menu

みんなの仏教SDGsウェブマガジン ReTACTION|みんなの仏教SDGsウェブマガジン

地球環境を守るための「環境税」――市場経済と公共の利益を両立させる最適な税率とは?

私たちの暮らしと切っても切り離せない存在である税金。消費税、住民税、所得税……さまざまな税金がありますが、それぞれの税率はどのように決められているのでしょうか。
経済学部の津川修一先生は、税制の設計に関する研究を行っており、なかでも環境保全を目的とした「環境税」の最適な税率について分析を続けています。今回は、その研究の一端についてお話を伺いました。

 

龍谷大学経済学部 津川修一先生

編集部:先生のご専門である「公共経済学」について教えてください。

津川先生:経済学では、基本的に市場を通じた自由な取引が望ましいと考えられています。一方、公共経済学は、政府が経済に介入することで、社会全体にとってより良い状態を実現しようとする分野です。「経済の中で政府の役割をどのように位置づけるか」を考える学問だと言えるでしょう。

 

———先生が取り組まれている「複数の汚染物質および外部性が存在する下での環境税の分析:最適課税アプローチ」とは、具体的にどのような研究なのでしょうか?

 

津川先生:まず、「最適課税」とは何かについてご説明しましょう。政府は、国民全体の満足度を最大化する、あるいは所得格差をできる限り減らすにはどうすればよいかを考えています。その目的を達成するために設計される税制が「最適課税」です。

環境税(たとえば炭素税やガソリン税)は、環境への悪影響を抑えることを目的とした税であり、こうした最適課税の考え方が応用されています。汚染物質には、CO₂、SOₓ(硫黄酸化物、主に二酸化硫黄)、NOX(窒素化合物、主に亜酸化窒素)などさまざまな種類があり、排出の要因もガソリン、液体燃料、天然ガスなど多岐にわたります。
私の研究では、それぞれの汚染物質と排出要因の組み合わせに対して、どのように税を課すのが最も効率的かを、最適課税の枠組みを用いて分析しています。

 

———では「外部性」についても教えてください。

 

津川先生:「外部性」とは、ある経済活動が、その活動に直接関与していない第三者に影響を及ぼすことを指します。例えば、授業中に近くで私語をする学生がいると、それによって授業に集中したい他の学生が不利益を被ることがあります。これも外部性の一例です。

経済活動にも同様のことが起こります。例えば、物流のために車を使う人は、経済的な目的を達成しますが、一方で排出される排気ガスが周囲の人々に健康被害を与えることがあります。こうした負の外部性(外部不経済)に対応するために、「ピグー税」という考え方があります。これは、負の外部性をもたらす行為に税を課し、そのコストを当事者に負担させるという仕組みです。炭素税やガソリン税は、この考え方に基づいています。

———自由な経済活動の弊害を調整するために、税金が使われているということですね。

 

津川先生:その通りです。ガソリン税を例に考えてみましょう。ガソリン税(の一部)は、使い道があらかじめ定められている「目的税」で、主に道路の整備に充てられます。
車を動かすにはガソリンを購入する必要がありますが、車の走行によって、CO₂が排出され、それを吸った第三者が不利益を被る可能性があります。こうした影響への対処手段の一つとして、ガソリン税(の一部)が用いられているのです。
例えば、道路の舗装が悪いと車が余計に燃料を消費しますが、整備されていれば燃費がよくなり、CO₂の排出も減らすことができます。私はガソリン税のように、税で価格を引き上げることで経済活動の過剰を抑える効果と、影響を受ける人々へのケアの両面を踏まえた最適な税率について研究しています。

 

———税金を負担する側としては気になりますが、全体の利益を考えると、適切な税率が必要だということですね。

 

津川先生:はい。私は、基幹税である所得税の存在を前提に、そのほかの税金がどのように設計されるべきかを考えています。その際に参考にしているのが、1971年に経済学者ジェームズ・マーリーズが発表した「労働所得に対する最適課税モデル」です。
このモデルの大きな特徴は、「納税者は自分の稼ぐ能力(稼得できる賃金水準)を知っているが、政府はそれを知らない」という前提に立っていることです。人によって稼ぐ能力は異なりますが、政府はその能力を直接把握することができません。こうした状況では、能力があるにもかかわらず、課税を避けたいがために、本来より少ない労働にとどめて意図的に低所得を装うような行動が生じる可能性があります。

これを防ぐには、政府が所得以外の情報もうまく活用し、納税者の実態をできる限り正確に把握する必要があります。また、課税によって高所得者と低所得者の間にどのような公平感や納得感が生まれるかも、制度設計において重要な視点となります。
マーリーズのモデルは、こうしたさまざまな要素を踏まえたうえで、最適な課税ルールを導き出すための枠組みを提供しています。

現在私は、所得水準に関連する情報が環境にも影響を及ぼすとすれば、その情報を活用して環境税の設計に応用できるのではないか、という視点から研究を進めています。

 

———具体的には、どういったケースが考えられますか?

 

津川先生:例えば、低所得者は洪水リスクの高い地域に住んでいる傾向があり、逆に高所得者は高台などリスクの低い場所に居住していることが多いとされています。このように、所得水準と災害リスクの関係性を踏まえることで、課税や保険への投資に関する制度設計を検討することが可能になります。

仮に、リスクの低い地域に住む人ほど所得が高いことが明らかであれば、そうした人々には自助努力として保険への加入を促す制度を設けることが考えられます。つまり、リスクの高い地域に住む低所得者には支援を行い、一方で、リスクの低い地域に住む高所得者には、防災に向けた投資を積極的に行ってもらうような制度設計が望ましいということです。

保険に対する課税は一般的ではありませんが、仮にそのような制度がある場合には、税負担を軽減したり、逆に補助金を支給したりするなどの対応が考えられます。状況に応じて対応は異なりますが、少なくとも所得層によって補助のあり方を調整するという視点は、このアプローチの1つの方向性だと考えています。所得層に応じた柔軟な制度設計が求められるのです。

 

———この場合は、災害が起こった際の対応策ということですね。災害を未然に防ぐ観点もあるのでしょうか?

 

津川先生:気候変動への対応には、「緩和策」と「適応策」という2つのアプローチがあります。緩和策とは、環境税などを通じて汚染物質の排出を抑え、気候変動そのもののリスクを軽減しようとする取り組みです。一方、適応策は、気候変動によって災害が発生した場合に、その被害を最小限にとどめるための対策であり、インフラ整備や治水工事などがこれにあたります。

財政政策との関係で見ると、環境税は緩和策に対応し、汚染物質の排出を抑えることで将来のリスクを減らすための「政府の収入」となります。一方、適応策は災害への備えとして実施される「公共支出」であり、インフラ整備などに財政資金が使われます。つまり、緩和策と適応策は、それぞれ財政の「収入」と「支出」に対応しており、そのバランスを適切に取ることが重要です。

汚染物質の排出を減らすだけでも、災害への備えを強化するだけでも、気候変動の対策としては不十分です。両者を効果的に組み合わせ、相互に補完し合う形で施策を進めていくことが求められます。

 

———先生がこの分野に興味を持ったきっかけを教えてください。

 

津川先生:近年、毎年のように夏になるとどこかで豪雨災害が発生していますが、2018年の夏には、私の故郷でも豪雨災害が起こりました。その様子を目の当たりにし、「これまで自分が学んできたことを活かして、何かできることはないだろうか」と考えたことが、現在の研究に取り組むきっかけとなりました。
ピグー税のような考え方は古くからありますし、環境を守るために積極的に行動する人もいれば、そうでない人もいます。例えば、京都議定書でCO₂削減が掲げられても、すべての国がそれを守るとは限りません。こうした現実を前に、公共経済学を通じて何か解決の糸口が見つけられないかと考えるようになりました。

環境問題は、1年単位の短期的な話ではなく、5年、10年、あるいは何十年という長期的なスパンで考えるべき課題です。一度決めた方針や国際的な合意は、継続的に守っていく必要がありますが、政権交代などの影響で、突然“ちゃぶ台返し”のように方針が覆ってしまうこともあります。
そのような中でも、経済学は環境問題と非常に相性の良い学問だと考えています。

 

———「相性が良い」とは、どういうことでしょうか?

 

津川先生:経済学を通して分析することで、物事の背景や構造がよりクリアに見えてきます。環境問題についても、「なぜこうしたことが起きているのか」という背後にあるロジックを明らかにすることができます。そしてそれに基づいて「それならば、こう対応すべきだ」「だから、この税率が必要なのだ」といったように、具体的な対策や制度設計のアイデアを提示することが可能になるのです。

 

———私たちも日々支払っている税金が、何のために、何に使われているのかが明確になると、意識も変わってきますね。

 

津川先生:人は、「なぜそれをするのか」に納得できなければ、なかなか行動には移せないものです。例えば、少し手間がかかってもごみの分別をする、車の使用を控えて自転車や公共交通機関を利用する――こうした行動は、環境への負荷を軽減することにつながります。
一つひとつの行動が、環境問題や公益性、納税者間の公平感、さらには人々の幸福や人権にも関わっているのだと理解できれば、行動への納得感もきっと深まっていくのではないでしょうか。