menu

みんなの仏教SDGsウェブマガジン ReTACTION|みんなの仏教SDGsウェブマガジン

「龍谷の森」研究から見る、持続可能な自然社会の現実と課題

龍谷大学瀬田キャンパスの隣に「龍谷の森」という里山があります。広さは38ヘクタール、東京ドーム6.8個分で、瀬田キャンパスの校地面積22.7ヘクタールよりも広大です。「龍谷の森」を研究フィールドとする、先端理工学部 横田岳人 准教授は専門分野が森林生態学、自然環境保全です。「龍谷の森」研究で分かったこと、持続可能な自然社会の実現に向けて必要な視点は何かを伺いました。

古くからある里山で先端的な森林生態学を研究

龍谷の森は1995年に本学が購入した丘陵地域で、大萱(おおがや)、大江という集落の里山として利用されてきました。さまざまな用途が検討されていましたが、絶滅危惧種のオオタカが生息していることが確認されたため教育研究活動に利用されることになりました。2003年、森林保全のため理工学部(当時/現・先端理工学部)に環境ソリューション工学科を設置。自然生態学を扱う初めての学科です。農学は人が植物を利用する学問で主語が『人』ですが、理学は植物そのものを見つめる科学で主語が『植物』。植物がどう暮らしているか、自然を構成する一要素である人間とどう共生していくかを研究する学問なのです。

リュウコクヒメベニタケと名付けられた新種のキノコ。
学名:Russula ryukokuensis

龍谷の森は、主に先端理工学部環境生態工学の学生、教職員が中心となり関わっています。他には農学部や里山学研究センターを通じて深草キャンパスの学生も利用しています。また、一般団体「里山保全の会」による里山管理や周辺の小中高校との連携で環境教育活動も行われています。

滋賀大学で菌類を研究されていた本郷次雄博士は瀬田大萱地域生まれ。ここ瀬田丘陵でキノコの研究を続けられていました。そのためキノコ研究者たちにとっては『聖地』と言われています。菌類に興味を持つ団体である『関西菌類談話会』は月に1度、龍谷の森を訪れています。これまで新種のキノコが何種類も発見されているのですが、そのうちの一つがリュウコクヒメベニタケです。採集地が龍谷の森であったことに基づき、本学の名を付けていただきました。地球上には、人類がまだ出会っていない多くの種がいますが、出会う前に絶滅してしまう生き物もたくさんあると推測されています。龍谷の森で多くの新種が発見されたのは、さまざまな研究者が繰り返し訪れ、変化を見い出し、研究を重ねた結果です。こうして研究が続けられている龍谷の森は幸運な森だと言えるでしょう。また、コロナ禍において学生実習が減少し人の気配が少なくなっており、野生動物の住み処に戻りつつあります。

自然保護=環境保全ではない

そもそも里山とは、人が手を入れ続けることで維持される景観です。木を薪に、落ち葉を田畑の肥料に、山菜やキノコを食糧に、など自然の恵みを持ち出して人が利用する。森は空いたスペースで新たに生命を生み出す。この循環です。限定的な地域レベルで持続可能な社会を目指したのが、昔ながらの里山です。しかし、長い歴史の中で循環がうまくいっている里山はほとんどありません。木材を伐採しすぎてハゲ山になった森もありました。
現在、里山に限らず多くの森は管理が行き届いていません。水田や畑は、森の有機物を用いた堆肥の代わりに化学肥料が用いられ効率化が図られるようになりました。人が管理しなくなれば、里山はうっそうとした森になっていきます。『手つかずの自然』と言うと聞こえが良いですが、急激な変化によって、森が富栄養化して豊かになる一方で、生態系のバランスは崩れつつあります。
地域で生産される量と地域で消費する量が同じというような利用を行えば、瀬田丘陵地域の範囲で持続可能な社会は実現できるかもしれません。しかし里山が育んできた生物多様性を復元するには、強度の落葉かきや徹底的な低木の刈り込みなど、しっかり手を入れる必要があり、現実的ではありません。

龍谷の森は、北側は手を入れずに遷移を確認するエリア、南側は手を入れて維持管理をするエリアに分けています。ただ、森で生じた木や枝葉といった有機物の利用について十分な検討がされておらず、保全維持の方向性はまだ定まっておりません。

持続可能な自然社会の実現には「長期的な視点」が必要

本来の林業は、孫やひ孫の顔を思いながら植林し、祖父や曽祖父の顔を思い起こしながら伐採するという長いサイクルで行われます。植林から伐採までに3〜4世代かかるのです。しかしこれまで国内で、長期的な視点で林業が行われていた地域はあまり多くありません。木を育てる、伐採する、運搬する、製材加工するという作業がそれぞれ違う業者で行われているのが一番の理由です。その場限りの利益や不利益で一喜一憂する業者が多いのが実情ですが、三重県の速水林業のように100年先を見据えて森林管理をしているところもあります。

現在のカーボンニュートラルは、一定の経済ルールの中で繰り広げられるゲームのようなものだと感じます。実態とどの程度結びついているかが不透明で、本質を見失っている感があります。持続可能な自然社会に向けては、やはり長期的な設計が必要なのです。
2021年、経産省、文科省、環境省が中心となり「大学等コアリション」が始動しました。大学による環境への取り組みを社会に還元する目的で作られたプラットフォームで、本学も参画しています。本学はその枠組みの中で、大学自身の環境政策や環境教育を見つめ直すチャンスが得られたと言っていいでしょう。手を動かし、足で稼いでこそ本質を知ることができます。学生たちには、評論家になるのではなく実践者であれと伝えています。広い視野を持ち、より良い自然社会を作ってほしいと願っています。