2021年3月に世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数2021」で、日本の評価は156カ国中120位とかなり低いレベルでした。同時期には、日本の政治家の女性軽視発言が世界中で批判され、見過ごされてきた慣習や表現などに存在するジェンダーバイアスに関する議論がますます活発化しています。
ジェンダーは「社会的・文化的性差」を意味し、社会や文化と深く関わる宗教は、その社会におけるジェンダーの在り方を形成し、維持、変容に影響を与えてきた要素のひとつと言えます。平等を掲げる宗教を探求するうえで、ジェンダーを無視することはできませんし、ジェンダーを考えるうえで宗教観を紐解いていくことは、課題解決のヒントを探る重要な作業になると考えられます。
そんな中、日本で初めての“ジェンダーを基軸とした宗教研究”の拠点「龍谷大学ジェンダーと宗教研究センター(GRRC)」が開設されました。
今回は、岩田真美センター長に、ジェンダー平等の実現に向けた研究内容や、宗教界におけるジェンダーの課題について、お話をうかがいました。
編集部:龍谷大学ジェンダーと宗教研究センター(以下:GRRC)が設立された経緯を教えてください。
岩田:仏教をはじめ多くの宗教は「平等」の精神を掲げています。
釈尊は身分差別があったインドで「生まれを問うことなかれ、行いを問え」と説かれました。浄土真宗の精神にも「平等」の心が説かれます。阿弥陀仏の「摂取不捨」(
また、ジェンダーの問題は、SDGsの17項目にも掲げられる貧困や教育、働き方といった、さまざまな社会問題に横断的に関わる根本的な問題として特に重要視すべきです。しかし、2021年現在において日本はジェンダー・ギャップ指数が先進国のなかで最低水準の120位。とりわけ政治や経済、また大学を含む高等教育の面でもジェンダー平等が進んでいない実情があると思います。
平等や平和を掲げる宗教が、ジェンダーの問題に取り組むことは必然のように思われますが、実際は仏教を含む宗教自体に、ジェンダー視点からの研究がこれまであまり行われておらず、教団自身もジェンダーに対する意識が低い傾向にあるのは否めません。
GRRCは、仏教や宗教研究において実績のある龍谷大学が、ジェンダーの視点を用いて、その知見を深めることで、ジェンダー平等の実現に寄与するヒントを見つけ出すことを目的に設立されました。
編集部:ジェンダーの視点から、現在の宗教教団に関する課題はあるのでしょうか。
岩田:仏説阿弥陀経という経典では、浄土に咲く蓮の花の様子を「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光」と表現しています。この言葉は、一人ひとりが阿弥陀仏の光に照らされて、それぞれの色であるがままに自分らしく輝いているという意味です。
互いの違いを認め合い、自分らしく輝ける多様性豊かな世界を目指すべきだと仏教では説かれています。
しかし、ジェンダーが「社会的・文化的な性差」という意味で用いられているように、ジェンダーのあり方は社会や文化によって多様であるとともに時代によって変わりうる要素をはらんでいます。仏教もまた、歴史のなかでその社会におけるジェンダーを形作り、維持し、変容させることに影響を与えてきました。
現代において、宗教界のジェンダー平等の実態は進んでいるとは言い難く、たとえば日本の伝統仏教の主要10宗派の宗議会議員のうち、女性の議員の比率はわずか2%。本願寺派にいたっては、女性議員は0人という実情があります。私を含め、女性の僧侶の数は増えてはいるのですが、教団に女性やセクシュアルマイノリティなど多様な人たちの声が届いていないように感じます。
ジェンダーの視点は、社会や文化の権力構造を分析するという視点だけでなく、自分自身の立ち位置を内省する視点でもあります。
自分が女性であることでジェンダー的な差別を受けることがあるかもしれない。あるいは気づかないうちに誰かを傷つけているかもしれない。自分自身の立ち位置を見つめ直し、自分の痛みとともに他者の痛みというものに共感したり寄り添ったりする姿勢が求められると思います。これは、龍谷大学が提唱する「自省利他」(常に自分を省みて、他者の幸せや利益を追求する)という行動哲学につながっています。
将来的には、各宗教教団がジェンダー平等に向けてどのような取り組みを行っているか、第三者にもわかるよう数値化できるとよいのではと考えています。仏教に携わる私たちがまず足元をしっかりと見つめ宗教界に対しても提言することが大事。宗教界が真剣にジェンダー問題に取り組むことで、社会へのメッセージもより説得力が高まるのではないかと考えています。
編集部:GRRCの研究成果が、私たちの社会にどのように還元されるのでしょうか。
岩田:東日本大震災以降、学会でも宗教の公益性や社会貢献について取り上げられる機会が増えています。そんな中、ジェンダーの視点からの研究は今後ますます重要になってくると思います。
宗教の公益性、社会貢献を考える時、ジェンダーの視点は欠かすことができないと思います。たとえば、寺院などが運営する子ども食堂を研究する際、常に雇用の不安を抱えているシングルマザーや非正規雇用で働く女性の問題を避けて考えることはできません。
さらに、コロナ禍のリモートワーク下における家事や育児、介護の分担でも、多くの家庭で女性に大きな負担がかかっており、こうした無報酬のケア労働についても、ジェンダーの視点からの研究が求められています。
このように、宗教が向き合う貧困や福祉、働き方といった社会問題に、横断的に関わるのがジェンダーの問題であり、さまざまなアプローチからの研究が求められていると思います。GRRCには、宗教学や仏教学だけでなく、社会学、歴史学、英文学、国際政治学、文化人類学、看護学といった様々な分野の研究者が在籍しており、多様な視座からの研究を融合させた提言ができるのではないかと考えています。
編集部:具体的な例を教えてください。
岩田:自らも看護師として活動してきた看護学の研究者が、地域包括ケアシステムにおける地域での看取りを可能にするために、仏教と医療や福祉、介護がどうやって連携協働すればよいかを研究しています。
男性の育児休暇は少しずつ認知されていますが、介護が理由で休むことに引け目を感じる男性が多いようです。また地域のなかでヨコのつながりをつくってきた女性に対し、仕事を通じて社会とつながってきた男性は、地域で孤立しやすい傾向にあるといわれています。
施設や病院ではなく地域で最期を迎えたいと願う人が増えるなか、人間の死生観に関わり地域交流の基点ともなる寺院や僧侶の存在がクローズアップされています。
今後は、心のケアや福祉など、宗教思想とその社会実装を考える龍谷大学の研究成果を活かしながら、新しくジェンダーの視点を取り入れて研究を深めていければ。そこで生まれた施策や提言が、社会に対しての貢献につながるのではないかと考えています。
編集部:GRRC設立に対しての反応はいかがでしょうか。
岩田:「ジェンダーと宗教」研究が日本よりも進んでいる海外でも研究拠点の設立はあまりないので、国内外の研究者から「画期的なことだね」と言われました。創設記念シンポジウムでもこれまで宗教界において女性やLGBTQなどジェンダー問題に尽力されてきたたくさんの方が来られ、期待の高さを感じました。今後は研究を進めるとともに、国内外で宗教とジェンダーの課題に携わる実践者や研究者の交流の拠点になればよいなと考えています。
ジェンダー平等の実現には、社会的にも文化的にも、多様な視座をもって、みんなが自分事として関わることが重要だと思っています。多様な歴史や実態を知り、比較することで、社会の中で、何気なく周辺化されたものを見極め、それを理由に苦しんでいる人たちの声に耳を傾けていきたい。それこそ、SDGsが掲げる「誰一人取り残さない」社会の実現につながるのではないでしょうか。
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