龍谷大学の起源は江戸時代の1639(寛永16)年、西本願寺境内で創設された学寮です。僧侶をめざす若者たちが浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の教えなどを学ぶ60人収容の学寮。その学寮があった場所に、今は大宮キャンパスが建っています。現在の龍谷大学は、9 学部(※)、1短期大学部、10研究科を有する総合大学ですが、幅広い教育領域の中でも社会福祉教育の歴史は古く、大正時代まで遡ります。龍谷大学の歴史、そして「摂取不捨」の精神と歩んだ社会福祉教育の歴史を、2回に分けて紹介するうちの後編です。
※2023年4月心理学部設置予定
>前編はこちら
大津に瀬田キャンパスが誕生
文学部に社会福祉学専攻が開設されてから21年後の1989(平成元)年、新たに瀬田キャンパスが完成しました。もともと理工学部がメインの学部として計画されましたが、創立350年のキャッチフレーズが「人間・科学・宗教」だったこともあり、社会科学を融合させようと社会学部を新設。文学部の社会学科と社会福祉学科が、社会学部に移りました。「龍大福祉」は、瀬田キャンパスの大学福祉(社会学部)と深草キャンパスの短大福祉、京滋の両輪で走ることとなったのです。
瀬田キャンパスができるまでにも、特筆すべき出来事がありました。それは、1977年に日本唯一の刑事政策に特化した教育プログラムとして、特別研修講座「矯正課程」(95年に「矯正・保護課程」に改称)ができたことです。西本願寺の教育活動を背景に監獄法などが講義科目に含まれた明治以降、龍大では犯罪者らを救うことがテーマのひとつであり続けました。2002(平成14)年には、研究機関として「矯正・保護研究センター」を設置。2010年には「教育」「研究」の2分野に加えて、「社会貢献」を行う「矯正・保護総合センター」が設立され、一般市民にも教育の機会の提供がスタート。こうした活動にも、社会福祉の理念に通じる「だれひとり取り残さずに救う」という「阿弥陀仏の誓願」が生きているのです。
「ふれあい大学」から広い世界へ
大津市に瀬田キャンパスができて9年。1998(平成10)年、社会学部社会福祉学科は、地域福祉学科と臨床福祉学科に改組されました。1981年の国際障害者年の盛り上がりで日本でもノーマライゼーションが合言葉になり、バリアフリーなどの施策を推進。住民同士が支え合って共に生きる「地域福祉」の推進も求められました。こうした流れの中での学科改組、地域福祉を冠した学科の誕生は先駆的だったと言えます。
共生の象徴の一つに、2002年に短期大学部に開設されたオープンカレッジ、地域の知的障がい者と学生が一緒に学ぶ「ふれあい大学」があります。授業に出た学生は最初、障がい者と距離を置きますが、夏休み明けごろからは自然な交流が芽生えてきます。障がい者にとっての「大学」は普段の狭い世界から抜け出す大きなチャンス。障がい者は4年間の期間を学び終えると、学長名の修了証が渡され「大学を卒業できた」という達成感が自身への誇りとなるのです。
「ふれあい大学」の立ち上げに関わった加藤博史名誉教授は、「参加した障がい者は自立意欲を高め、発語にも不自由していた施設入所者が、ふれあい大学を経て1人暮らしを始めたケースもある」と話しています。
この取り組みから、2006年には深草キャンパスに地域の知的障がい者が働く「カフェ樹林」がオープン。さらに「カフェ樹林」がきっかけとなり、龍谷大学を代表するソーシャル企業「株式会社革靴をはいた猫」も生まれました。現在は、京都市役所近くと大丸京都店内に、靴磨き専門の常設店を構えています。
「仏教SDGs」の礎は「自省利他」
龍谷大学は、創立380年を迎えた2019(令和元)年、入澤学長が中心になって「自省利他」を掲げ、その行動哲学を基本に据えた「仏教SDGs」の概念を打ち出しました。
「自省利他」とは、自身に自己中心性が宿っていることを自覚し、その払拭に努めることを指す「自省」と、他者への思いやりと幸福を願う精神を指す「利他」を掛け合わせた行動哲学であり、持続可能な社会の実現に近づく鍵となり得ると考えます。自分を成り立たせているものは、親兄弟や食べ物、水など縁あるものすべて。だからこそ、自分と同様に大事にしなければならないのです。
「仏教SDGs」が生まれたきっかけは、入澤学長が2017年の学長就任時に聞いた国連の広報局アウトリーチ部長によるSDGsに関する講演。仏教にみられる「摂取不捨」という阿弥陀仏の誓願は、「だれ一人取り残さない」というSDGsの原則に通じます。そのことに思いが至る一方で、「社会の深刻な問題は人間がもたらしたもの、その人間が変わらない限り、持続可能な社会の構築は難しい」と入澤学長は感じたそうです。
ソーシャルビジネスの拠点に
同じころ、入澤学長にもう一つの出会いがありました。2006年にノーベル平和賞を受賞した、ムハマド・ユヌス博士との出会いです。バングラデシュでグラミン銀行や病院を設立し、利他の精神で社会に貢献するビジネスを展開してきた実業家であり、経済学者でもあるユヌス博士。入澤学長は、ユヌス博士が提唱したソーシャルビジネスの考えと「仏教SDGs」の理念に親和性を感じ、ユヌス博士が所長を務めるユヌスセンター(バングラデシシュ)と連携。2019年6月、龍谷大学にユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターを設立し、創立380周年イベントにもユヌス博士を招きました。同センターはソーシャルビジネスに関する企業との共同研究、成果の発信、ソーシャルビジネスの立ち上げの三つを柱にしています。
2020年には、センター主催のイベントで学生らが女性の健康に関するアイデアを発表。生理用ナプキンの無料化を実現するサービス「Oitr(オイテル)」の導入につながり、すでに学内トイレ220カ所に生理用ナプキンディスペンサーが置かれており、今後も継続して設置を予定しています。
2025年、社会学部が深草に移転
社会学部地域福祉学科と臨床福祉学科は2016(平成28)年に、現代福祉学科に生まれ変わりました。そして2025(令和7)年4月、社会学部はキャンパスを瀬田から深草に移転し、現代福祉学科と社会学科など3学科を総合社会学科(仮称)にまとめ、社会学と社会福祉学を総合した展開を行う予定です。深草キャンパスに移った後も、知識だけでなく理念をもって実践する、龍谷大学の社会福祉の歴史を引き継ぐことが重要だと考えています。
例年、現代福祉学科の学生の約5割が福祉施設や社会福祉協議会、福祉系公務員、福祉系企業など福祉系の進路を選択しています。このように多くの卒業生が福祉現場で活躍してくれていることこそ、これまでの社会福祉教育の成果。2年後に迫った社会学部の転身が、これからの社会にどう生かされるのか。「龍大福祉」の新たな幕が上がろうとしています。
>前編はこちら