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豊かな川を取り戻したい。全国の漁協が注目する、川の生態系を解明する「環境DNA」の分析技術

生態系豊かな地域の川や湖沼の喪失が全国で加速しています。川や湖沼の資源保護・環境改善を担う地域の漁業協同組合は、人手不足と環境整備費の高騰などにより深刻な経営悪化に見舞われており、現在全国に816ある組織は年間8~9件が解散を余儀なくされています。漁協の活動が滞ると、自然保護や環境保全事業が縮小される→川が荒れ果て魚の数が減る→漁業協同組合は漁師や釣り客からの収益がのぞめない→さらなる経営悪化、といった負のスパイラルに陥っています。

「豊かな自然環境を取り戻したい」という地方漁協の声に応えているのが、龍谷大学 先端理工学部 山中裕樹 准教授が研究を進める「環境DNA分析」という技術です。

「環境DNA」分析により
川に棲む生物の種類や量をデータ化

地方の漁協協同組合は、経営の悪化に悩んでいます。その理由は主に3つです。

・漁協の全事業費の2/3を占める、稚魚の放流と環境整備費の高騰
・水産資源の減少
・漁師からの行使料と遊魚者からの遊魚料収入の減少

追い打ちをかけるのが「人手不足」。それにより費用や活動が制限され「自然保護と環境改善事業の縮小」が起こります。それにより、川の資源が減少→漁師や遊魚者の減少→さらなる経営悪化という負のスパイラルに陥っています。

山中裕樹 准教授は、動物生理生態学と魚類生態学を専門分野として研究を続けています。「十数年前から、環境DNA分析という技術の開発に取り組んでいます。河川や湖に棲む水生生物は、フンや体表から出る粘液を放出しています。水中に浮遊したり溶け出したりした、これらの放出物質は環境DNAと呼ばれています。私の研究室では、回収した環境DNAを増幅し、分析をおこないます。これにより、生息している生物の種や量の情報を解析することができます」。

龍谷大学 先端理工学部 山中裕樹 准教授

現地の漁協関係者が簡単に使える「専用アプリ」を 企業と協同開発

環境DNA分析をおこなうには、対象となる川の水を採取する必要があります。しかし全国には数多くの川があり、専門家が訪れて採取すると時間もコストもかかります。それらの手間を省くために、「クラウド型環境DNA調査ツール」のアプリが開発されました。

各地の漁協関係者はアプリを立ち上げ、川で撮影した画像をクラウドにアップ。川の水を採取し、水をパックに入れて山中先生の研究室に送付するという仕組み。山中先生からフィードバックされた調査データはクラウド上で共有され、誰でも現在の川のコンディションを把握することが可能になります。

アプリ「クラウド型環境DNA調査ツール」を開発したのは、福井県坂井市の「株式会社フィッシュパス」。遊魚券の購入から証明、提示ができる「オンライン漁協アプリ」を運営しており、北海道から鹿児島まで全国260の漁業協同組合と提携しています。

フィッシュパスの社長であり、福井県立大学特任講師でもある西村成弘さんは「課題が多い現状のままでは、魚があふれる豊かな川を取り戻せない。しかしどうすればよいのかわからない。アイデアの限界を感じていたところ、たまたま山中先生と出会いました。山中先生が研究されている環境DNA分析の技術があれば、川の生態系が明らかになります。環境DNA分析に、豊かな生態系を取り戻す可能性を感じ、山中先生と連携してアプリを開発しました」と、今回のプロジェクトの重要性を熱く語ります。

「株式会社フィッシュパス」社長の西村成弘さん

川の資源回復を望む、大分県日田市の漁協が導入

大分県日田市は、筑後川水系の三隈(みくま)川・玖珠(くす)川・大山(おおやま)川を有する水郷です。鮎漁がさかんで、毎年多くの釣り客も訪れていますが、日田漁業協同組合は経営悪化に悩んでいました。

日田漁業協同組合 組合長 手島勝馬さん

「日田漁業協同組合では、毎年100万尾以上の鮎の稚魚を放流しています。近年行われている河川工事が、川の生態系にどのように影響しているのかを知りたい。そのためにはまず、川にどんな種類の魚が残っているか、放流した鮎の稚魚はそれぞれのスポットでどのくらいの数がいるのかを把握する必要があります」と、日田漁業協同組合 組合長の手島勝馬さん。

日田漁業協同組合では、山中先生による「クラウド型DNA 調査ツールの勉強会」が行われました

日田市の川で、山中先生が漁協の方に「クラウド型環境DNA調査ツール」の使い方を指導。
水を採取し、パックに入れる。現場を撮影し、画像をアプリにアップする。調査にかかる漁協の負担はこれだけです。これまで水に入って実際に魚を何匹も捕まえるといった、多大な時間と労力をかけていた調査が、要領を掴めば1件3分ほどで完結する。日田漁協でも早速10か所の調査を実施、手島さんは「もっと困っている漁協にも勧めたい」と言います。

「漁協さんに川の資源回復に向けた方策を考える基盤情報として、環境DNAデータを活用していただきたい。全国には約800の漁業協同組合があり、それぞれが管轄する川を守っています。日本各地で環境DNA分析の導入が進めば、生物多様性保全の基礎となる情報を得ることができます。また生物データの蓄積が進めば、さらに新たな活用の仕方が出てくると思います」と、山中先生は展望を語りました。