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SDGs EYEs:関心が高まる自然資本経営

「自然資本経営」が今後、数年内にホットなテーマになりそうです。自然資本経営とは、生物や水、大気などあらゆる自然資源を「経営基盤」とみなし、これらへの影響や負荷を軽減する経営のことを指します。
例えばミネラルウオーターメーカーがむやみに地下水を採取するのではなく、森林保全や水源管理を行いながら持続可能な方法で採取するといったことが挙げられます。地下水はただで手に入りますが、本来は有限です。何も対策を取らないでいると、いつかは枯渇し、それが経営基盤を揺るがす事態に発展しかねません。欧米を中心にした投資家の中には、企業の自然資本の財務リスクに着目し、リスクが高いと判断した場合は投資を引き上げる動きがあります。上場企業は近い将来、自然資本への対応を迫られそうです。

「SDGsとESG時代の生物多様性・自然資本経営」(藤田香、日経BP)によれば、グッチやサンローランで有名な仏ケリングは、自社の事業が地球の自然環境にどれだけの負荷を与えているかを金額ベースで開示する「環境損益計算書」を2012年から毎年発表しているそうです。
サプライチェーンの1次サプライヤー(取引先)である衣服の生産委託工場、2次の布地加工、3次の染色、4次の綿花栽培のサプライヤーに対し、環境損益計算書は各段階の大気汚染、温室効果ガス、土地利用、廃棄物、水使用、水質汚染の環境負荷を測定し、それを社会コストとして金額換算します。例えば大気汚染では、呼吸器疾患にかかった際の保険金額などを基に金額を算出するそうです。2015年の環境損益計算書では、サプライチェーン全体の環境コストは総額8億1120万ユーロ(約1100億円)となり、内訳は本社でのコストがわずか7%に対し、93%はサプライチェーンで発生していることがわかったといいます。こうした計算書があることで、企業はどの工程の負荷が高いのかが把握でき、優先的に対策を打つことができます。

ケリングは世界的にも先進的な取り組みをしており、日本ではまだこうした損益計算書をつくっている企業は聞いたことがありません。ですが、ミネラルウオーターを製造するキリンやアサヒ、サントリーといった飲料メーカーは、水に関わる経営リスク(汚染や枯渇など)をあぶり出し、リスクの高いところを中心に重点的にケアする活動はすでに行っています。企業の中でも自然資本への依存度が高い会社とそうでない会社があり、高い会社ほど少しずつ自然資本経営を意識しはじめています。

毛色は異なりますが、ユニークな事例にMS&ADグループの三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険の取り組みがあります。両社は今年6月末に、自動車保険専用ドライブレコーダーにツキノワグマの生息地に近づくと警報を発信する機能を追加しました。運転手に警報で注意を促し、走行中の自動車とツキノワグマとの衝突事故を防ぐのが狙いです。

これまでに沖縄県のヤンバルクイナとイリオモテヤマネコ、奈良公園のシカなどが対象になっており、今回の追加で対象は7種となりました。イリオモテヤマネコの生息数は100頭前後ですが、2021年だけで自動車との衝突事故が5件報告されています。また北海道のエゾシカは年4000件の交通事故が起きています。動物も自然資本に含まれており、2社は保険サービスを通じて自然資本の保全や回復に貢献したい考えです(「三井住友海上など、ドラレコでツキノワグマ衝突回避、警報機能追加」日刊工業新聞2022年6月15日付)。

MS&ADで自然資本の取り組みを推進する原口真さんによると、SDGsではゴール14「海の豊かさを守ろう」とゴール15「陸の豊かさも守ろう」が自然資本と大きく関わりがあるそうです。SDGsの方は「植林やサンゴ礁を守る活動など、どちらかと言うと社会貢献的な要素が強い」(原口さん)のに対し、自然資本経営の方は「本業そのもの。食品メーカーなど自然に依存した企業の場合、自然破壊が進んだ際に本業の持続可能性は大丈夫なのかが問われてくる」(同)と指摘。SDGsと自然資本経営は重なる部分はあるものの、現状は企業の取り組み姿勢に温度差があると話していました。

原口さんは自然資本に関するビジネス・金融の情報開示の枠組み「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」の検討メンバーとなっており、目下、自然資本の財務リスクを投資家にわかりやすく情報開示する世界的なルールづくりに携わっています。TNFDとは、気候変動の情報開示を企業などに推奨する「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の自然資本版です。気候変動の方は、今年4月から東京証券取引所がプライム市場の上場企業に対し、「TCFDと同水準」の情報開示を求めたことから、企業の間で一気に知られるようになりました。近い将来、上場企業は自然資本でも「TNFD(Nはネイチャー=自然の意味)と同水準」の情報開示を求められることが予想されます。冒頭で筆者は「数年内に自然資本経営がホットなテーマとなりそうだ」と指摘したのは、こうした背景があります。

上場企業に対しては、気候変動に加え、最近は人材育成に関わる「人的資本」への取り組みも開示を促す動きがあり、これに自然資本も加わると、「あれもこれも同時にできないよ~」といった嘆きの声が聞こえてきそうです。しかし、これこそが「新しい資本主義」なのではないかと個人的には感じています。つまり、上場企業は利益を上げたら投資家に還元するだけではなく、人や自然、地域社会にも還元するよう、新しい枠組みで(半ば強制的に)利益を分配する流れをつくろうとしているのだと思います。

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文/松本麻木乃:専門紙記者
2004年、日刊工業新聞社入社。化学、食品業界、国際を担当、2020年から不動産・住宅・建材業界担当の傍らSDGsを取材。近著に「SDGsアクション<ターゲット実践>」(共著)。

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