年間10回、18冊。これは、私が以前住んでいたフィンランドの自治体ユヴァスキュラで、昨年(2024年)市民が図書館を利用した平均回数と、借りた本の数だ。フィンランドは公共図書館が充実し、「市民のリビングルーム」と言われるほど生活の中心にある。利用率はコロナ禍に下がったものの、最近はそれ以前の水準まで回復し、貸出数も増加傾向だ。図書館といえば静かに本を選び、読書や勉強をする場所といったイメージがあるかもしれないが、フィンランドの場合は地域の文化と福祉の発信地の役割も担い、多様なサービス、ユニークな取り組みが見られる。フィンランドの図書館人気の秘密を紹介したい。
身近な公共図書館
フィンランド全国には公共図書館が711か所、病院内図書館が9か所、さらにバスなどを改造した移動図書館が123台ある。首都のヘルシンキ市を例に見てみると、人口約65万人に対して38の図書館と移動図書館2台を有する。最近は周囲の自治体と広域ネットワークを築いているため、同じ図書館カードで首都圏ほぼ全ての図書館が利用可能だ。移動図書館は学校や地域の施設を周り、図書館から離れている地域の人たちにもサービスを提供している。
フィンランドの多くの自治体には本屋がない。もちろん最近はネットで購入することもでき、本はクリスマスや誕生日のプレゼントとしても人気だが、気軽に読書を楽しむのに図書館のサービスは欠かせない。また、公共図書館が充実している一方でフィンランドの学校図書館はほとんど機能していない。予算がほとんどないためで、学校図書館は授業に関連する本や教科書などがあるぐらい。その分、学校も子どもたちに公共図書館の利用を奨励し、定期的に授業の一環で図書館を訪れたりもしている。活字離れが叫ばれるのはフィンランドも同じだが、最近は児童文学や中高生向けのヤングアダルト作品の人気の高まりもあり、全国の図書館の本の貸し出し数は上昇傾向にある。2023年は2009年のレベルにまで復活したという。ちなみに、これだけ図書館の利用が多いと著者に印税が入らないのではという懸念を持つ人もいるかもしれないが、図書館で1回の貸し出しに対し、著者に約50円の補償金が支払われる制度がフィンランドにはあり、金額は多くはないが著者の権利も配慮されている。
借りられるのは本だけではない
だが、フィンランドの図書館で借りられるものは、紙の本に限らない。電子書籍、オーディオブックに加え、楽譜、CD、DVDといったものも一般的だ。さらに、楽器、工具やスポーツ道具、ゲーム、シーズンチケットといったものまで無料で借りられる。例えば首都圏の自治体ヴァンターで人気なのは、市内の屋内プール施設利用カード、電動ドリル、カーペット洗浄機だという。他の自治体ではデジタルカメラやスノーシュー、消費電力測定器、ミシン、ウクレレなども需要が高いという。施設利用カードやコンサート・スポーツのシーズンチケットは、一人が使えるのはあくまでも1回のみ。気軽に体験してもらい、後に有料会員につなげることが狙いだ。
先日引っ越しをしたフィンランドの友人も、家具の組み立てやDIYのために、図書館に問い合わせて工具を借りていたし、他の友人は仲間と楽しむためにボールやモルックなどのスポーツ道具を借りたことがあるという。急に何かが必要になった場合「とりあえず図書館に聞いてみる」というのが浸透しつつあり、昨今のサステナブルの考えにも非常にマッチしたサービスである。さらに、経済的背景に関係なく誰でも利用できるため、体験の平等にもつながる。こういった道具やチケットは自治体が予算を確保して購入している場合もあるが、寄付で譲り受けたものも多いそうだ。

ヘルシンキ中央図書館で借りられるボードゲームのセレクション
多目的な図書館
さらにフィンランドの図書館は、本や物の貸し借りや読書、勉強を楽しむだけの場所ではない。幅広い年齢の人たちが様々な活動に使える多目的な施設でもある。居心地のいいカフェ、打ち合わせや趣味の集まりに気軽に使える大小さまざまな会議室、楽器の演奏やカラオケが楽しめる防音室、動画や音声編集ができる部屋、3Dプリンターや作業部屋などがある図書館も珍しくない。図書館は静かな場所という概念を壊すように、ミニコンサートが開催される場合もある。
ユニークなサービスを提供しているところも増えていて、弁護士の無料相談、高齢者がスマホなどデジタル機器の使い方を気軽に相談できるサービス、さらに人口密度の低いラップランドでは移動図書館が薬を届けてくれるサービスもあるという。また、音読が苦手な子ども向けに一部の図書館では時にセラピードッグを配置して、子どもが犬に本を読む「読書犬」の取り組みもある。犬はじっと横で聞いてくれるので、子どもの苦手意識が薄らぐそうだ。

読書犬が子どもたちの心を落ち着かせ、音読が楽しめるようになる(写真/Finland Promotion Board)
図書館は子どもの読み聞かせ以外にも様々なイベントを開催している。作者を招いて本についてのトークイベント、10代向けに文学を紹介しながら恋や性について語りあうイベント、ハリーポッターについてファンがとことん語りあう会などもあり、対象は親子だけではなく、若者や大人向けも多い。様々なNGOやボランティア団体とも協力しているそうで、学校や職場、家以外のサードプレイスとしての図書館の様相がみられる。
利用しやすさを追求
2024年、開発が進むヘルシンキの新興住宅地カラサタマに新たな図書館ができた。ここの特徴はまず、ショッピングセンター内にあることだ。決して広くはないが、他の店舗と同じくガラス張りになっていて、中のカラフルな壁紙や家具、たくさんの本棚が目を引く。この図書館の計画には地元住民が積極的に参加し、意見が随所に反映された。

カラフルで思わず入ってみたくなるカラサタマ図書館(写真/City of Helsinki)
このように図書館が人の集まりやすい場所に開設されるのは増えている。例えば首都圏エスポー市の図書館イソオメナは、巨大なショッピングセンターの中にある。しかも図書館を中心としてタコ足状に様々な公共サービスの部屋やコーナーが設置されている。本棚の間を抜けると母子保健のクリニックや、健康保健センター、福祉相談所などがあり、まるで図書館が各サービスの待合室といった感じだ。自分の行きたいサービスの場所が見つけづらい可能性はあるが、垣根のないつくりのおかげで気軽に利用でき、待ち時間にゆっくり本を探すのも楽しい。何よりもショッピングセンターの中にあるので、買い物のついでに利用できる。
一方で、無人図書館も増えている。全国では100を超える図書館が、早朝7時や夜10時など職員がいない時間でも本が借りられるようになっている。カードとパスワードで入館でき、カメラで監視はしているが、基本的には信頼ベースで成り立っているサービスである。これも、納税者である市民のための施設として利便性を追求した結果なのだそうだ。
国民へのプレゼント
ヘルシンキ駅近くにあるヘルシンキ中央図書館Oodi(オーディ)は、2018年の開館以来、地元住民はもちろん、観光客が多く訪れる場所となっている。この図書館は、前年のフィンランド独立100周年のお祝いとして、国から国民へのプレゼントとして建てられた。建物の外観も素晴らしいが、すごいのは外だけではない。中に入るとまず、1階部分にはカフェの他、市の情報やEUの情報などを提供しているブースがあり、ロビーではチェスなどをのんびり楽しんでいる市民がいる。

Oodi1階部分。右側にチェスを楽しむ人たちがいる。
2階へとあがる螺旋階段は、現代アートにもなっていて、「新しい図書館が誰のためにあってほしいか」という質問への市民の答えが壁に書かれている。「子ども」「年金取得者」「家族」といった一般的なものから「内気な人」「よく笑う人」「怠け者」、さらには「無政府主義者」「意地悪な人」「性的マイノリティ」「右翼」「左翼」など、ユニークであらゆる人たちを表す言葉が並ぶ。
そして階段を上がると、明るく開放的なスペースにずらっと並んだ本。子どもコーナーは、床に座って本が楽しめるようになっているが、静かに本が読める秘密の小部屋のような場所もある。ベビーカーが何台も置けるスペースもあり、その横では乳幼児にベビーフードを食べさせている親子が多くいる。
別のフロアに移動すると、打ち合わせに使える小部屋がずらっと並び、ゲーム部屋や動画や音楽の編集部屋、レコーディングスタジオのほか、ものづくりが楽しめる3Dプリンターコーナー、ミシンコーナーなどもある。別の階には大きなイベントもできる映画館やホールもあるそうだ。そしてあちこちにフリースペースがあり、友人たちと座って話をしてもいいし、ひとりで好きな姿勢で読書や課題に取り組んでもいい。お茶やランチも楽しめ、テラスで外の景色を楽しむこともできる。老若男女が自分なりに楽しめるスペースがこの図書館にはつまっている。ここは観光客も自由に出入りができるので、ぜひ現地に行ったら訪れてみてほしい。

右に3Dプリンター、奥にミシンコーナーがある。

天気のいい日には外のテラスでのんびり過ごす人も多い。ヘルシンキの景色がよく見える。
国立電子書籍図書館も誕生
新たに電子書籍(E-Book)への対応も始まっている。これまでも各自治体や広域で電子書籍を借りることができたが、2024年に国立電子書籍図書館が誕生した。2025年1月現在の所蔵はまだ約5000冊(雑誌も含む)で、登録利用者数は現在15万人だが、今後利用者は50万人に増えるだろうと予想されている。また、ほとんどの自治体の公共図書館とも連携している。貸出期間は通常2週間で、それを超えるとデータが見られなくなるシステムだ。
私たちの生活が時代と共に様変わりしていく中、「市民のリビングルーム」としての図書館も利用者の声を反映しながら進化し続けている。今後、どんな変化をとげるのか、非常に楽しみだ。
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文/堀内 都喜子
長野県出身。フィンランドのユヴァスキュラ大学大学院でコミュニケーション専攻、修士号取得。現在フィンランド大使館広報部に勤務。著書『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)。『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)など。翻訳『チャーム・オブ・アイス~フィギュアスケートの魅力』(サンマーク出版)