アカイノロシ
コーヒーを飲んだこともなかった若者が、タイの山岳少数民族「アカ族」がつくる上質なコーヒーに感動し、適正な価格で日本に流通させるビジネスに取り組んでいます。
タイ北部ドイチャン地方の少数民族「アカ族」が手掛けるコーヒー豆は、雑味のないクリーンな味わい。栽培に適した自然環境に育まれ、アカ族の「生真面目な性格と、手先の器用さ」によって、根気よく手作業で選別された高品質な豆です。しかしながら、現状は非常に低価格で買い取られており、今日明日を生きるのに必要な収入さえ得られない現地の農家さんもいます。
そのような状況に疑問を抱き、「株式会社アカイノロシ」は立ち上がりました。
モノやヒトの価値が適正に評価される社会の実現をめざすべく、挑戦への「のろし」を掲げた2人の大学生の起業ストーリーをご紹介します。
きっかけは学内ビジネスプランコンテスト
起業したのは、矢野龍平さんと三輪浩朔さん。
2人は龍谷大学在学中にゼミ活動で和歌山のとあるワイナリーをたずね、そこでタイから来ていたアカ族の技能実習生と出会います。その出会いを通して知ったアカ族の生産するコーヒーに興味を持ち、3年生の夏にタイを訪問しました。
現地で驚いたのは、山一面に植えられたコーヒーの木。この地域は王室主導で主にコーヒー栽培で生計を立てていますが、潤沢な現金収入になりにくいという課題を抱えており、幼稚園児くらいの子どもが土産品を売りにくるなど、貧しい生活が垣間見えました。
2人は、少数民族の支援とビジネスの両立をめざし、学内のビジネスプランコンテスト「プレゼン龍(ドラゴン)」に応募し、準グランプリに輝きました。周りが就職活動を始める中、2人は起業に向け活動するようになったといいます。
コーヒーの美味しさが分からない
一番大変だったのは豆の品質を見極めることでした。
アカ族の作るコーヒーは欠点豆が少なく、非常に高品質で、そのはじけるような酸味と芳醇な香りからは強い生命力を感じます。
しかし、そもそも2人はコーヒーの美味しい基準が分かりませんでした。三輪さんにいたっては、これまで一滴もコーヒーを飲んだことがなかったのです。それでも2人はタイから持ち帰った豆の良し悪しを知るために、自家焙煎の専門店を訪ね、無理を言って試飲してもらいました。
「これは日本では売れない。何も知らんくせに『やっていきます』なんて言うな」
店主から3時間にわたり厳しい言葉を浴びました。でもその中で、コーヒーに真剣に向き合うことの大切さを店主が教えてくれました。その晩は2人でお好み焼きを食べながら反省会をしましたが、味はしませんでした。
次の日も店をたずね、再び店主に怒られましたが、帰れとは言われませんでした。
そこから2カ月間、毎週のように通って、店主から産地や品種、焙煎を必死に学びました。
確信できるコーヒー豆に出会い、起業
研究し、鍛えた舌でタイを再訪。
滞在期間は1週間。初日から農園やコーヒーショップを何件も回りましたが、なかなかいい豆が見つかりませんでした。当時日本では、タイの豆は質が悪いというイメージがついていましたが、残念ながらそれは事実で、粗悪なものも多くありました。
数日後、あきらめかけていた矢先に入ったカフェ。
ようやく「これならいける」と確信できる豆に出会います。すぐにコーヒー豆のラベルにあった農園主の記載を頼りに山の中を探し回り、やっとのことで農園を見つけ出しました。
農園主は、品質改善に取り組んだ高品質の豆を手掛けていましたが、販路も限られており、品質に大きくばらつきがあるのに、どこの豆もほぼ同じ価格で取引されているという現状に課題を感じていました。両者の想いは一致し、何度かの交渉を経て契約となりました。
「よく頑張ったな」。日本の「コーヒーの師匠」も太鼓判を押しました。
4年生の秋に会社「株式会社アカイノロシ」を設立。設立後、自家焙煎店への販売をメインに始めたものの売上が伸びず、「味の説明や、この豆に出会うまでのストーリーが付加価値になる」と一般の方への直接販売に重点を置き、大阪や京都などの催事・イベントの定期出店を始めました。
「ヒト」にフォーカスした実店舗
「Laughter」がオープン
2020年10月には、京都西陣に「ヒト」にフォーカスしたクラフト感溢れる自家焙煎コーヒー専門店「Laughter」を開業。初の実店舗となりました。
Laughterとは笑顔や笑いという感情表現の意味ですが、この店が「ヒト」との繋がりと一杯のコーヒーからたくさんの笑顔が生まれるように、という想いが込められているといいます。
タイの現地に行った際、告知もしていないのに周りの農園主たちが作っているコーヒー豆を持ち寄ってきて、言葉も分からない中、皆でコーヒーを入れてともに飲んだときの、その美味しさや楽しさ、笑顔とコーヒーを通じて共有した喜びが「アカイノロシ」のアイデンティティとなっています。
店舗では淹れたてコーヒーを飲めるほか、テイクアウトや豆の販売も行っています。今後はタイ政府との連携も深めながら事業を拡大し、取り扱う商品の幅を広げる予定。
環境や社会への配慮という理由だけでなく「本当にいいものだから買おう」と思ってもらうために、品質にはいっさい妥協しません。「現地のコーヒー農園に直接出向き、直接コーヒー豆を買うことを大切にしていきたい」といいます。
豆の向こう側にある笑顔を想像して、今日も彼らはコーヒーを通して持続可能な社会を実現する取り組みを行っています。