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陸に生息するラン藻類「姉川クラゲ」で、持続可能な農業の実現を目指す

滋賀県米原市から長浜市に流れる姉川(あねがわ)流域に自生していたことから「姉川クラゲ」と呼ばれていた「イシクラゲ」。海の生物・クラゲではなく、駐車場や学校のグラウンドなどさまざまな場所で目にすることができる、ワカメのような姿の陸棲ラン藻類の一種です。
龍谷大学 農学部 農学科 玉井 鉄宗講師は、かつて滋賀県で食されていた「姉川クラゲ」の研究に取り組み、持続可能な農業の実践と地域の食文化再生を目指しています。今回は、「姉川クラゲ」研究でわかったことや、食用の可能性、今後の展望について伺いました。

「持続可能な農業の考え方は、仏教の思想とも通じます」

龍谷大学農学部「植物栄養学研究室」で持続可能な農業、循環型農業を研究している玉井鉄宗講師。農学者であり、宗教者という顔をもっています。

「浄土真宗本願寺派の第22世法主、大谷光瑞(こうずい)氏は、農業の研究に力を入れていました。著書『熱帯農業』の第1章の最初には、『農は国の本なり』という一説があります。国は人でできている。人は食べ物を食べないと生きていけない。食べ物を作る農業が国の中心でないと国は滅びる、と説いています。

仏教の言葉で『自他一如(じたいちにょ)』というものがあります。自分と他者は本来一つであり、切り離して考えることはできないという意味です。食料の安定供給と持続可能な農業を目指す現在、私たちは自然環境を自身の一部として再認識するべきでしょう。しかし、環境にやさしくいだけでなく、収益性も高い農業を作り上げないと、国の中心的産業には成長しません。

そこで玉井講師が注目したのが、滋賀県でかつて食されていた「姉川クラゲ」でした。

肥料をいっさい与えなくても育つ、変わった生物

乾燥したイシクラゲ。仮死状態のため、水で戻すと短時間で生命活動が始まる。

「姉川クラゲ」とは、「イシクラゲ(Nostoc commune)」のことで、ネンジュモ科、ネンジュモ属に属す陸棲のラン藻類の一種です。世界中のあらゆる場所に生息しており、日本では、コンクリートの構造物や学校の運動場、駐車場、ゴルフ場など全国のどこでも見ることができます。雨に濡れたイシクラゲは水で戻したワカメのような姿をしているので、見たことがあるという人も多いでしょう。

姉川クラゲの研究がスタートしたのは、2018年です。農学部の同僚の古本教授、朝見教授、京都大学 坂梨准教授(2021年3月まで農学部講師)、そして玉井講師の4名で「姉川クラゲ」プロジェクトが始まりました。

「イシクラゲは、水さえあれば肥料をいっさい与えなくても育つ、変わった生物です。乾燥状態では、マイナス269℃から70℃までの温度や、真空状態にも耐えることができます。乾燥状態のイシクラゲに水を与えると短時間で呼吸や光合成、窒素固定を再開し、増殖します。水さえあれば化学肥料も農薬も必要ありませんので、コストをかけず環境にやさしい栽培が可能です。

大正時代の文献には、滋賀県米原市から長浜市に流れる姉川流域に自生しており、『姉川クラゲと呼ばれ、食用とされていた』と書かれていました。日本国内で、イシクラゲを食する文化がある地域は、姉川流域と沖縄の宮古島しか知られていません。姉川地域を訪れて調査すると、80代の高齢者から「戦前に、和えもの、酢の物、味噌汁、炒め物、天ぷらにして食べていた」という話を聞くことができましたが、若い世代は姉川クラゲの存在すら知らず、消えゆく食文化だということがわかりました。宮古島でも一般に認知されておらず、ごく一部の人しか食べていないようです。なぜ、イシクラゲが滋賀県の姉川と宮古島でのみ食されてきたのかは、わかっていません。

イシクラゲには、がん細胞やウイルスを抑制、抗炎症作用、血中コレステロールの上昇を抑制、傷を治す力を高めるなど、さまざまな機能を持った成分が含まれていることがわかっています。実際、中国ではイシクラゲの仲間が漢方薬として使われています」。

地元住民と「姉川クラゲ普及協議会」を立ち上げ、高収益化を目指す

玉井講師は、研究室に自作の栽培装置を設置し、培養液の成分、温度、光量など環境条件を変えながら姉川クラゲの人工栽培に取り組んでいます。

「試行錯誤を重ねた結果、姉川クラゲの栽培に最適な環境条件がわかってきました。結局、カルシウム含量が高く栄養の少ないアルカリ性土壌が適しており、これは姉川クラゲの自生している環境そのものでした。石灰をまいている駐車場やグラウンド、コンクリートの溝のあいだでよく見られるのも納得がいきます。温度や光量に関しても、自然環境で起こりうる範囲で良好な生育を示しました。

しかし、過剰な水分や空気中の微生物に弱く腐る場合がある、個体差があるなどの課題があり、人工的な大量栽培の条件を揃えるにはもう一歩というところです。姉川クラゲは数億年前からそのままの姿で生きており、生育速度が遅いためなかなか大きくならないことにも苦労しています」。

自作の栽培装置

2023年度からは、農学部 朝見教授、京都大学 坂梨准教授と3名で龍谷大学「食と農の総合研究所」にて姉川クラゲの研究に取り組み、次のステップへ進む予定です。また、姉川地域の住民に加え、滋賀県や米原市の協力を得て「姉川クラゲ普及協議会」を立ち上げました。姉川地域に栽培試験場を設置し、姉川クラゲの大量生産を試みます。さらに、姉川クラゲを伝統食品として利用するだけでなく、企業との共同研究により、その機能性成分を利用した商品開発にも着手し、高い収益を生み出すことを目指します。

姉川クラゲの人工栽培は、まだ成功例がありません。
「実現すれば、地域食文化の再生、ひいては地域活性化、持続可能な農業にもつながると考えます」と、玉井講師は、将来の展望を語ってくださいました。