2030年までに世界全体でめざす、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称であるSDGs。これまでにない発想や、私たちの意識と行動の変化が求められています。龍谷大学では、この世界共通の目標SDGsと仏教の思想を重ねた「仏教SDGs」に基づいた教育と研究を各学部で推進。「仏教SDGs」のひとつと位置づけられる、農学部と先端理工学部が協働しながら行う「アグリDX人材」育成の取り組みに、関係者から注目が集まっています。
今春から「アグリDX人材」育成が始動
「アグリDX人材」育成の取り組みは、文部科学省の大学改革推進等補助金(デジタル活用高度専門人材育成事業)「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」に採択されたことを受け、2022年度よりスタートさせました。低炭素社会を実現するデジタルマインド・スキルを持った人材を育てることをめざし、龍谷大学瀬田キャンパス近くにある農学部牧農場での実習の高度化、DX化が加速しています。産業界や地域からも期待が寄せられている、取り組みの一部をご紹介します。
農場から吸いあげたデータを読み解くスキルを
2022年5月14日、農学部新入生約450人が龍谷大学瀬田キャンパス近くの牧農場で「食の循環実習」の一貫であり、毎年恒例の田植えを行いました。この「食の循環実習」とは、農産物の生産から加工・流通・消費・再生に至る一連の流れを「食の循環」とし、それぞれのプロセスを実体験する本学独自の実習を指します。
「アグリDX人材」育成の取り組みとリンクさせた今年の田植えの現場には、水田に16本のセンサーを設置。このセンサーによって、これまで手作業で行っていた水温と水位の計測をデジタル化。365日24時間、センサーから吸い上げられるデータはクラウドにアップされ、アップデートされた膨大なデータを学生がスマートフォンから自由に閲覧できるシステムを構築しています。デジタルデータを学生が能動的に読み解き、目の前の課題と結びつけて実践に移していく、新しい教育の現場が整備されつつあります。
最新技術で高齢化や労働力不足の問題を解決
また5月27日には、同じ牧農場にて資源生物科学科の3年次必修科目「資源生物科学実習A」が実施されました。この日行われたのは、農業用ドローンと高性能田植機による実演です。上空から広範囲に肥料や農薬が散布でき、人力の5分の1に作業時間を削減してくれる農業用ドローンを実際に見た学生からは、先ずは「おぉー」と歓声が沸き起こり、その後、「農作業についての意識が変化した」との感想を述べていました。
高性能田植機の見学では、水田を自動旋回し、GPS・RTKによる高精度な測位によって無人にもかかわらず、まっすぐに植え付けられる自動運転の様子を目の当たりに。農業用ドローンや高性能田植機を導入することによって、農業従事者にどのようなメリットが生まれるのかを肌で感じる実習となりました。
さらに、農業の熟練者である高齢者の方々が農業を継続できる未来、就農して間もない農業従事者が効率的に農作物を育てられる未来をリアルに想像できる、貴重な機会だったと思います。
瀬田を拠点に「食」と「農」の未来を創造
学部を超えて「アグリDX人材」育成の取り組みを進めている、農学部長の大門弘幸先生と、先端理工学部長の外村佳伸先生も、今回の取り組みに大きな希望を感じておられます。
大門先生「農業分野ではすでに、トマトやイチゴをハウスで栽培する場合、カメラ画像から成熟度合いを判断し、色づいたものだけをロボット収穫することも可能になりつつあります。また,重たいものを持つのが困難なシニア世代の生産者が、収穫物や農薬のタンクを簡単に持ち上げられるパワードスーツもすでに開発途上のものとしてあります。私たちは,ここ滋賀の地において,水稲,麦類,豆類といった土地利用型作物について,データ駆動型の生産技術を開発し,低コストで環境調和型の栽培を実装したいと考えています。
滋賀県には琵琶湖がありますので、先端理工学部でも水質の研究をされていますよね。琵琶湖や周辺の河川から採取した水から、どんな生物が生息していたかがわかる環境DNA。その分野で培われた解析技術は農耕地生態系にもいかすことができると思います.
このようなアプローチを2学部のコラボで進められればと考えています.いわば,瀬田キャンパスならでの教育や研究の新たな方向性を示せればと思っています。
外村先生「実は環境DNAの分野に関しては、全国でも研究の中心的な役割を果たしている龍谷大学の生物多様性科学研究センターというところで、先端理工学部の先生が先端的な研究を進めています。自然環境って多様性の中でうまく成り立っているんです。その意味で環境DNAは農学部と関係を密にしてやっていける分野だと思います。例えば、琵琶湖につながる河川は農業に欠かせませんが、その河川の上流の方で何かあれば、中流も琵琶湖も変化する。水に絡むいろんな事象を結びつけることで、環境全体がわかってくる。これを研究者がひとりで面的に調べるのは大変ですが、多くの人に水をすくってもらい、そのデータを解析していくと全体の環境が見えてきます。この過程で個々の学部だけではわからなかったことが、協働によってわかってくると考えています」
安定した食料の供給を実現するための農学は、SDGsの目標2「飢餓をゼロに」と深く結びついていますし、自然環境と関わる農学は目標12「つくる責任つかう責任」、目標13「気候変動に具体的な対策を」などとも切り離せません。目標6「安全な水とトイレを世界中に」、目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」も、農業生産活動においても重要な視点だと言えます。
2030年には80億人を超えると言われている世界の人口。変動する気象環境下で、すべての人が安全な食を手に入れるために何をすべきなのか、そのために何を解決しなければいけないのか。「食」と「農」の現場である牧農業で、課題発掘と解決の方法を自ら見出せる人材、SDGsに貢献できる人材が少しずつ力を蓄えています。
地球規模で「食」と「農」を捉え、生命、資源、食料、経済に関する国内外の諸問題に対してアプローチできる農学は、何十億人もの命を支えている学問だと言えるでしょう。自然・社会と科学の調和を重視し、幅広い教養と専門知識・技能を身につけた技術者・研究者を育成する先端理工学部とのタッグによって、「アグリDX人材」の育成はどう進化していけるのか。カーボンニュートラル、作物の生産性向上、地域活性化などさまざまな社会課題に対して、農学はどう貢献できるのか。農学部と先端理工学部の拠点である瀬田キャンパスにおいて、今、新たな動きが始まっています。