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SDGs EYEs:人的資本開示の動き

企業に人的資本の開示を促す動きが広がっています。人的資本とは人材を「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を指します

※経済産業省HP参照:
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html

 

金融庁は有価証券報告書(有報)を発行する大手企業4,000社に対し、2023年3月期決算以降から、有報の中で人的資本の情報開示を求める予定です。開示された情報から、企業が人材育成に積極的に投資しているかどうかがわかるようになり、就職活動中の学生のみなさんにとっては企業を選ぶ際の参考情報の一つになりそうです。

人的資本の開示項目には女性管理職比率や男性育休取得率といったダイバーシティに関するものや従業員満足度、人材育成施策、労働生産性など多様なものがあります。行き過ぎた資本主義の反省からESG(環境・社会・企業統治)投資が広がり、売上高など財務情報だけでなく、環境や人に配慮しているかといった「非財務情報」の開示も投資家が求めるようになり、人的資本も非財務情報の一つとして注目されつつあります。

人的資本の効果を図るには

日本で有名なのは、元エーザイ最高財務責任者(CFO)柳良平氏の「柳モデル」です。女性管理職比率を1割改善すると、7年後の株価純資産倍率(PBR)が2.4%向上する、と統合報告書で開示しています。どれだけ人的資本を増やすとどれだけ効果があるのかがわかりやすいです。この表現は日本経済新聞を引用しているため単純に書かれていますが、実際の開示内容はやや難解で、多くの上場企業が目下、どのように人的資本を開示すればいいのか頭を抱えています。

※日経電子版:2022年2月9日「エーザイの『人財計算式』人の価値を見える化する」参照
https://career.nikkei.com/nikkei-pickup/001925/

筆者が取材したある上場企業の人事担当者は、人的資本を定量的に開示するには二つの課題があると指摘します。一つは、「人間の成長は複数の因子で決まる」ということです。人材研修を行ったから即成長したわけではなく、人は上司の導きや取引先とのやりとりなどを通して次第に仕事の勘所をつかみ、成長していくものです。したがって「研修費を何億円投じました、その結果、これだけ生産性が向上しました」などと単純に数値で表すことが難しいものです。もう一つは、1年などと短期間での情報開示が難しいこと。

人間はスキルを定着するまでに時間がかかり、1年で身につけられる人もいれば、2、3年かかる人もいます。したがって、財務情報のように、1年でこれだけ経費をかけたからこれだけ利益・成果が出たといったように情報を出すことが難しいのです。

経営戦略から逆算する人材戦略

このため、個人的には、人的資本開示の最初の段階では「金銭価値」で表現するのではなく、人的資本に対する「スタンス」を示すことからはじまると予想します。人的資本の重要性を世に知らしめた「人材版伊藤レポート」に沿って、「経営戦略と人材戦略の連動を意識した情報発信」をはじめることが重要になります。2023年の開示が求められる有報でも、経営戦略と連動した「人材育成方針」と、働きやすい職場づくりに関する「社内環境整備方針」の策定が求められる見通しです。まずは自社の経営戦略を示し、この戦略を実現するために、わが社はこのような人材育成を行っています、と示すことになります。

筆者が最近の開示事例でわかりやすいと感じたのは、MS&ADインシュアランスグループホールディングスの「2022年版統合レポート」です。同社は2022年度から新中期4カ年計画をスタートさせており、これにあわせ、初めて統合レポートで人的資本情報を開示しました。新中計では共通価値の創造(CSV)・デジタル変革(DX)・グローバルの推進を掲げており、この計画に沿った人財戦略として、2025年度までにデジタル人財7,000人(2021年度は2,179人)、海外人財1,200人(同1,129人)まで増やすと数値目標を示しています。目標達成に向け、海外人材研修を実施したり、京都先端科学大学などと連携して「デジタル人材育成プログラム」を組んで社員に受講させたりする予定です。経営戦略があり、それに沿ってどのような人材を育成するのかがとても明確だと感じました

※MS&AD統合レポート2022
https://www.ms-ad-hd.com/ja/ir/library/disclosure/main/01/teaserItems2/0/link/MSAD2022_9.pdf

MS&ADの人事担当者に取材したところ、「これから人的資本の情報開示競争が激化する。競争に備えて今から準備しておきたい」とのことでした。こうした企業のニーズを反映し、三菱総合研究所をはじめとしたコンサルティング会社やテック系人材紹介会社による人的資本経営の情報開示支援サービスが続々と登場しています。

各社の情報開示合戦が活発化することで、投資家や学生の皆さんにもわかりやすい人的資本の情報開示が進みそうです。これにより、人的資本が社会的にますますクローズアップされ、人件費や人材育成に投資する企業が増える好循環が生まれる予感がします。

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文/松本麻木乃:専門紙記者
2004年、日刊工業新聞社入社。化学、食品業界、国際を担当、2020年から不動産・住宅・建材業界担当の傍らSDGsを取材。近著に「SDGsアクション<ターゲット実践>」(共著)。

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SDGs EYEs:広がる健康経営(2023.01.20)
SDGs EYEs:関心が高まる自然資本経営(2022.10.18)
SDGs EYEs:SDGsのその先を考える(2022.09.08)

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