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「えん罪」で苦しむ人たちを救いたい。SBS(揺さぶられっ子症候群)問題

無実にもかかわらず犯人とされてしまう「えん罪」。龍谷大学「犯罪学研究センター(CrimRC)」の「科学鑑定」ユニット長・法学部 古川原明子(こがわら・あきこ)教授は、「赤ちゃんの虐待えん罪」問題について研究活動を進めています。
2023年4月には編著を手がけた「赤ちゃんの虐待えん罪—SBS(揺さぶられっ子症候群)とAHT(虐待による頭部外傷)を検証する!」(現代人文社)を刊行。SBS(揺さぶられっ子症候群)問題の概要と、研究を進めてきた経緯や現状についてお聞きしました。

編集部:SBS(揺さぶられっ子症候群)のえん罪問題について教えてください。

「SBS(揺さぶられっ子症候群)」とはShaken Baby Syndromeの略称で、強く揺さぶられた赤ちゃんに生じると考えられている症状です。目立った外傷などがなくても、硬膜下血腫(または、くも膜下出血)・網膜出血・脳浮腫という3つの徴候があれば、「SBS(揺さぶられっ子症候群)」によるものだとされてきました。しかし原因が病気などの可能性がある場合でも、日本では「三徴候が生じている子どもは暴力的に揺さぶられた、つまり虐待されたと判断できる」と考えられ、保護者が逮捕・起訴され、時に有罪判決を受けることがあるのが現状です。

編集部:古川原先生は、龍谷大学「犯罪学研究センター(CrimRC)」の「科学鑑定」ユニットで「SBS(揺さぶられっ子症候群)」の研究を進められています。経緯を教えてください。

2017年4月、弁護士の秋田真志さん、甲南大学の笹倉香奈教授たちによりSBS(揺さぶられっ子症候群)についての勉強会が行われました。私はそれまでこの問題について全く知りませんでした。北欧では研究が進んでいると知り、その年の8月にSBS議論が進んでいるスウェーデンに調査へ向かいました。勉強を重ねるにつれ、「日本ではSBS仮説が通説のようになっているが、国外ではそうではない。そのことを知らせなければ」と思うようになりました。

翌年の2月、龍谷大学 響都ホールにて「犯罪学研究センター(CrimRC)」主催の国際シンポジウムを開催しました。アメリカの弁護士、イギリスの脳神経病理医のほか、日本の法医学者、弁護士、脳外科医、えん罪被害者など200名以上が参加しました。日本において、SBS(揺さぶられっ子症候群)について多分野から検証を行った、初めての国際シンポジウムでした。これを契機にSBS議論が国内でも本格化したものの、「虐待を見逃したために死んだ子もいるじゃないか」、「子どもを救うためには、えん罪も仕方ない」と、批判を受けることもありました。理解や関心を持ってくれる医学、法学、メディアの関係者も増えてきましたが、いまだ激しい議論が続いています。

編集部:法律、医学などさまざまな分野からのアプローチが必要な問題なのですね。

SBS(揺さぶられっ子症候群)は、外傷がないことが多いのです。CTをとっても画像を診断できる専門家の数が限られている上に、小児を扱う脳神経外科医が少ない。そしてまず、SBSを疑われた場合には「虐待ではないかもしれない」と考える医師の協力を得る必要があります。しかし、運良くそういった医師に出会えても、時間や金銭の負担は非常に大きなものです。

また、保護者や家族が「何もしていない」と述べても、「うそをついている」と決めつけられてしまう傾向にあります。大きな原因として、厚労省の「子ども虐待対応の手引き」の記載があります。

虐待が疑われると、児童相談所の判断で赤ちゃんは家庭から引き離されます。厳しい面会制限がつくことが多いようです。引き離しが数ヶ月や1年以上にも及ぶと、たとえ疑いが晴れても子どもは親の顔を覚えていないこともあります。さらに、夫婦関係が破綻するなど、家庭が崩壊するケースさえあります。

編集部:刑事事件の動向を教えてください。

これまではSBS(揺さぶられっ子症候群)の疑いで起訴された場合、ほとんどが有罪とされていました。しかし2018年ごろからは、私たちSBS検証プロジェクトメンバーが関わった件だけで10件が無罪になりました(2023年6月現在)。

たとえば2016年、大阪の60代の祖母が、生後2ヶ月の孫を強く揺さぶって死亡させたと疑いをかけられた「山内事件」があります。一審では5年6ヶ月の実刑判決が言い渡されました。控訴審では、SBS検証プロジェクトメンバーも入って新たな弁護団が活動しました。赤ちゃんの死亡は静脈洞血栓症という病気が原因だという弁護団の主張が認められ、2019年の大阪高等裁判所で無罪判決となりました。龍谷大学・犯罪学研究センターが共催した大阪梅田キャンパスでの報告会は大きな注目を集めました(報告動画はこちら)。低位からの転倒だけではなく、病気によってもSBSと同様の症状が生じることが明らかになったといえます。

編集部:赤ちゃんの様子が急変したことで虐待を疑われるとなると、親や保護者はどうすればよいのか混乱するのではないでしょうか。

一般財団法人「イノセンス・プロジェクト・ジャパン(旧名:えん罪救済センター)」では、えん罪当事者の無実の訴えを各分野の専門家が検討し、支援決定後の弁護活動を含めて無償でサポートしています。法学者、弁護士、情報学者、心理学者、科学研究者、一般市民により運営されており、私もメンバーの1人です。

学生ボランティアは約120名で、龍谷大学、京都女子大学、立命館大学、甲南大学、獨協大学、中央大学の学生が参加しています。

編集部:2023年4月には、編著を手がけられた「赤ちゃんの虐待えん罪—SBS(揺さぶられっ子症候群)とAHT(虐待による頭部外傷)を検証する!」(現代人文社)が出版されました。

弁護士や医療関係者だけでなく、児童相談所の職員や学生、一般の方にも読んでいただけるよう、わかりやすい内容と構成でまとめています。えん罪当事者の中には、無罪判決を獲得した後も、世間からの「きっと虐待をしたに違いない」という偏見に苦しむ人もいます。SBS(揺さぶられっ子症候群)のえん罪問題は自分や家族に起こる可能性はゼロではないため、ひょっとすると他人ごとではないかもしれません。多くの方に手にとっていただき、この問題について考えていただきたいと思います。