困・生活問題と生活保護制度の研究に取り組んできました。その原動力となったのは、支援現場との繋がりでした。教員になってはじめの10年はホームレス支援団体の活動に関わりながら、当事者へのインタビュー調査などを実施しました。2017年には、シンママ大阪応援団のシンポジウムに参加したことをきっかけに、シングルマザーの生活問題に関心をもちました。2022年から団体の理事に加わり、シングルマザーの生活実態調査の集計と分析に携わっています。

ホームレスの人びととシングルマザーの両者に共通するのは、安定的な雇用と社会保障・住宅保障から守られず、家族・親族にも頼れない状況のなかで経済的困窮と社会的孤立を余儀なくされているという点です。

日本国憲法第25条では「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められています。この生存権を保障するための公的制度がありながらも、ホームレスやシングルマザーをはじめ、貧困状態にあえぐ人びとが日本社会にはたくさん存在しています。
誰もが尊厳と安心して暮らす権利を脅かされない社会をめざすこと。これが私の研究活動の目標です。

シングルマザーの厳しい生活実態

日本のシングルマザーの8割以上は働いているにも関わらず、ひとり親世帯(その9割が母子世帯)の相対的貧困率は44.5%(厚生労働省「国民生活基礎調査」2021年度)と著しく高い状況が続いています。国際的にみても日本はひとり親世帯の貧困率が著しく高い国であり、OECD加盟36カ国のうち日本はワースト5位で、OECD平均の31.9%を大きく上回っている現状にあります。

ひとり親世帯の貧困率の国際比較

出典:内閣府『男女共生参画白書』(2024年版)

 

そしてコロナ禍と物価高騰のなかで、シングルマザーの暮らしは厳しさを増していきました。その実態を明らかにするために、私はシングルマザーの生活実態調査に取り組んできました。
2021年、龍谷大学 ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターの研究ユニットに加わることとなり、シンママ大阪応援団で実施したアンケート結果をもとに「民間団体の支援活動がシングルマザーのエンパワメントに与える影響を評価するための指標」研究をおこないました。この研究を通して「ケアの社会的循環」(後述)という働きを見いだすこととなります。2022年度からは一般社団法人「シンママ大阪応援団」と、「シンママ熊本応援団」・「シンママ福岡応援団」の3団体合同で「シングルマザーの暮らしの実態調査」を実施しました(以下「シンママ調査」と記す)。2024年度には、これまでの量的調査に加えて質的研究を行うためシングルマザーへのグループインタビューを行いました。

シングルマザーの仕事・生活・健康の状況を調査

シンママ調査では、シングルマザーの雇用・就業の不安定性、社会保障制度の不備不足、切迫した家計、シングルマザー自身の健康面の不調などが明らかになりました。
シングルマザーの就業率は78.7%(2023年9月時点)で、前年調査より5.8ポイント増加、コロナ禍の雇用への影響がやや落ち着いてきたようにも見えます。しかしながら、就業形態をみると正規雇用は約3割にとどまり、非正規雇用(パート・アルバイト、契約・派遣社員)や自営業など不安定就業層が約7割を占めています。よって低収入を補うために長時間労働をせざるを得ず、就業するシングルマザーの44%が週40時間以上働いているのです。
雇用・就業の不安定性は家計に影響を与えます。回答者の63.6%は世帯収入(手取り額)200万円未満という低所得状態にあります。本来、勤労収入が低いならば所得保障制度がそれを補うはずですが、給付額の不足や制度の谷間により社会保障の所得再分配が十分機能していません。この問題もシングルマザーの貧困問題の構造的要因です。

出典:砂脇ほか(2024)『ケアがつなぐ連帯』より抜粋

 

切迫した家計のなか子どもたちを育てるために、シングルマザーは自らの食事や睡眠など基本的な生活ニーズを犠牲にしながら生活をやりくりしています。その結果、シングルマザーの健康面にも影響が生じていることが明らかになりました。食生活では、4割のシングルマザーが子どもを優先して自分の食べる量を控えていて、過半数のシングルマザーは1日2食以下です。6割以上のシングルマザーは睡眠時間が6時間未満。十分に食べず休養も取れないなかでは、疲労が蓄積し心身の不調や病気を抱えるのは当然です。健康面で「良好である」と回答したのは全体のうちのわずか2.5%でした。

 

 

 

砂脇ほか(2024)『ケアがつなぐ連帯』より抜粋

 

シンママの実態と生の声を収めた書籍を出版

一方で、私はシンママ大阪応援団に集まるママたちと出会い、その明るさ、聡明さ、笑顔にふれて、統計的事実とのギャップを感じていました。シンママ応援団に集う女性たちがかもしだす優しい空気感はいったい何なのだろうと考えてきました。
シングルマザーの生活実態と生の声を広く社会に伝えたい。何よりも全国にいるシングルマザーに、シンママ応援団が生み出す「優しい世界」を伝えたい。「シンママが主人公」をコンセプトに2024年12月、『ケアがつなぐ連帯―シングルマザーの声が届く社会をめざして』を出版することとなりました。

ケアがつなぐ連帯 シングルマザーの声が届く社会を目指して/編集代表・砂脇 恵、編者・シンママ大阪応援団、シンママ熊本応援団(日本機関紙出版センター)

 

「シンママ大阪応援団」では月1回、サポート世帯(約200世帯)にお米や野菜・お菓子などの食料品、生理用品や洗剤などの日用品を入れたスペシャルボックスを宅配しています。なかでも好評なのはケーキサポーターの手作りケーキです。


12月はドイツのクリスマスケーキ「シュトーレン」が贈られました。ケーキは美しく包装され、一つ一つには手書きのメッセージカードがついています。そこにはサポーターの「あなたを大切に思っています」という気持ちが込められています。

「ケアの社会的循環」を広げたい

母子世帯を支援する民間団体はたくさんありますが、シンママ応援団が重視するのは「ママを大切にするサポート」です。子どもを幸せにするためには「ケアする人へのケア」が必要だからです。

シンママ応援団のスペシャルボックスには、サポーターの「あなたを大切に思う気持ち=ケア」が込められています。サポートを受けたママは「自分たちを思ってくれている人がいる」「頼ってもいいんだ」と感じ、元気を取り戻し、子どもを気づかう余裕が生まれます。子どもたちは、自分用に送られたお菓子を見つけて大喜び。子どもが喜ぶ姿をみてママも喜ぶ。そんなママの笑顔をみて子どもも喜ぶ。このように、サポーターからのケアは、母から子へバトンのようにめぐっていきます。
サポートを受けたママが今度はスペシャルボックスの発送作業に関わり、ママによるママのためのサポート活動が生まれています。この活動を通してママ同士の交流が深まり、ママ同士のケア関係が形成されていくのです。

ママ同士の語り合いは、個人の苦しみを仲間に共通する苦しみへと捉えなおす場になります。このような対話と協働の場に支えられながら、ひとりでも子どもを安心して育てていけるような社会をめざして、ママ自身も声をあげはじめています。人のいのちと尊厳を大切にする「ケアの倫理」が人びとの連帯を繋いでいるのです。新著ではそのようなケアの社会的循環の働きに光を当てました。

人は誰かに大切にされてはじめて誰かを大切にできる。自己責任型の生きづらい社会から、ケアが循環する社会へ。新たな支援の地平が拓かれることをめざしてこれからも研究を進めていきます。