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農作物の知的財産権の保護と攻めの活用で
「マスカットジパング」の海外ブランド化を推進

近年、アジアを中心に、海外での日本の農林水産物・食品の人気が高まり、2023年の農林水産物・食品輸出額は過去最高の1兆4,547億円となりました。「おいしい」「見た目がよい」「安心・安全」といった、メイド・イン・ジャパン品質が受け入れられ、国内では海外で高く売れる優良品種の開発が進められています。
その一方で、日本が誇る優良品種「シャインマスカット」の苗が無断で持ち出され、中国や韓国で大量に栽培されるという事態が発生しています。自国での消費だけでなく、タイなど第三国への輸出も確認され、その被害総額は年間100億円を超えると言われています。

この問題解決の鍵となる農作物の知的財産権に注目し、その権利を守るだけでなく、攻めの姿勢での世界戦略を目論むのは、経営学部の眞鍋邦大准教授。研究だけでなく、実務家として農業法人経営にも関わりながら、岡山生まれの新品種「マスカットジパング」の海外ブランド化への計画などについてお聞きしました。

品種開発に携わる農家の厳しい環境

「マスカットジパング」は、岡山県の林ぶどう研究所が10年以上の歳月をかけて開発された比較的新しい品種です。1万分の1の確立で生まれたとも言われる“奇跡のぶどう”で、2014年に品種登録されました。開発したのは、ぶどうの専業農家であり育種家(品種の育成者)でもある林ぶどう研究所の代表・林慎悟氏です。出会った当初の林さんは、品種開発に労力を注げば注ぐほど農業経営が苦しくなるという状況でした。その大きな原因は、品種開発にかかる時間・労力・費用(肥料代、水道代、資材費、施設管理費、人件費など)に対して、育成者が開発した苗木を販売する時に得る許諾料があまりに少なく、品種開発にかかったコストの回収が、かなり困難だからです。この品種開発の問題は、僕の研究領域である『食』『農』『ローカルビジネス』にも深く関わる課題です。2021年からは林ぶどう研究所の取締役に就任し、知的財産権の保護と活用に関する実務と研究を続けています。

日本における農作物の知的財産権の歴史

そもそも高度経済成長前までの日本では、農家は共同作業が基本で、種や苗は共有財産という考えが当たり前でした。その認識はいまでも残っていますし、一面の真理はあると思います。けれど時代は変わり、これだけ気候変動があり、消費者の嗜好の変化が早くなり、情報の往来が目まぐるしい現代において、品種開発はますます求められるようになっています。そのとき、開発に力を尽くした育種家が全く報われないとしたらどうでしょうか?

音楽や著作等の創造物や工業製品と同じように、努力して生み出された農作物の知的財産権の保護は不可欠ですし、国がブランド農産物を守り、育成者に収益が還元される仕組みが必要です。この問題は以前から指摘されていましたが、ようやく2020年の種苗法改正によって、新たな登録品種に関しては登録日から最長で25年間、苗木の海外持ち出しや国内の栽培地域を制限することができ、自家増殖する場合は権利者の許諾が必要となりました。

ただし、この種苗法による品種登録は海外で適用されるわけではありません。品種登録の制度は国ごとに異なり、各国で定められた品種登録の手続きをしなければ、権利を保有できません。例えば「マスカットジパング」の育成者権をグローバルに有効化するためには、それぞれの国での品種登録が必要となります。ですが林さんのような農家である育成者自身が海外で登録を行い、管理するのは物理的にも資金的にも困難です。そのため農林水産省では、育成者権管理機関という、音楽業界でのJASRAC(音楽著作権協会)のような役割を果たす組織を設けようとしています。今後はこの組織が、種子や種苗の自家増殖の監視や、海外での品種登録のサポートなどを担ってくれます。クリエイターが創造性に対する対価をもらうことは当たり前のことです。イノベーションの源泉である種や苗を生み出す、育成者の権利が守られることが、当たり前になる世の中をめざしています。

※ニュージーランドのワイナリー

ロイヤリティビジネスによって変革を

これまで、岡山発であるというブランド力を上げることや品種の流出を防ぐことを優先し、「マスカットジパング」の苗木の販売は岡山県の契約農家さんに限定していました。しかし、このままではブランドの普及に限界があります。2021年から、三井不動産発の農業ベンチャー企業であるGREENCOLLARと提携し、彼らがニュージーランドに保有する広大な農地で「マスカットジパング」を栽培するという、世界ブランド化計画を進めています。計画の概要としては、「マスカットジパング」の苗木をGREENCOLLARに販売し、ニュージーランドで育て、市場で売れたら、その売上の数パーセントを受け取る流れです。これから注目すべきは、メイド・イン・ジャパンではなく、メイド・バイ・ジャパンという日本品質。日本でまだ浸透していないロイヤリティビジネスを、いち早く海外で確立したいと考えています。

ニュージーランドは日本のような多雨ではなく、紫外線も多く降り注ぐ、世界有数のぶどうの栽培適地です。順調に育てば大きな収穫が望めるでしょう。岡山と、季節が正反対な南半球のニュージーランドで時期をずらして「マスカットジパング」を輸出できれば、様々な国で季節を問わず、青果の棚に日本クオリティの「マスカットジパング」を並べることができます。

品種のDNAとブロックチェーン技術を活用

「マスカットジパング」が高価格で売買される世界的ブランドに成長するためには、守るだけでなく攻めの価値向上も必要です。そこに向けてIT商社シティデジタルと協働で研究を重ねているのが、品種のDNAとブロックチェーン技術を活用した品種管理です。「マスカットジパング」のDNA情報、育種家情報、品種登録情報などを格納したブロックチェーンタグ(コピー不可のRFIPタグ)を商品に添付し、流通させます。そのタグをスマートフォンなどでスキャンすると情報が閲覧できて、それが本物かどうか真贋判定できるという仕組みです。この仕組みで、すべてのブランド毀損が防げるわけではないかもしれませんが、管理体制を強化することで、先手の抑止力にはきっとなります。農作物のDNA情報をブロックチェーンにする試みは、極めて新規性がありますので、現在、特許の出願手続きを進めています。

ブランド力を向上させ日本の農業を活性化

日本育ちの優良品種を保護し、その価値が向上すれば、自ずと日本の農業界が潤う方向に進むでしょう。僕が日本の農業の将来を考える時、基本的に中小零細農家の存続が重要課題だと考えています。安心して農業を続けられる社会を築きたいと思っています。農業のDX化、スマート化も大事ですが、農業の裾野をどう広げていけるかも、非常に大事なことです。

農研機構が33年もの歳月をかけて開発したシャインマスカットは、雨にも虫にも強くて作りやすく、それによって農業経営を支えられたという農家さんがたくさんいました。ただ、どこでも誰でも作れてしまうという特性によって、海外に苗が流出して無断に栽培されてしまった。それに比べて「マスカットジパング」は、美味しく育てるには高度な技術が必要な品種なので、ブランド力が下がりにくいのではと考えています。品種DNAのブロックチェーン管理を合わせて行い、育成者の知的財産権を守り、海外にも通用する独自のブランド力を作り上げる。そのような攻めの姿勢は、日本の農業の活性化につながっていくと考えています。