世界のさまざまな分野で対話型リーダーが求められ、高度なコミュニケーション・スキルを持つ人材が活躍しています。心理学のコミュニケーション・スキルを活用できる仕事としては、カウンセラーなど、医療や福祉に限定されるように思われがちですが、実は人と人が接するすべての場面で生かすことができる学問です。つまり、どんな仕事にも掛け合わせることができます。龍谷大学が2023年春に開設予定の心理学部心理学科(仮称) 関係支援とコミュニケーションプログラムでの学びについて、講師の水口政人氏(就任予定)にお話を伺いました。
※心理学部(仮称)の設置計画は予定であり、内容に変更が生じる場合があります。
編集部:まずは、水口先生のご専門であるコーチングの概要をお聞かせください。
水口:コーチングが本場アメリカから日本に入ってきたのは2000年前後。その当時は、相手の持っている能力を引き出してあげるのがコーチングの本流でした。そこから20年以上が経ち、洗練されていく中でコーチングのあり方も変化しています。こちらが引き出す、という捉え方自体がおこがましいといいますか、引き出すという言葉を使った瞬間に、私は知っている人であなたは知らない人、という関係ができてしまうということです。答えを持っている人が誘導するように進行するコーチングは、なんだかテストされているようで非常に居心地が悪い。私が効果の大きいと考えるコーチングでは、導かず、とにかく話を聞き、質問をして、本人自身に気づいてもらいます。コーチングは本人が行くべきところに行くように促す、例えるなら触媒みたいな仕事とも言えるでしょうか。相手の化学反応をうながすだけで、こちらの意図はできるだけ加えないイメージです。
編集部:これまで企業やビジネスパーソンに向けたコーチングを行なってこられたそうですが、そもそもコーチングを生涯の仕事にしようと思われたきっかけを教えてください。
水口:大学を卒業して商社に就職し、20代でメキシコにある子会社の代表取締役に就任した時、どうすれば人のモチベーションを高めることができるのか悩み、試行錯誤したのです。日本から専門書を取り寄せ、人の動かし方を学び続けるうち、いつしかそれ自体=コーチングを仕事にしたいと思うようになりました。帰国してから、まずはコーチングの資格を取得。もっと深く人の心を知りたいと、35歳から大学院で臨床心理学を学びました。コーチングと心理学、両方の知見に触れて思ったのは、必要なスキルは同じなのだということ。誤解を恐れずに言うと、心理学に基づいたカウンセリングはちょっと心の疲れた方が元気を取り戻すためのもの。コーチングはビジネスパーソンが今よりさらなる高みをめざすために活用するもの。一見、異なるようですが、どちらも鍵となるのは自分を省みること。本質は同じだったのです。
編集部:自分自身と向き合い省みるというコーチングの真髄は、龍谷大学が掲げている行動哲学「自省利他」と同義だと考えてよいのでしょうか。
水口:私はまだ仏教との関係性を語れるほど、仏教に触れた経験が多くはありません。そのことを前提でお話させていただくと、龍谷大学の「自省利他」という言葉を聞いた時、我々がビジネスパーソンに向かって使う内省という言葉を思い浮かべました。内省とは、自分の心と向き合い、自分の考えや言動について省みることです。多くのビジネスパーソンたちは大変忙しく、上からの指示をこなすのが精一杯であり、内省しようと思い至ることさえ少ないと思われます。一旦立ち止まる機会を設け、考えを言葉にし、質問に答えていくことで内省が進む。その傍らに寄り添ってサポートをするのが私たちの仕事です。だとすると、師からの問いかけを通して弟子本人が気づきを得ていく、仏教の自省とかなり近いのではないかと想像しています。
編集部:目標や利益をめざすことも大事ですが、時々は立ち止まらなければ、自分を見失ってしまうと。
水口:企業であれ、学校であれ、個人であれ、みんなが目の前の目標をめざして生きているのは事実です。それぞれの社会で競争が激しくなると、みんなが利益ばかりを追い求める。意思の決定、行動の決定が、目標や利益につながるかどうかという判断軸に偏りすぎてしまう。そんな日々にもまれ続ければ、人はだんだんと疲弊してしまいます。目標に向かう過程にコーチングを介入させることで何が起こるのか。コーチングでは、「誰も間違ってないし、今の時点で、あなたがそういうふうに考えるのは当然のこと」という大前提の下で対話を進めるので、そこは安心・安全が感じられやすい場所となります。このあたりも「誰ひとり取り残さない社会をめざす」仏教SDGsの定義とつながるのではないかと思いますね。
編集部:関係支援とコミュニケーションプログラムで学んだことが、人間としてのベースリテラリーにつながると。
水口:私がいろんな依頼を受けてコーチングをしてきて気づいたことがあります。実は悩みの多くが、部下のやる気がない、上司とうまく行かないなど、人間関係に関することであり、それらは、相手が変わらない限りどうしようもない、といったあきらめモードになりやすい。そこにコーチングが入ってくると、相手が変わるのを待つのではなく、自分がどう変われば課題解決を前に進めるか、と考えられるようになる。こういう思考の流れをつくることのできる人間は、どんな分野でも必要とされると思います。
編集部:龍谷大学で心理学やコーチングを学びたいと考えている人に向けて、メッセージをいただけますか。
水口:社会に出る直前の時間って、本当に貴重だと思います。その時期に誰と会うか、どんな気づきを持てるか。数年間の経験がその後の人生に大きく影響するでしょう。今回、多くの学生の人生に関われる機会をいただき、責任と同時に大きなやりがいを感じています。私が本格的に心理学を学んだのは30代半ば。仕事経験の中でどうしても学びたくなって、キャリアを止めて学び始めたわけですけど、それは私なりのタイミングだったのでしょう。当時の私にとって心理学はとにかく新鮮で面白く、多くのことを吸収できました。
これから心理学部(仮称)に入学してくる方は、まさに今、学ぶタイミングを迎えているのだと思います。知識はもちろんのこと、社会に出てからどのように役に立つのかについて、経験者の視点から教えたい。実現できるかは未知数ですが、私がこれまでに関わってきた研修の場など、企業に実際に行って学んでもらうことができたらいいなとも思っています。心理学を学んだスキルが、社会の中でこんな風に生かせるのだと、実感してもらえる機会を創出したいですね。
□プロフィール
1974年生まれ。慶応義塾大学卒業後、商社に就職してメキシコ駐在を経験し、現地子会社で代表取締役に就任。帰国後はビジネススクールへ進学、MBA取得と同時にプロコーチ資格CPCCの認定を受ける。その後コンサルティング会社を経て35歳で心理学の大学院へ入学し、臨床心理士・公認心理師となる。現在は独立し、コーチング、カウンセリング、さらにビジネスパーソン向けセミナー講師として活躍。
2022年4月龍谷大学文学部臨床心理学科教授就任予定。
2023年4月龍谷大学心理学部心理学科(仮称)教授就任予定。
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