1639年に京都西本願寺に設けられた学寮をルーツとし、2039年に創立400周年を迎える龍谷大学。仏教の精神に基づく先進的なプロジェクトを、地域を巻き込みながら多方面で展開している。“最先端のSDGs”の手本とも言える実践から、ビジネスに生かせるヒントを解き明かす。聞き手はPIVOTチーフグローバルエディターの竹下隆一郎。
――仏教の精神に古くから根付くSDGsの精神を教育で実践するには、環境設定が重要だと思います。龍谷大学ではどんなきっかけを提供しているのでしょうか。
深尾 多様性の課題と向き合う機会は積極的につくりたいと考えています。それも、学生が自発的に課題を見つけることが大事です。
学生たちが学内のトイレを全部調査してLGBTQの観点で改善点をまとめて、大学側に提案してくれたこともありました。また、イスラム教徒の留学生にヒアリングをして「礼拝の部屋」の必要性に気づいた学生もいました。そういった声に対して敏感に反応できる大学でありたいですね。
――学生から声が上がるというのがいいですね。
深尾 加えて、大学が常に変革し続ける姿を見せることも教育です。その取り組みの一つが、「カーボンニュートラル宣言」です。
2023年度中に使用電力の完全再生エネルギー100%を目指して、温暖化ガス排出量削減に向けての取り組みを真剣に進めています。3カ所あるキャンパスの電力は、再エネ由来への変更をすでに達成しました。
こうした取り組みを教員の研究力の向上とも融合させ、キャンパスの活性化にもつなげていこうというプランです。
「脱キャンパス」で出会う多様性
――素晴らしい取り組みですね。一方で、「脱キャンパス」というスローガンも掲げていらっしゃいます。これはどういう意味を込めているのでしょうか。
深尾 大学の外側にどんどん飛び出して学びを深めようという意味です。文献を調べる研究も大事ですが、リアルな社会での実践から学ぶことも必須です。
特に私が所属する政策学部では、地域のサステナビリティをどうつくりあげていくかという地域政策が重要なテーマになります。
大学の外に一歩踏み出して地域社会に入ると、多様な人との出会いがあります。“異質”との出会いに驚き、刺激を受けながら、多様な「マイノリティ」の存在に気づき、同時に自分のマイノリティ性にも自覚的になれる。
地域と連携しながら、気づきを生むプログラムを企画しています。
――例えばどんなプログラムを?
深尾 例えば、京都市と連携して、学生が市営住宅で一定期間生活して、住民の皆さんと一緒に自治活動に参加するプログラムがあります。
世代間ギャップもありますし、当然、いろんな摩擦や揉めごとが起こるわけですが、そうした経験も含めて、良質な学びの環境になると考えています。
地域とつながり、居場所を拡張していく
――地域の方々との信頼関係があってこそ実現するものですね。
深尾 はい。大学と地域の間の信頼関係は、非常に大事にしたいと思っています。
学生の失敗が原因で怒られることもありますが、そのときにきちんと謝れるかどうか、誠意をもって改善できるかが、学生にとっては尊い学びです。
「キャンパスがある場所」だけが大学ではなく、地域と連携して大学を拡張していく。本学のキャンパスは滋賀と京都にありますが、最近は淡路島などとの連携も積極的に進めています。
家入 脱キャンパス、めちゃめちゃいいですね。自分がいる場所にとらわれず、関わる世界を拡張していくという考えに共感します。
「世界はもっと広い」「もっといろんな人とつながれる」と知るだけで救われる人はたくさんいると思います。いじめに悩みながら「学校しか行き場がない」と苦しんでいた10代の自分に教えてあげたいです。
僕は自分の経験から、生きづらさを抱えた人たちが共同生活を送れる「リバ邸」というシェアハウスを10年前に始めました。六本木で1カ所から始めて、今は100カ所くらいに増えています。
「弱さ」のつながりから生まれるもの
――リバ邸はECプラットフォームのBASEが生まれた場所としても有名ですね。
家入 ささいなきっかけで学校に行けなくなったり、就職に失敗したり、弱さや痛みを抱えた人たちが共同生活を送る中で、「こんなことを始めたい」というアイデアが芽生えて、協力して活動が始まる。
そんな場をつくれたらいいなという発想から始めたものです。共同生活を送ることで生活費をかなり削減できたら、その分、新しいことを始めるゆとりが生まれるので。
例えば、週に3日だけ働いて、残りの時間を使ってプログラミングを勉強してスキルを身につけるという生き方だってできる。一人だと「何もできない」と思い詰めてしまいますが、弱さでつながる仲間を得ることで新しい何かが生まれるシーンを、僕は何度も見てきました。
深尾 素晴らしい取り組みですね。10年ほど前にイタリアの哲学者と対話したときに、「日本には希望がある」と言われたことを思い出しました。「希望とは、何のことですか」と聞き返したら、「引きこもりです」と。
引きこもりとは、社会の現状に対する抵抗(レジスタンス)の現れである。つまり、彼ら彼女らは小さな反逆運動を起こしているのだ。再び立ち上がる社会になったときには、日本は革命が起きている。引きこもりとは、社会変革のエネルギーであると。
家入 なるほど。
深尾 ハッとさせられましたし、「地域社会と深く関わる教育に携わっていこう」と自分のキャリアを決める転機にもなりました。自分の弱さは強さにも転換できると気づいたとき、人は前に進む勇気を持てるのではないでしょうか。
私も一人の教育者として、さまざまな悩みを抱える学生と関わることがありますが、「その弱さは、あなただけの強みになるよ」と尊重の言葉をかけられる存在でありたいと願っています。
これこそまさに多様性の価値でしょう。多様性を包容する社会は、多様な強さを引き出せる社会であり、結果として、ビジネスのイノベーションや社会変革を起こしていく。そんな流れを加速させていきたいですね。
※第3話に続く