2000年代になってから、ひきこもり・不登校が社会問題化。支援の現場に本人が来られないという状態のまま、どのように支援を進めていけるのかが、大きな課題となっています。2022年4月、「社会的孤立」を研究対象とし、その回復支援に寄与することを目的とした「龍谷大学社会的孤立回復支援研究センター(SIRC)」を設置。関係支援ユニット代表を務める赤津玲子教授に、心理学の新たな領域である“関係支援”についてお話を伺いました。
本人不在のカウンセリングが増加
編集部:まずは赤津教授の専門分野「カウンセリングにおけるコミュニケーション」についてご説明いただけますか。
赤津:一般的にカウンセリングと言うと、問題を抱えた方とカウンセラーが1対1で対話するイメージを思い浮かべるのではないでしょうか。私がこれまでおこなってきたカウンセリングは、システム論を基本とした家族療法と呼ばれるものです。家族療法とは、家族を対象として家族と一緒に解決を考えていく心理療法です。面接には本人だけではなく家族も同席し、家族のやりとりに注目し、家族の中の個々の意見が食い違っている時には双方の話を聞きながら、関係性に焦点を当てて話を進めていきます。本人と家族、本人とカウンセラー、カウンセラーと家族、それぞれがコミュニケーションを通して解決を模索し、本人と家族の納得できる日常生活の回復を考えていきます。
編集部:本人がひきこもりの場合は外出がままならず、面接をおこなうのが難しいですよね。
赤津:カウンセリングに行きたくても、どうしても外に出られない場合もあるし、そもそも行きたくない場合も多々あります。ひきこもりや不登校が増えれば、本人も含めた家族も社会的な孤立状態に陥ってしまうケースが増えています。そういった社会の現状を踏まえ、本人不在の状態で保護者だけが面接を希望される場合、どのような支援ができるかについて研究しています。龍谷大学社会的孤立回復支援研究センターのユニットで取り組んでいるのは、まさに本人が来談しない場合の保護者や関係者への支援です。
関係支援は心理学の新しい領域
編集部:これまで、問題を抱える本人とその家族に対するカウンセリングは、どのようにおこなわれていたのでしょうか。
赤津:従来の臨床心理学ですと、問題を抱えていて何とかしたいと思っている本人の相談にのるのが王道でした。例えばひきこもりのお子さんを抱える母親が来談した場合、カウンセリングの目的は母親の気持ちを受容・共感することで、母親自身が自分と向き合い葛藤に気づくことでした。つまり、ひきこもりのお子さんの状態回復を含めた支援を目的としたカウンセリングではなく、対象はあくまでも母親なのです。
一方、心理学の新たな領域である“関係支援”とは、そのような母親と子どもの関係性にアプローチする方法です。「子どもとどう接したらよいのかわからない」「自分のせいでこうなってしまった」など、母親の話を聞きながら、母親のこれまでの取り組みを肯定し、その向こうにいる子どもの状態や家族の関係をアセスメントして、保護者と一緒に考えていきます。これを『間接的アセスメント』と呼んでいます。
編集部:“関係支援”は、ひきこもりに悩む全ての人に適応できるのですか。
赤津:カウンセリングに望むものは人それぞれなので、“関係支援”の必要性も時と場合によります。例えば、カウンセラーに話すだけで楽になる方もいらっしゃいますし、疲弊しきってうつ状態になっている方もいます。子どもへの接し方について具体的な助言を求める方もいます。当然ですが家庭の環境も本人の状況も多様です。多様であるがゆえに、支援のマニュアルはありません。私たちが取り組みたいことは、相談に来た保護者の向こうにいる本人のところまで間接的に手を伸ばすような支援です。
編集部:家族と子どもの関係をアセスメントすることで、子どもの状態に変化が現れると?
赤津:“関係支援”では、相談にやってきた保護者の話から、子どもを取り巻く人との関係性をアセスメントし、本人の状態が精神疾患等のリスクをはらんでいないか、家族の良かれと思った取り組みが改善に結びつかずに同じことの繰り返しに陥っていないか、などを探っていきます。どうすればよいか保護者と一緒に考え、保護者を労ったり助言を行ったりすることで、一度も本人に会わずに、状況が改善することがあるのです。例えば、不登校状態のお子さんをもつ母親が相談に来て、子どもへの対応を一緒に考えることで、関わり方が変わるとします。小さな変化が家族関係に影響を与えて、子どもが何か始めるかもしれません。カウンセラーはその変化に応じて母親から話を聞きながら助言等の支援をします。コンサルテーションといって、子どもの担任の先生と話すことが頻繁にあります。子どもー母親の関係性、母親―カウンセラーの関係性だけではなく、母親―担任の関係性、担任の先生とー子どもの関係性が良好であれば、カウンセラーが子どもと直接会わなくても、子どもに変化をもたらすことができます。
編集部:それぞれの関係性を俯瞰して見ながら、助言するのですね。
赤津:公認心理師法が2017年に施行され、心理に関する支援を必要とする本人やその関係者に対して、助言や指導をおこなうことが定められました。それまでカウンセリングでおこなえるのは傾聴、つまり話を聞くだけでしたので、助言できるようになったことは大きな変化です。
社会的孤立から立ち上がるために
編集部:2023年4月、龍谷大学に新設された心理学部の教員としてのみならず、龍谷大学社会的孤立回復支援研究センターでも活動しておられますが、センターにはどのような方々が在籍されているのですか。
赤津:センター全体について言えば、「社会的孤立」を中核テーマとし、犯罪学・福祉学・社会学・臨床心理学など、領域は違えど近しい社会課題に取り組んでいる人たちが集まり研究をしています。普段、研究室にいるだけでは交わることのない先生と情報交換しながら「そういう視点も大事だな」「そのような社会的な動きがあるのか」など、様々な領域の情報を共有できるのは有意義だと思います。さらに私がユニット長を務める関係支援ユニットには、スクールカウンセラー・臨床心理士・児童相談所の方など、ひきこもりの子どもに接したことのある方、本人不在の面接をこれまで経験している方にユニットメンバーとして参加いただいています。
編集部:“関係支援”の活動を続けていく中で見えてきた、新たな視点とは?
赤津:“関係支援”の研究をテーマにした学会発表をおこなうと、必ずたどり着くのが「協働」という考え方です。先ほども、カウンセリングで担任の先生にも参加してもらうケースをお話ししましたが、子どもをとりまく人みんなで子どもと家族を支えていく、横の連携「協働」が不可欠だと感じます。教育の現場には、担任の先生・学年主任・擁護教諭などの連携があり、医療現場にも精神保健福祉士・医師・看護師・医療心理士などの連携があります。関係性に着目し、「協働」していくことが重要である点は、どの領域でも言えること。教育や医療の連携も、“関係支援”と原理は同じシステムです。
編集部:社会のさまざまな場面で役立てることができる、“関係支援”というシステム。心理学部でも学べるそうですね。
赤津:心理学部には「生涯発達カウンセリング」と「関係支援とコミュニケーション」の二つのプログラムが用意されていて、「関係支援とコミュニケーション」ではまさに、関係者を支援することで本人を支援することを学びます。誰かひとりの心だけでなく、人と人とのつながりを深く理解して、他者とともに協働するスキルは、福祉や医療業界に限らず、一般企業でも役立ちます。実は私も旅行関係の企業に勤めた経験があるのですが、対顧客よりも、対社内におけるコミュニケーションの方が難しいのだと痛感しました。心理学部での学びは社会に出た時、きっと大きな強みになると思います。