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国内屈指の発酵県・滋賀県から発酵を活用したアスリート食を

1000メートル前後の山脈が連なり、中央に日本最大の琵琶湖を有する滋賀県。水も作物も豊富な風土を活かし、古くから独自の発酵文化が継承されてきました。琵琶湖の淡水魚であるニゴロブナを塩漬けした後、米に漬け込み発酵させる鮒寿司をはじめ、漬物、地酒や味噌など、今でも美味しく体にやさしい発酵食の文化が受け継がれています。そんな発酵県・滋賀県をキーワードに、発酵醸造学×アスリート食のプロジェクトに携わる、龍谷大学農学部微生物科学研究室の島純教授にお話を伺いました。

人と地球環境に優しい
世界的発酵ブームが到来

2024年3月1日龍谷大学事業戦略発表会での発表

島先生のご専門は、肉眼では目に見えない小さな生物を扱う応用微生物学。食品廃棄物に含まれる有機物を分解するプロセスで微生物の力を有効活用し、バイオ燃料などの有用物質を生産させるなど、微生物はカーボンニュートラルの救世主として注目されています。さらにエネルギー消費削減だけでなく、食材を長持ちさせる発酵の技術は食品ロス削減にも役立つという一面も。人間や環境に役立てる応用微生物学と、切り離すことのできない発酵の技術。日本で多様な発酵食が発達した理由はどこにあるのでしょう。

「気候が温暖で、湿度も降雨量も高い日本は、微生物の活動を利用する発酵に適しています。発酵に不可欠な微生物には、麹菌、酵母、乳酸菌などさまざまありますが、味噌や醤油などに使われる麹菌を上手に使いこなせる日本の人々は、世界的に見てもかなり稀有な存在でしょう。また味噌をひとつの例としてお話すると、九州は麦味噌、名古屋は豆味噌、東北や関東は米味噌と、それぞれの地域で収穫できる作物をお味噌に仕上げられています。つまり、それぞれの地域でその地域の特性に合わせて発酵・加工するベストな技術が存在する。先人たちの知恵が詰まった発酵食品は、他の国では見られない日本が誇るべき食文化であり技術です」

発酵大国である日本の中でも、発酵県として名高いのが滋賀県です。

「発酵県と呼ばれている大きな理由としては、淡水魚や米などの食材が豊富にあったことで、保存するために発酵の技術が進んだのだと思います。また、東京と京都を結ぶ滋賀県は、東海道と中山道が交わる立地であることから。他の地域の文化や技術が流入しやすかったということもあるかもしれませんね」

微生物といえば、昨今プロバイオティクスという言葉をよく耳にします。腸内環境を整えると、免疫力があがる、睡眠の質をあげる…普段の食事から健康管理につながる食品を摂りたい人が増えています。

「プロバイオティクスとは、適正な量を摂取した時に有用な効果をもたらす生きた微生物のことを指します。その代表格がヨーグルトなどに入っている乳酸菌やビフィズス菌でしょう。免疫力を高める、内臓脂肪を減少させる、アレルギーを緩和する、睡眠の質を上げるなど、さまざまな効果が認められています。さらに脳腸相関という言葉通り、脳が幸せなら腸も幸せ、脳と腸がお互いに影響しあっていることもわかってきています」

栄養豊富でちゃんと美味しい
高たんぱくアスリートデニッシュを開発

微生物によって免疫力を上げ、毎日ぐっすり眠って疲れをリセットすることができれば、勉学、仕事のパフォーマンスも上がりそうです。昨年は、龍谷大学経営学部スポーツサイエンスコース(スポーツマネジメント)の松永敬子先生に協力し、アスリート食の開発に携わられたとか。ただしその時ミッションは、腸内環境を整えることではなくアスリート食を美味しくし、地域の野生酵母を使用した名産品を開発すること。そして、地域創生に繋げることをめざすプロジェクトだったそうです。

「2024年3月に山梨県甲府市で開催された『YAMANASHI SDGs FORUM 2024』で、『山梨県産ぶどう野生酵母アスリートデニッシュ』試作品の試食会を実施して高評価をいただきました。松永先生と一緒にアスリート等向け食品として共同開発したたんぱく質のデニッシュには、山梨県の特産物であるぶどうからとった野生酵母を使用。私の役割は、アスリートたちの食欲が増進するような美味しいパンに不可欠な酵母の提供でした。一般的なプロテイン食品などは高たんぱくではあるものの、味わいが今ひとつのものが多いという声が多く、とにかく美味しくすることが最大の目的でした。酵母と呼ばれる微生物が炭酸ガスやアルコールを発生させて生地を膨ませ、ふっくらと美味しい高たんぱくデニッシュが完成しました。副産物として、農学部と経営学部の学生の文理融合の学びの場になったことは大きな収穫となりました。」

地域と連携してめざしたい
滋賀県独自のアスリート食

今後は、2024年度からスタートする本学プロジェクトの一環として、「滋賀県発・発酵醸造技術を活用したアスリート食の開発研究」を進めていくことが決まっています。前作で山梨県産の酵母を使用したように、滋賀県産の酵母を集めて使うことを検討中なのだそう。

「イタリアのコモ湖そばのパネトーネ、サンフランシスコのサワーブレッドのように、琵琶湖の周辺で採取した酵母を使った地域限定のパンにしたいなと考えています。鮒寿司の飯(いい)などをパンだねに使えたらおもしろいでしょうし、近江米の米粉を採用するのもいいでしょうね。少し概念的な言い方になりますが、私は、地域の農産物は地域の微生物で加工することが、よいのではないかと考えていまして。アスリート食でもそのような地域と連携したモノづくりが実現できればと思っています」

滋賀県ならではのアスリート食の次は、観客のテンションをあげてゲームを盛り上げる新たなビール開発も頭の隅にあるのだそう。

「ビール醸造に必要なのは、水、大麦、ポップ。酵母。これらすべて滋賀県産の材料で作ることは不可能ではありません。実は2022年に発売を開始した『THE LOCAL』という大津市産クラフトビールの開発に関わった経験がありまして。龍谷大学が酵母、大津市企業局が水、近江麦酒がホップを提供してビールを作り、地域の活性につながると感じました」

2025年には第79回国民スポーツ大会、第24回全国障害者スポーツ大会などで、滋賀県で開催されるスポーツ大会が目白押し。そこでオフィシャルのアスリート食として新作食品をリリースできれば、滋賀の新しい魅力を発信することや地域創生にもつながります。

「美味しく食べていただけて、かつ地域の産業を知ってもらえる。プロバイオティクスの知見も盛り込んだアスリート食も研究していきたいです。これまでのアスリート食は、たんぱく質、糖質、脂質の関係性に着目したいわば肉体を管理することが鍵でした。しかしこれからは脳腸相関の観点からも、プロバイオティクスを活用すべきではないかと。大事な試合の前はメンタルを安定させ腸内を整えることも重要なメンテナンスです。心も体も安定して試合に望めるプロバイオティクス×アスリート食にも着手したいですね」