近年、観光の新たな概念として注目を集めるクリエイティブツーリズム(創造的観光)。従来のように旅先で文化やアートをただ眺めるだけでなく、地域の住民と一緒に文化体験することを重視し、双方向の気づきによって新たな価値を生み出していくことが狙いです。世界的評価を受ける丹波篠山市を事例に、どこか懐かしく、でも新しいクリエイティブツーリズムのあり方を、経営学部の竹谷多賀子准教授に伺いました。
素晴らしい文化資源を観光の要に
編集部:竹谷先生はもともと企業にお勤めだったそうですが、現在の研究分野である文化経済学、クリエイティブツーリズムに関連するお仕事だったのですか。
竹谷:2021年まで総合シンクタンクに勤め、国や地方自治体の都市経営、地域経営を軸に、主な領域としては観光、文化、芸術の振興についての調査研究を行っていました。具体的に言うと、観光や文化振興の施策、アクションプランなどの策定支援などのお手伝いですね。後は、現在の研究領域にも繋がりますけれども、非常に豊かな日本の文化資源を活用した観光を広める、国内外でのプロモーションの検証などにも携わってきました。
学生時代は、主にヨーロッパを中心に、美術館や劇場、オペラハウスなどに焦点を置いて各都市を巡る個人旅行が大きな楽しみ。旅の途中で出合う、建造物の美しさはもちろん、ハードだけじゃなくソフトのプログラムや展示の面白さ、そこに集う鑑賞者やツーリストの行動、さらには周辺にあるカフェやパブの賑わい、そのすべてに魅了されました。さまざまな要素が集積し、進化していく地域への興味は変わらず持ち続けています。
編集部:研究機関勤務から大学の教員を志した理由は?
竹谷:世界的に見ても素晴らしい文化資源をうまく活用しきれてない地域に対して、文化経済学という領域で貢献できないか。実践的な研究によって、課題解決の糸口を見つけることができないか、と考えるようになりました。教育、研究、そして地域社会という3本柱で推進できるフィールドが大学だと思い、教員の道を志しました。あと、もともと親戚に大学教員や研究者をしている人が多くいて、漠然と幼少期から教員に憧れていた、というのも影響していると思います。
編集部:改めて、クリエイティブツーリズムの定義をお教えいただけますか。
竹谷:クリエイティブツーリズムとは、文化観光の一形態です。ツーリストと地域住民とが協働により創造した新たな価値を共有し、地域の持続と発展をもたらす新しい観光を指します。これまで主流だったマスツーリズムと対局にある、小さな単位の個人旅行でもあります。観光の進展がもたらす環境や伝統文化の破壊、オーバーツーリズムなどの観光公害に直面する日本は今、マスツーリズムから脱却する転換期にあると考えています。
編集部:これまでの文化・芸術をテーマにした観光と、なにが違うのでしょうか。
竹谷:文化は単に鑑賞の対象や消費するだけのものではなく、ツーリストと地域住民、さらに地域の企業、協同組合、観光関連業者などがかかわりを持って他に代えがたい文化体験をつうじた共創プロセスを重視するという考え方でしょうか。これまでの観光はどうしても、人がたくさん訪れることに重きを置きがちでしたが、クリエイティブツーリズムはそこに目を向けるのではなく、地域の文化を深く理解し、新しい価値を共に創出してもらうことをめざします。そこで得た刺激が、住民の方の創作意欲を高めたり、わが町の誇りを発見したり、あるいはアイデンティティの構築に繋がっていく。そのような共創のプロセスがクリエイティブツーリズムの肝になると考えています。
日常生活の中に息づく独自の文化
編集部:研究対象として幾度も訪れておられる丹波篠山市は、クリエイティブツーリズムの先駆的な取り組みをしているそうですね。
竹谷:2015年にSDGsが国連で採択されましたけれども、丹波篠山市というのはそれ以前、2008年あたりから「創造農村」を推進し、「これからの100年のまちづくり」をどのように進めていくかということを、市民とともに考えて取り組んでこられました。未来につなげる創造農村という地域ぐるみの取り組みが、まさしく丹波篠山市の注目度を高め、持続可能性の実現につながったのだと思います。
編集部:丹波篠山のクリエイティブツーリズムの魅力はどんなところに?
竹谷:丹波篠山市で企画、推進しているマイクロツーリズム「里山暮らし5日間~人とつながる旅」は、観光ツアーを通して地元の暮らしを学ぶ内容が充実しています。現地で触れるのは、奇を衒ったものでも、テーマパークのようなキラキラしたものでもなく、ありのままの姿です。城下町を散策したり、丹波焼の陶芸体験をしたり、ジビエを使った料理体験をしたり、農作業を手伝ったり、そのような生活の中にある文化を学び、暮らしのヒントを見つけるきっかけになるような、体験型の観光コンテンツになっています。加えて地域の方やクリエイターさんと交流する場を、数多く提供しているのも特徴です。参加者は自分の視点だけでは知り得なかった気づきや知識、あるいは学びの楽しさみたいなものを、住民の方から得ることができます。一方の住民やクリエイターの立場からしても、外部の方から「丹波篠山のこういうところに感動した」とか「人のあたたかさ、もてなしの心が伝わった」というような意見をもらうことで、シビックプライドと呼ばれる地域に対する愛着を創出することができます。このように双方向で刺激を与えるところが、クリエイティブツーリズムの実に面白いところだなと思います。
編集部:住民と話す機会がたくさんあることで、旅人にとってその地域がグッと身近になりそうです。
竹谷:地域を訪れるだけじゃなく、そこに暮らす人と話して交流する時間は、とても有意義で濃厚な記憶となります。思い出しても心がホッと休まる、そんな第二の故郷のように感じる地域に、いつか移住したいと考える人も少なくないと思います。実際、里山暮らしのクリエイティブツーリズムをきかっけに移住して新しいビジネスを始めた方もいらっしゃると聞いています。地域の未来に繋がっていくところは、クリエイティブツーリズムの大きな魅力です。
ローカルな価値をグローカルに発展
編集部:丹波篠山市の丹波焼をテーマにした観光も人気が高まっているとか。
竹谷:先日、バルセロナに本部があるクリエイティブツーリズムの発展を目的とした組織・クリエイティブ・ツーリズム・ネットワークの「クリエイティブ・ツーリズム・アワード2025」において、応募数178件の中から丹波焼が「World Best Creative Journey」を受賞したという嬉しいニュースが入ってきました。ローカルな価値をグローカルに発展させた結果、価値のある受賞だと思います。日本の六古窯のひとつである丹波篠山市の立杭地区には、「陶泊」というツーリズムがあります。丹波焼の陶工さんと一緒に産地を巡ったり、窯元で民泊したり、暮らしを共にして伝統を肌で感じることができる。国内でもかなり注目を集めている独自性の高いプロジェクトが、世界から認められたことはたいへん嬉しいニュースです。
編集部:日本におけるクリエイティブツーリズムがこれからも発展、持続していくために、どんな課題を解決すべきだとお考えですか。
竹谷:1番の課題は、地域の文化や伝統を受け継ぐ担い手の確保です。特に過疎地においては人口流出が避けられませんので、移住する人、関係人口を増やす仕組みづくりを進める必要があると思います。さらにもう1つは、キャッシュフローの課題。クリエイティブツーリズムというのは決して、巨額の富を生み出すような観光ではありません。その先に見ているのは、地域の住民の人たちが幸せに暮らせる社会、シビックプライドの創出です。観光した人々が移住したい、何らかの形で関わりたいと思ってもらうまで、継続的に運営するためのお金を小さく生み出すキャッシュフローの仕組みが必要だと思っています。それらの課題解決を一緒に検討しながら、創造的な地域、創造的な都市、創造的な農村、創造的な過疎が増え、日本全体どこに行っても豊かで、住民の人たちが幸せに暮らしている未来を創造したい。どこか懐かしく、でも新しい、そんな地域が生み出されていくプロセスをこれからも支援していきたいと思います。