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親子で楽しみながら睡眠を学べる「睡眠教育アプリ」の研究・開発

龍谷大学先端理工学部の高原まどか助教は、情報工学を専門分野としています。自身の睡眠障害の経験を原点に、「世界一睡眠時間が短いといわれる日本人の意識を、子どもの頃から変えていきたい」という思いから、「睡眠教育アプリ」の研究・開発に取り組んでいます。
このアプリは、保護猫を育てながら睡眠習慣を改善していくゲーム形式の内容で、親子で楽しみながら、無理なく継続できる工夫が盛り込まれています。

今回は、開発のきっかけやアプリに込めた想い、そして今後の展開についてお話を伺いました。

龍谷大学先端理工学部 高原まどか助教

アプリ開発のきっかけは自身の睡眠障害
「同じ悩みを持つ人たちを救いたい」

「私は長年、睡眠障害に苦しんできました。大学時代は自分の存在すら認められないように感じ、終わりの見えない暗闇の中で日々を過ごしていました。そんなとき、恩師から『高原さんの人生は大丈夫ですよ』というメールをいただき、自分の存在が肯定されたように感じたのです。
今度は私が、同じように悩む人たちに手を差し伸べられる存在になりたい。そう思い、睡眠をテーマに研究を始めました。

日本は『睡眠負債大国』といわれています。OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本人の平均睡眠時間は1日あたり7時間22分で、調査対象33カ国の中で最下位です。睡眠不足によって労働生産性が低下するなどの影響があり、日本における経済損失は18兆円以上にのぼるともいわれています。しかし、多くの人はこうした事実を知らないまま、『忙しいから仕方がない』と問題から目を背けてしまっています。

悩みを抱え、心身が不調になっているとき、その背景には寝不足がある場合が少なくありません。しっかり眠ることで、悩みが少し軽くなることもありますし、夜に『これしかない』と思い詰めた答えも、朝になると別の選択肢が見えてくることがあります。私は、人が生きていくためのベースは健康であり、その土台にあるのが睡眠だと考えています。仕事も趣味も前向きに楽しみ、豊かな人生を送るためには、十分な睡眠が欠かせません。

日本人の睡眠に対する意識を改善することで、誰もが生きやすい社会を実現したい。そのためには、子どもの頃からの睡眠教育が重要だと考えました。そして、子どもたちに働きかけるには、親を巻き込むことが不可欠です。直接的な睡眠改善と、社会を変えていくための長期的なアプローチ。その両方を実現するために、親子が一緒に楽しみながら取り組める『睡眠教育アプリ』の構想にたどり着きました」。

ネコを育てるゲーム形式――エビデンスに基づいた睡眠教育

開発に着手したのは2022年ごろ。まず取り組んだのは、アプリのフレームワークとモデルづくりでした。

「近年は、睡眠をサポートするサービスやアプリが数多く登場していますが、その多くはデータの収集や睡眠時間の可視化にとどまっています。データを見ても、それが良いのか悪いのかわからない、どう改善すればよいのかわからないという人も少なくありません。

睡眠教育アプリでは、睡眠を適切に判断・評価するだけでなく、睡眠改善のための知識を一人ひとりに合わせてフィードバックする機能を実装しています。また、モチベーションを維持するために、自分一人ではなく“誰かと一緒に”睡眠改善に取り組むことを重視しました」。

睡眠教育アプリは、家族全員がしっかり眠ることで、保護猫が元気に育っていく育成ゲーム形式。親子が協力して一匹の猫のお世話をしながら、睡眠について学び、良い睡眠習慣を身につけられる設計です。

「睡眠改善への取り組みは、短期間で成果が出るものではありません。だからこそ、習慣化することに大きな意味があります。ネコが元気になったところで終わってしまうのはもったいない。そのため、ネコのお世話をしたり会話を楽しんだりしながら、自然と続けられるストーリー仕立ての“エンドレスコンテンツ”にしました」。

アプリの開発には、多くの人たちが関わっています。チーム名は「Japan and Sleep,Unlimited!!!」。リーダーを務める高原先生を中心に、滋賀県立大学の服部峻准教授、北海道科学大学の荒沢孔明講師、子ども服ブランド「SAMOE」のオーナーで4人の子どもを育てる左官萌美さんが参画、そしてアドバイザーとして睡眠研究の第一人者であるスタンフォード大学睡眠研究所の西野精治教授にも協力いただき、さらに、高原ゼミに所属する学生たちも研究に参加しています。

「ユーザーの方には、睡眠について正しい知識を身につけてほしい。そのため西野先生にはアプリについてのご意見や、睡眠についての知識など専門的なアドバイスをいただいています。また、龍谷大学は大阪府茨木市と地域連携協定を締結しており、そのご縁から、2025年3月には茨木市との協力体制も整いました。茨木市には、アプリの実証実験に参加していただける小学校を探すためのサポートをお願いしています」。

アプリのイメージ画像

親子のコミュニケーションを促す工夫

もうひとつ、アプリ開発で重視したのは、親子のコミュニケーションを促す仕組みです。

「“睡眠について勉強する”というと難しそうに感じられますし、楽しくない、続かないというイメージを持たれがちです。忙しい親子にとって、コミュニケーションのツールになるような、可愛らしくて親しみやすいものを作りたいと思いました」。

プロトタイプが完成したのは2024年1月ごろ。研究協力者の方々に試験的にアプリを複数の親子に使ってもらったところ「親子のコミュニケーションが増えた」「子どもが睡眠データに興味を示していた」「子どもが自発的に睡眠について話してくれるようになった」といった声が寄せられました。

「プロトタイプは、あくまでも“たたき台”です。親子モニターのみなさんからの声を反映しながら、不要な部分を削ってシンプルにする、機能を整理・充実させる、情報セキュリティを強化するなど、理想形に近づけています。

今後は、キャラクターとの会話にAIを活用したチャット機能を搭載する予定です。たとえば、子どもがネコに『どうやったらよく眠れるの?』と質問したとき、ネコが『おうちの人に聞いてみたらどうかな』と返すような仕掛けです。知識を教えること自体は簡単ですが、あえて“答えない”ことで親子の会話が生まれますよね。また、現段階ではキャラクターにネコを採用していますが、今後はほかのキャラクターも選択できるようにしたいと考えています」。

「目指しているのは、睡眠の知識を持っていることが当たり前の世界です。誰もがより良い人生を送るための基盤として、睡眠を大切にする社会をつくりたい。社会学や哲学、心理学といった分野とも関わりながら、人の心に響く研究を続けていきます」。

2027年春、高原先生は情報学部(仮称・設置構想中)への着任を予定しています。

「引き続き、人間の健康につながり、誰かの役に立つ研究を続けていきます。学生のみなさんには、睡眠に限らず、心身の健康につながるツールやアプリづくりに取り組んでもらいたいですね。また、若い学生のみなさんが『やりたいこと』を見つけたときに、それを実行するための基礎知識や行動力、人間力を身につけられる場を提供したいと思っています」。