2025年10月4日、龍谷大学深草キャンパスおよびオンラインで「共生とソーシャル・イノベーション 人と社会の成長を問い直すシンポジウム」が開催されました。龍谷大学・京都文教大学・琉球大学が連携するソーシャル・イノベーション人材養成プログラムと、日本ソーシャル・イノベーション学会が共催。
「共生とソーシャル・イノベーション」をテーマに、物質中心の価値観に基づく現代社会を仏教哲学・心理学・経営学・文化人類学など学際的な視点から問い直し、人間の成長とソーシャル・イノベーションについて議論を深めました。
基調講演では、龍谷大学 理事長であり仏教学者の入澤 崇(龍谷大学名誉教授)が「他者の発見 Less Me MoreWe」と題し、仏教の精神と仏教SDGs、大学や学生の取り組みについて語りました。
パネルディスカッションには濱野 清志 氏(京都文教大学大学院臨床心理学研究科 教授)、高橋 勅徳 氏(東京都立大学経済経営学部 准教授)、高橋 そよ氏(琉球大学人文社会学部琉球アジア文化学科 准教授)が登壇。大石 尚子 教授(龍谷大学政策学部 教授/SI研究大会 実行委員長)がコーディネーターを務めました。
前編では、入澤 崇理事長による基調講演をレポートします。
基調講演「他者の発見―Less Me More We―」
「私の専門は仏教文化学です。学生時代から、お釈迦様が何を見出されたのかということを探求しています。研究の出発点は、仏教がどうしてアジア一帯に広まっていったのかという疑問です。仏教が伝播していく過程で重要なキーワードは『一切衆生(しゅじょう)』です。『衆生』は命あるもの、そして『一切』はすべてという意味なので、仏教が目指すのは『命あるものすべての安楽を実現する』ということです。

一枚の写真をお見せします。私は2004年から毎年、アフガニスタンを訪れていました。あるとき、ガスも電気もない人里離れた場所で、小馬に乗った少年とすれ違いました。どこへ行くのか尋ねると、『3時間かけて、病気の母親を病院に連れて行く』というのです。周りを見渡しても病院らしき建物は見当たりません。彼の後ろで小馬に乗っているのが、黒いブルカをすっぽりとかぶった母親です。これが、私の人生を変えた出会いでした。
ふと考えました。私は日本にいる時、この少年の優しい気持ちを想像することが果してできただろうかと。共生とは、まさしく“共に生きる”ということですが、それがいかに難しいか。私たちが想像し得ていないところで、本当に貧困で苦しむ、そして戦争で苦しむ人たちがたくさんいます。それをリアルに感じ取る能力を、私たちは強化していく必要があるのではないでしょうか。それまでも社会的な課題に関心はありましたが、この少年との出会いにより『本当に、なんとかしなければならない』という思いが強くなりました。
仏教はシルクロードを通じて広まりました。当たり前であるかのように語られていますが、これは奇跡としか言いようがありません。異民族がひしめく地では、異なる価値観が衝突すると争いになります。そうした争いの渦中、あるいはその兆しが見えるところに仏教が必要とされていたわけです。もちろん、彼らも戦争を望んでいたわけではありません。だからこそ、異なる民族と“いかに共生するか”ということは、当時の為政者にとって最大の課題であったと思います。そうしたなかで、仏教に感化を受けた為政者や大富豪が、異民族と共存する道として仏教を取り込んだのですね。」
「自省利他」の精神とは
「2019年、私は学長メッセージとして学内外に向け『自省利他』という言葉を掲げました。これは、自ら省みて他を利するということです。『自省』は常に自分のあり方や考え方、自分の価値観を省みるということです。徹底的に自分自身を省みることで、実は他者との繋がりの中で自分自身がここに生きているということが実感できます。
『利他』についても触れたいと思います。私たちは日常、自分の利益や自己満足を求めて生きています。しかし、それを省みて、社会の安寧や他者の安らぎを願っての行動を心がける。自己中心性に気づくことができる強靭な知性と、他者への思いやりの心を備えた人間になるということが、本日のシンポジウムのテーマである『共生』に関わってくると思います。」
「自省利他」を、ソーシャルビジネスとして展開

「政策学部の学生3人は、RE-SOCIALという会社を立ち上げました。彼らは学生時代、京都南部の笠置町で衝撃を受けました。この地域では獣害による被害が深刻で、鹿やイノシシが銃殺された後、まるでゴミのように廃棄されていたそうです。自分たちは毎日食事をしている、鳥や魚の命を頂いて生きている。それなのに、鹿やイノシシは果たしてゴミなのだろうかという疑問を持ち、鹿やイノシシを『ジビエ肉』として活用するソーシャルビジネスを立ち上げたのです。

龍谷大学の正門から入ってすぐ、キャンパスの中心に『カフェ樹林』があります。ここは、障がいのある学生と健常者の学生が共に運営していて、社会福祉の専門家の方が指導にあたっています。このカフェがキャンパスの中心にあるのは、『本当に強い組織は、弱い立場にある人を外に追いやらず、真ん中に位置づけている』(高橋源一郎)という考えをまぎれもなく示しています。
障がいのある学生にとって最大の困りごとは就職です。就職について、健常者の学生たちと共に考えるチームが結成されました。技術を習得してはどうかという提案のもと、彼らは靴磨きの技術を習得しました。深草キャンパス周辺の中小企業で役員会議が開かれているあいだに預かった靴を磨くサービスが評判となり、2017年、京都市役所のすぐ近くに『株式会社 革靴をはいた猫』という店舗をオープンしました。
私が感じたのは、今の時代は若者が若者の可能性を引き出すということです。社会課題を他人事にしない。中学校、高等学校では探究学習が必修になっていて、若い人たちの意識が徐々に変化していると実感しています。私は、こうした若者のチャレンジングな試みに対して、大人が支援するという体制ができるといいなと考えています。」
仏教SDGsの実践
「創立380周年を迎えるにあたり、『自省利他』と並んで将来ビジョンを示しました。「まごころある市民を育み、新たな価値の創造を図ることで、あらゆる壁や違いを乗り越え、世界の平和に寄与するプラットフォームとなる」というビジョンです。
また『仏教SDGs』を打ち立てました。国際連合からSDGsが表明されたとき、『誰一人取り残さない』というキャッチフレーズが掲げられました。これはすでに仏教が説いている理念です。この言葉の背景には、取り残されている人たちが多く存在するという現実があります。
私たちの通常の意識と行動が変わらない限り、SDGsの17の目標は達成できるものではありません。そして、人の意識と行動の変容を促すものこそ、私は仏教であるととらえています。そうした考えから、『仏教SDGs』を提唱するに至りました。

2019年、ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターを設置しました。バングラデシュのムハマド・ユヌス博士はノーベル平和賞を受賞されています。ユヌス博士は貧困問題に真正面から向き合い、救済に向けた実践的な取り組みをおこないました。自分の利益や自社の利益を優先するのではなく、社会の利益を優先する『ソーシャルビジネス』という考え方を打ち出しています。
新型コロナウイルスの流行時には、孤立する人が急増しました。悲しみや不安を表現できる社会を目指して『社会的孤立回復支援研究センター』を開設し、環境問題については、一大学だけで取り組むには限界があるため、環境省と『地域脱炭素の推進に関する協力協定』を結びました。さらに、生物多様性が損なわれているという現実をふまえ、大学としては初めて『ネイチャーポジティブ宣言』を発出しました。

ウクライナの学生を7人ほど留学生として受け入れ、大学付属の平安高等学校でウクライナの女子学生に講演をおこなってもらいました。紛争地域に暮らす方の声に耳を傾けることで、生徒たちは当事者の視点に触れ、平和について深く考える貴重な学びの機会となりました。

学生の活動についてもご紹介します。孤独を抱える高齢者が暮らす団地では、学生が共に生活し、交流する活動をおこなっています。また、食品ロスの問題に取り組む学生グループや、大津市消防団に入団して地域の防災に貢献する学生もいます。さらに、龍谷大学の学生が主体となり、地球の気候について議論する『学生気候会議』が毎年開催されています。ほかにも、コロナ禍で使われたアクリル板を再利用し、新たな情報ツールを生み出す取り組みをおこなう学生団体もあります。
他者との繋がりを実感する機会を積極的に作り出していく。その繋がりが探究心を生み出していく。このような、心の豊かさを感知する学びを推進する必要が今こそあるのではないでしょうか。私たちが当たり前だと思っていることのなかには、実は当たり前ではないこともあります。そのことに気づく学び、そして当たり前のように送っている生活が本当に尊いものであると実感する学び。これらを実現する必要があると思います。
若い人たちには、希望を持ち続けることの大切さを伝えたいです。希望は常に、絶望と隣り合っています。希望には、失望や挫折がつきものです。しかし、なぜうまくいかないのかを深く自省し、軌道修正をすることで、これまで見えていなかった自分を見出すことができるはずです。これまでのような「経済成長型社会」から「課題解決型社会」へ。私たちは、そこに力を注ぐべきではないかと思います。」
社会課題の解決を目指す学生を支援する「共創HUB京都(仮称)」

「龍谷大学の新たなチャレンジとして、産業界、金融界、大学が一体となり、社会課題の解決を目指す学生を育成するプロジェクトが始動しました。大阪ガス都市開発、京都信用金庫、龍谷大学が連携し、京都駅前の東側に8階建てのビルを建設いたします。100室の学生寮を用意し、起業を目指す人や、社会変革に関心のある学生に入居してもらうことで、ソーシャル・イノベーションの推進を図ります。
龍谷大学は、大学の目指すべき姿のひとつとして『社会変革の中核的担い手になる』ということを掲げています。これは従来の大学の枠組みを超えた、新しい大学の役割を創造するものです。その最重要拠点が『共創HUB京都(仮称)』になると思います。

仏教には『自他不二』という教えがあります。私たちは、自分と他者は別の存在であると考えますが、仏教では、自分と他者は別ではなく、相互につながっていて、共に命ある存在とみなします。その水準で人間を見て、人間の活動を見直します。
『Less Me』『More We』というメッセージは、学内やスクールバスにも掲示されています。自己中心性や自我意識といったバリアを下げていくことが『Less Me』。そして、連携できる他者、困難に直面している他者、自分の中にある他者を発見することが『More We』という意味です。」
前編はここまで。後編では、パネルディスカッションの模様をお送りします。