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京都の老舗に学ぶ、「生き残る知恵」と「サステナブル企業」の条件

世界がSDGsの達成を目指す現在、企業も環境や人権などに配慮しながら、事業の持続可能性を高めるサステナブルな経営が求められています。地域に根ざす中小企業の存続と発展可能性について研究する、経済学部 現代経済学科の辻田素子教授は「京都の老舗企業はSDGsという言葉がない頃から、顧客や従業員、地域社会などに配慮した事業を展開してきました」と話します。SDGsと利益追求の両立は可能なのか、企業が今後事業を継続するために必要なポイントは何なのかを伺いました。

編集部:SDGsの実践をビジネスチャンスに変えるうえでの秘訣は何かありますか。

辻田:SDGsの達成は世界共通の課題です。SDGsに取り組む企業が増えていますが、中には、既存の取り組みにSDGsの指標を当てはめるだけで満足していたり、実際の事業と矛盾していたりする場合があります。「社会貢献をアピールするためにSDGsを取り入れよう」「SDGsを実践するにはコストがかかる」と、環境や人権への配慮をマイナスに捉えていると、これからの時代、生き残りが難しくなります。近年、消費者は企業の姿勢をよく見ています。特に若い世代は敏感です。企業の「好ましくない」行動を知り、不買につながるケースがあります。就職先の候補から外す場合もあるでしょう。

株主の利益を最大化すべきとする株主至上主義への反省から、近年は、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会といった、様々な利害関係者(ステークホルダー)との関係を意識した経営が求められるようになっています。企業活動を通してこうした利害関係者に貢献する、言い換えれば、事業とSDGsを紐付けたビジネスを創出することで、企業は社会から必要とされる存在となり、その持続可能性を高めるのです。

編集部:京都の老舗企業を例に「生き残るヒント」を教えてください。

辻田:世界の中で、創業から100年以上、または200年以上続く企業の数は日本がトップです。そのため日本は「長寿企業大国」といわれています。

国内で見てみると、100年以上続く老舗企業は約3万3000社で、企業数は東京が1位、大阪、愛知に続き京都は全国4位です。
しかし、全企業に占める老舗企業の割合である「老舗出現率」は京都が4.73%で1位です。呉服関係、料亭、仏具関連のほか「月桂冠」などの酒造業、機器メーカー「島津製作所」などがあります。2019年帝国データバンクの調査によると、京都府内の老舗企業数は1403社です。

京都の老舗企業には、いくつかの共通点があります。そのひとつが、近江商人の経営哲学「三方よし」を実践していることです。売り手も買い手も満足し、社会に貢献できてこそ良い商売と言える、という考え方です。創業164年の伊藤忠商事は初代から「三方よし」の精神を大切にしています。渋沢栄一の「道徳経済合一説」もよく似た考え方です。古くから日本企業は、社会課題を解決しながら成長してきたのです。

アメリカの経営学者、ピーター・ドラッカーの名著『現代の経営」は、企業の本質をこう書いています。第一に自らの外部、すなわち市場や顧客のために経済的な成果を生み出す機関、第二に、人を雇用し、育成し、報酬を与え、彼らを生産的な存在とするための組織、第三に、社会やコミュニティに根ざすがゆえに、公益を考えるべき社会的機関です。この3つは「三方よし」に通じるところがありますね。

編集部:京都の老舗企業の具体的な取組を教えてください。

辻田:「堤淺吉漆店」は創業が明治42(1909)年、113年続く漆(うるし)の老舗です。漆は、漆の木に傷をつけたときに出る樹液を精製したもので、食器や仏壇仏具、建造物などに使われています。漆の国内生産量と消費量は昭和50(1975)年をピークに激減しています。現在は中国からの輸入品がほとんどで、国産漆は年間2000キログラム以下、輸入量に対して数パーセントという状態です。ちなみに、漆の木は10〜15年の成木からわずか200グラムしか採れません。漆が売れない、木を育てる人も職人も減る、漆製品を世に出せない、という悪循環に陥っていました。

宮下直樹

漆は紫外線や雨風に弱いという性質があります。平成11(1999)年、「堤淺吉漆店」は耐候性・耐久性に優れた新しい漆を開発しました。この漆は日光東照宮や姫路城などで採用されました。国宝や重要文化財の保存修理では国産素材を使うことが原則とされているのですが、このままでは国産漆の量が足りません。そこで「漆の木を育てる」「木工品を加工する木地師、木地に漆を塗る塗師の育成」に着手。天然木に漆を塗ったサーフボードやスケートボード、自転車の制作にも取り組むなど、新しい試みも始めています。次の世代のために天然素材である漆を再考し、循環型のビジネスモデルを構築しつつある例です。

呉服の黒染紋付の老舗「京都紋付」は古着を消費者から預かり、黒く染めるアップサイクル事業を始めました。三越伊勢丹やアパレルメーカー、古着店などとコラボレーションしプラットフォームを構築。自社は伝統技術の継承、取引企業はイメージアップとコミッション収益、消費者は愛用していた洋服を着続けることができる、というビジネルモデルを生み出しました。

編集部:サステナブル経営が企業価値を向上させるということですね。

辻田:堤淺吉漆店や京都紋付に見られるように、老舗企業が長年にわたって堅持してきた“SDGs的経営”は、企業の価値を高め、企業の存続可能性を広げてきました。
老舗企業が重視してきたのは、家業存続や事業継続でした。そのための英知が、社会の中で生かされているとの自覚やその社会に貢献するという姿勢になっているともいえるでしょう。

それに対し、SDGs経営は、環境の保全や人権などの社会問題解決に貢献する経営を行うことがベースにあり、その結果、様々な利害関係者から信頼され、企業価値が向上し、事業が継続されるという論理が強いように感じます。
このように、スタート地点は異なりますが、企業が存続するには、利益を生み続ける、つまり、社会から必要とされる存在でなければなりません。そのためにキーとなるのが、SDGsへの取り組みと社会課題解決への貢献です。これらを実践すると、顧客やサプライヤー、株主などからの信頼獲得、ひいては従業員のモチベーションアップとなり、企業価値の向上につながります。
SDGsを意識した経営は、単なる流行ではなく、経営の原理原則として捉えるべきものであること、社会の課題解決にビジネスで貢献することが企業の存続につながることを老舗企業は身をもって示してくれているのではないでしょうか。