日本の主食は「コメ」である.これは間違いないことですが,少し視点を変えてみましょう.総務省による「家計調査 家計収支編」(2021年)によると、金額ベースでいうとコメよりもパンの方が、支出が多いのです。1日のうち3食すべてがお米という人は少ないかもしれません。パンの原料であるコムギの消費が増加しつつある現在、国産コムギの栽培が求められています。農学部長/農学部 教授 大門弘幸先生は「地球環境にやさしいコムギ栽培のヒントは、マメ科作物の利用にある」と、お話ししています。
日本の食は「コムギ」によって成り立っている
コメの1人あたり年間消費量は昭和37年の約118キログラムをピークに減少しており、令和2年はわずか50.7キログラムです。主食にもなりつつある、パンや麺類の原材料であるコムギは輸入に頼っており、国内自給率はわずか15%です。
「では、国内でコムギを育てればいいじゃないか」と思われるでしょう。しかし,コムギはそもそも乾燥地帯の作物なので、高温多湿の日本では育てにくいのです。また,日本で栽培したコムギは外国産に比べてタンパク質の含有量が少なく、品質が安定しにくいと言われ,ふっくらと仕上げたいパン作りの現場では敬遠されます。もちろん,うどんをはじめ,もっちりとした食感のお好み焼きやたこ焼きの原料としてはよく使われます.最近では,品種改良が進み、滋賀県では2021年より新品種「びわほなみ」の栽培が推奨されるようになりました。「びわほなみ」は麺類用のコムギですが、西日本では「せときらら」や「ミナミノカオリ」といった製パン用のコムギ品種も開発されています。
コムギ栽培に必要な「窒素(ちっそ)」を、マメ科作物の根に感染する菌で供給
タンパク質の含有量を上げるには、土中の窒素分を増やすことが必須となります。化学肥料を使うとなると、トータルで10アールあたり16〜18キログラムが必要です。ただ,与えた肥料分はすべてが吸収されるわけではないので,土中に残った肥料分は雨で流れ出し、滋賀県の場合は琵琶湖へも流れ込むことがあります。そうなると琵琶湖の水が汚染される富栄養化となります。ちなみに、食品ロスがよく問題にされますが,お店で出た生ごみを、窒素を多く含む堆肥にして販売している会社もあります。「食の循環」から見て素晴らしい取り組みですが、堆肥を作るセンターの建設、稼働にお金がかかることも考えておく必要があるでしょう。
私が研究しているのは、マメ科作物を利用した環境調和型の作物生産です。アズキ、ラッカセイのほか、レンゲやクローバも研究対象です。マメ科作物の多くは、根に数ミリメートルの粒をたくさんつけます。これを根粒(こんりゅう)といいますが,根粒の中には,根粒菌という土壌細菌がたくさん入っています。この菌は大気中の窒素ガス(N2)を、植物が吸収できる窒素(NH3)に変換する「窒素固定」をおこない、宿主のマメ科作物に窒素を供給します。エダマメやエンドウマメを栽培するときには,窒素肥料があまり必要ないのはこれが理由です。
コムギは本州では11月頃に播きますが,私たちはその年の5月にマメ科のラッカセイを播き、10月にラッカセイを収穫したあとにその茎や葉はまだ緑で養分をたくさんもっているので,それを土にすきこみ,コムギの「窒素肥料」の代わりにしています。また,コムギを栽培するときに,コムギとコムギのあいだに冬作のマメ科作物を植えるという方法もあります。これを「混作(こんさく)」といいますが,春先にコムギが穂を出す前に,このマメ科作物を刈り取ってしまうと,根粒から窒素が土中に放出されて,コムギの窒素肥料の代わりになります。このように,化学肥料だけに頼らずに,作物を栽培するにはいろいろな工夫が必要です。化学肥料や農薬が登場する以前の中世ヨーロッパでは三圃(さんぽ)式農業が行われていました。ジャガイモとムギ類の栽培と,何も栽培しない休閑(きゅうかん)あるいはマメ科の牧草を栽培するといった順番で農地をローテーションして,畑の地力を維持していたのです。
滋賀県の農地のうち94%が水田です。水稲中心のいわゆる水田農業で、1年目は水稲、2年目も水稲、その冬はコムギの種まき、3年目の春にコムギを収穫、その夏〜秋にダイズ、そして水稲に戻るという「3年4作」が行われています。水田で育てられる水稲は、水中でも根が呼吸できるようにシュノーケルのような通気組織をもっています。一方,粘土質の水田は,畑として利用する時には排水性が良くないため、通気組織をもたないコムギの栽培には向きません。また、水田は酸素が少ないため有機物が保持されますが、畑になると酸素が多くなり有機物が分解され、地力がだんだん低下します。
排水性を良くする対策としては、土の中に溝を作る暗渠(あんきょ)排水や畑の周辺に溝を掘る明渠(めいきょ)排水があげられます。また,地力を保持するには,堆肥を投入したり,マメ科の緑肥作物を利用して窒素を補完するという方法があります。近年は地下水位を自由に制御するシステム(FOEAS)を導入して,水はけがよい水田転換畑を実現しているところもあり,いろいろな工夫をしています。
カーボンニュートラルに向け農学ができること
農林水産省は、2050年までに化学肥料や農薬を使わない「有機農業」の用地を100万ヘクタール、つまり全体の25%に増やす目標を立てました。現在、有機農業の割合は全体の0.5%以下です。環境意識の高いドイツで7〜8%ですので、25%の目標達成はなかなか難しいところがあります。
現代の農業は化学肥料の使用により食糧の増産を可能にしました。しかし化学肥料を使うと二酸化炭素の約300倍の温室効果がある一酸化二窒素を発生させます。そのため、早急な削減対策が望まれています。
龍谷大学農学部の農牧場で、私たちはアズキやラッカセイなどマメ科作物を育てています。先ほどお話ししたように、マメ科作物による「窒素固定」で、畑での化学肥料使用量を減らすことができます。しかし、畑にすき込んだ有機物が分解される過程では一酸化二窒素が発生します。また,水田では温室効果の高いメタンガス排出の問題があります。そのため,私たちは栽培研究に加えてガスのモニタリングを進めて,農作物の生育や収量,さらに排出される温暖化ガスのデータを取りつつ、バランスをどう取っていくかを考えています。カーボンニュートラルといった環境問題解決に向け、農業技術がどう貢献できるかを研究するのが私たちのミッションです。農学は、何億人もの命を支えることができる学問です。学生たちとともに頭と身体を動かしながら、より良い未来に向けて研究を進めていきたいと考えています。
デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する 高度専門人材育成事業の取組
龍谷大学農学部は先端理工学部が連携し、文部科学省の大学改革推進等補助金(デジタル活用高度専門人材育成事業)「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する 高度専門人材育成事業」に採択されました。
本事業は、農学部と先端理工学部との協働・連携により、DXによる農学部の実習の高度化を図り、低炭素社会を実現するデジタルマインド・スキルを持った地域に求められるアグリDX人材の育成を行うものです。
詳細は、特設サイトをご覧ください。
※トップ画像は、国立環境研究所 気候変動適応センター 提供