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「失った心」との向き合い方とは?
コロナ禍で急増した「あいまいな喪失」

コロナ禍は私たちの生活を大きく変えました。ビジネス環境の多様化、デジタル化の加速など良い面もあれば、さまざまな負の側面ももたらしました。大切な人を亡くした方、経済的に追い込まれた方も多いでしょう。そうした完全に「失ってしまったもの=喪失」があるなか、気づかないうちに消えたもの、まだ存在しているのに失ったように感じるものも多くあります。今回は、コロナ禍で急増する「あいまいな喪失」について、短期大学部社会福祉学科の黒川雅代子教授にお話を伺いました。

「完全な喪失」と「あいまいな喪失」が存在

それまで当たり前にあった日常が大きく変わってしまう、しかし何を失ったのかがはっきりしない、そんな状況を論理的に説明し、対処方法を提示しているのが「あいまいな喪失」理論の提唱者ポーリン・ボス博士です。喪失そのものが不明瞭で、混沌としたいつ終わるとも分からない状況に名前をつけることで、対処方法を見出すことにつながるとアドバイスしています。

現在の社会状況において、「あいまいな喪失」はより身近な存在となりました。私は、そうした「喪失」のメカニズムを伝えることで、行き場のない悲しみやストレスを感じる方が、少しで救われたらと思い研究をしています。

 

まず喪失というものについて、2つにわけて考えてみましょう。1つは「完全な喪失」。死別や財産をなくす、身体の一部をなくすなどは、喪失が明確です。喪失後に、自然な反応として悲嘆反応が現れます。2つ目は、「あいまいな喪失」。喪失そのものが不明瞭な状況なので、喪失後に起こる悲嘆反応が複雑化したり、凍結したりするといわれています。

ボス博士は「あいまいな喪失」を2つのタイプに分けて説明しています。

タイプ1は、「心理的には存在しているが、身体的(物理的)には存在していない状態」。いわば、“さよならのない別れ”です。2011年に発生した東日本大震災では、津波被害によって多くの方が行方不明になりました。遺体が見つからないということは、大切な人が生きているのか亡くなっているのかという、最も大切なことが不明瞭な状況です。コロナによって、卒業式が中止され、学舎や友だち、先生に「さよなら」を言えずに卒業してしまった生徒や学生もこのタイプの「あいまいな喪失」といえます。

タイプ2は、「身体的(物理的)には存在しているが、心理的には存在していない状態」。“別れのないさよなら”です。先ほどの東日本大震災の例で言えば、原発事故後に帰還困難地域が解除され、故郷に戻れたとしてもその故郷は以前の故郷とは変わってしまったというような状況、これもあいまいな喪失と言うことができます。コロナによって、大学に来ていても、以前のキャンパス生活とは異なってしまった、これも「あいまいな喪失」だといえます。

「あいまいな喪失」に対する6つのガイドライン

理論を提唱したボス博士が、あいまいな喪失に対する支援のための6つのガイドラインを示していますので、簡単に紹介いたします。

 

1 意味を見つける 意味があるとは、出来事に論理的で一貫した理性的な理由づけを見出せること。
困っている状況に「あいまいな喪失」と名前を付け、ストレスの原因を外在化する。物事に白黒付けようと奔走するのではなく、「AでもありBでもあり」という考え方をする。
2  人生の
コントロール感を調整する
自分が望むような結果になることが難しい場合、人生のコントロール感を柔軟にすることが求められる。そのため、世の中がいつも正しく、公平でないことに気づく。解決できないことに対して自分や他者を責めない、といった対応をする。
3 アイデンティティを
再構築する
ここでのアイデンティティとは、家族やコミュニティの対人関係において、自分が何者なのか、自分の役割は何なのか、理解しているということ。
あいまいさは、アイデンティティを混乱させるため、家族の役割を再構築する、行事の際の家族の役割を見直す、などが必要。
4 別々の感情が
同時にあっても
正常なものとみなす
あいまいな喪失は、いなくなってしまった人や他の家族に対して、両価的(一つの物事に対して、逆の感情を同時に持つこと)な気持ち、感情、振る舞いを引き起こし、罪悪感を抱かせる。両価的な感情が普通に起こることだと理解する。
5 新しい愛着の形を見つける 愛着関係にある人と死別した人は、多くの場合、悲嘆反応を経て、故人との新たな関係性を築き、生活に適応していくプロセスをたどる。
しかし、喪失が不確実であれば、新たな関係性を築くことが難しい。そのため、いなくなった人や故郷との関係を持ちつつ、新しいつながりを築く方法を模索する。
6 希望を見出す 希望は、未来は良いものであるという信念。
しかし、ただ単に悩みに終わりがあると期待することではない。答えのない問いを受け止める、新たな選択肢をイメージする、思うように物事が進まなくても生きていける感覚をつかむ。

 

まずは、喪失したかどうか分からない混沌とした状況に「あいまいな喪失」と名前を付けてみます。そうすることで問題を外在化し、いま目の前の状況は、「自分が弱いから」、「自分のせい」ではなく、「あいまいな喪失」によって起きていると意味づけることができます。そのことが自己肯定感を高め、「あいまいな喪失」に向き合うための力を引き出すことにつながります。

 

コロナ禍において、もはや私たちの生活はウイルスによってコントロール不能になっています。早急な解決のために無理に白黒を付けようとせず、コロナ禍でも可能なことを創意工夫し、解決しなくても人生を進めていくことができると考えることが重要だとボス博士は指摘しています。

参考文献 :黒川雅代子・石井千賀子・中島聡美・瀬藤乃理子 編著『あいまいな喪失と家族のレジリエンス: 災害支援の新しいアプローチ』(誠信書房 2019年)
ポーリン・ボス著/中島聡美・石井千賀子 監訳『あいまいな喪失とトラウマからの回復:家族とコミュニティのレジリエンス』(誠信書房2015年)
Pauline Boss The Myth of Closure: Ambiguous Loss in a Time of Pandemic and Change(W. W. Norton & Company 2021)

若者が抱える「孤独・孤立」へ早急な支援を

震災やパンデミックなどの激しい環境変化のなか、親しい人や環境を失ってしまった人の中に残る感情のひとつが「孤独感」です。一人ぼっちで頼る人もなく孤立すると、人は閉塞感や孤独感を抱くようになります。
今、日本で孤独や孤立は、大きな社会問題となっています。2021年、日本政府が英国に次いで世界で2番目に「孤独・孤立対策担当大臣」を設置したことは記憶に新しいことでしょう。2022年4月、政府はコロナ禍以降初めて「孤独・孤立の実態調査(※1)」を行いました。その結果、「孤独感がある」と答えた人が全体の4割以上にのぼり、高齢者よりも20代・30代のほうが孤独を感じる人が多いことが分かりました。孤独のきっかけ・原因は「1人暮らし」や「家族との死別」、「心身の重大なトラブル」などが続いています。日本は核家族化が進み、家族の人数が減少し、単身世帯が増えてきています。
私は、コロナ禍において、もともと若者の存在していた孤独・孤立の問題がより顕在化したのではないかと考えています。孤独や孤立は、ひきこもりや自死、さまざまな犯罪への引き金にもなるため、社会的な支援が急務だと考えています。

※1 人々のつながりに関する基礎調査(令和3年) 調査結果
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodoku_koritsu_taisaku/zittai_tyosa/tyosakekka_gaiyo.pdf