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生体と力学の関係を明らかにする
バイオメカニクスの観点から
女性のちょこっとモレ(尿失禁)の解決にチャレンジ

女性が咳やくしゃみをした時や、荷物を持ち上げた時など、尿意がないにもかかわらずふいに尿もれしてしまう。そんな尿失禁が頻発しても、羞恥心から打ち明けられず、ひとりで悩みを抱える女性が多いことをご存知ですか。実は20〜50代の約30パーセントが悩んでいると言います。今回は、尿失禁を改善するサポート下着の研究開発にバイオメカニクス(生体力学)の研究者として参加している、龍谷大学先端理工学部機械工学・ロボティクス課程の田原大輔教授にお話を伺いました。

大学の教授が女性の尿失禁を改善する下着の開発に参加することになった、きっかけを教えてください。

10年ほど前、龍谷大学の新春技術講演会で、「医工学を拓く計算バイオメカニクス」に関する講演をしました。その内容に興味を持ってくださった、看護分野の女性研究者らから相談を受けたことがきっかけです。彼女らはそれ以前から尿失禁を専門に研究し、改善できる下着をいくつかの企業と協働で開発されていました。試作を作ってはモニター女性の感想を聞くことを繰り返しても、なかなか「これだ」という下着にたどり着かない状態でした。どのような構造の下着を設計すれば良いか解明しきれず、もどかしさを感じておられました。

人知れず尿失禁に悩み、女性が遠出や外出を避けがちになると聞いたことがあります。

世界的な実態調査では、20〜50代の女性の、約30パーセントが尿失禁の症状を患っていると報告されています。悩んでいることも打ち明けづらい、羞恥心をともなう症状のため、実際は30パーセント以上の女性が悩んでいると考えられます。病院では「骨盤底筋体操をしてください」と指導されることが多いですが、現代人が正しい体位で欠かさず毎日行うことは、なかなか難しいですね。しかも、半年〜1年ほど継続しないと変化が現れないため、多くの人が途中で挫折するそうです。手術の手段もありますが、なかなか踏み込めないですよね。ですから、私たちの研究チームでは「周囲に気づかれることなく、履くだけで改善する下着」をポリシーにしています。

お尻周囲と膀胱の計算モデルを用いたサポート下着の適切な締め付け力の探索。研究成果は、2020年「滋賀テックプラングランプリ」で企業賞を受賞

そもそも、なぜ尿失禁は起こるのでしょうか。

骨盤底筋が関係しています。骨盤底筋は、骨盤内にある膀胱や子宮などの臓器を支える筋肉です。この筋肉が出産や加齢によって緩むと膀胱が下がり、尿漏れが起こりやすくなります。下がった膀胱を何らかの方法で元の高さに維持できれば、尿失禁は軽減することが医学的にわかっているため、力学的に適切に膀胱を持ちあげられるサポート下着の実現を目指しています。お尻や膀胱の計算モデルをつくり、下着でどのような締め付け力の組み合わせを作用させたら元の位置に戻せるか、計算シミュレーションを重ねてきました。現在は製品化に向け、試作を検討している段階です。数年後の製品化を目標にしていて、体型、年齢問わず、安心して使える下着にしたいと思っています。

尿失禁の課題に取り組む中で、新たに見えてきた女性特有の悩みはありましたか?

研究開発を一緒に行っている看護分野の研究者らが、出産前後のメンタルケアにも関わっておられ、最近議論しているのは、妊婦が履く靴やハイヒールの適切な高さをバイオメカニクスの視点から明らかにする研究についてです。おしゃれをしたいと願う妊婦が、根拠のないアドバイスに縛られて我慢する場面も多いようです。「靴やヒールはこの高さまで」という暗黙のルールがありますが、そこには根拠がなかったりします。どれくらいまでの高さの靴やヒールなら、妊婦のお腹周りの骨や筋肉への支障がない負荷なのかをエンジニアリングで解明できれば、妊婦生活もより楽しく過ごせるかもしれません。

女性が自身の悩みを語れる社会になってきたのかもしれませんね。

尿失禁の研究について話すと、身近にも「実は私も…」と教えてくださる方がいました。以前から悩んでいる女性はいましたが、その声が、ようやく聞こえるようになってきたと認識しています。出産しても、年齢を重ねても、女性に生き生きと元気に過ごしてもらいたい。活躍を妨げる障壁を取り除くために私たちのエンジニアリング研究が活用できるなら、素晴らしいことです。

尿失禁にハイヒール、バイオメカニクスはいろいろなジャンルと掛け合わせできる身近な学問だと実感しました。

バイオメカニクスは、機械工学の新しい分野で、世界的にもその歴史は50年ほどです。生体と力学の関係性を調べ、わかったことを工学的な技術開発、医学的な課題解決に応用する学問です。研究からひもといた結果を、わかりやすく社会に広めていくことも私たちの仕事だと思っています。例えば、20年ほど、骨粗鬆症の骨折リスクを力学的に評価する研究も続けています。CTやMRIなど医療現場で撮影した画像を基に、その患者のそっくりな骨をコンピュータ上に再現します。そこにどのような荷重をかけると、どの部分が折れやすいか、力学シミュレーションで患者ごとに明らかにすることができます。

骨密度が低いと骨が折れやすい、のではないのですか?

例えば、板を4個の積み木で支える時、バランスよく積み木を配置すれば板を安定に支えられますが、隅に積み木を固めると、板はひっくり返ります。骨密度は積み木の個数を数える指標なので、どちらも積み木が4個という同じ骨密度量の判定ですが、力学的な安定性は異なります。研究でも、骨粗鬆症患者の投薬治療開始1年後、3年後のデータを比べたことがあります。医学的には骨密度に変化がなく改善していない判定でしたが、力学のシミュレーションでは、強度が上がっていることを明確に提示できました。もちろん、シミュレーションも万能ではありませんが、骨密度量と合わせることで、新しい判断基準になります。「骨が確実に強くなっている」結果の「見える化」が、運動療法を続ける患者のモチベーションになると確信しています。

いろいろな分野の人と一緒に、新しい視点を生み出すバイオメカニクス。龍谷大学で学ぶ意義はどこにあると思いますか。

学問領域が広い総合大学なので、さまざまなジャンルと掛け合わせることができる点が魅力と思います。私自身も知能情報メディア課程の先生と筋骨格モデルをダンス動作に適用する研究や、農学部の先生と食品のCT画像から計算モデルをつくり、噛んだ時の壊れる様子を探る研究なども進めています。食品の設計は多くの応用ができます。例えば、嚥下障害の方は柔らかい食品を摂取すれば良いわけではなく、ある程度の歯ごたえがないと、かえって症状が悪くなることがわかっています。これまで曖昧だった適度な力学的な刺激を可視化し、それを実現するための食品の設計方法の提示を狙っています。

バイオメカニクスに興味のある人たちに、メッセージをお願いします。

機械工学の言葉だけを聞くと、エンジンやモーター、車などをイメージし、応用先が特定の範囲に限られると理解されることもありますが、私たちが研究するバイオメカニクスの守備範囲は広く大きいです。つまり、活躍の場が非常に多いということです。医師は目の前の患者一人を救いますが、バイオメカニクスやエンジニアリングで良い技術を生み出せば、さらに多くの人を救えたり、豊かにできたりする結果をもたらします。その点がバイオメカニクスの醍醐味です。まだ歴史の浅い学問なので、私自身も学生との研究を通して、教科書の1ページを作っている感覚があります。毎日が新しい出会いと発見、そう感じさせてくれるバイオメカニクスの研究に一緒にチャレンジする仲間がもっと増えることに期待しています。