龍谷大学・田中宮(たなかのみや)市営住宅自治会・京都市が手を組み、2019年にスタートした「3L APARTMENT プロジェクト」。伏見区竹田にある田中宮市営住宅に龍谷大学の学生が実際に暮らし、地域活動の運営やボランティアをおこなっています。今回は、プロジェクト運営協議会会長を務める政策学部 只友景士教授、自治会会長の岡田俊秋さん、入居する学生の伊藤悠希さん(政策学研究科/修士1年)、伊藤朱音さん(法学部/4年)に取り組みや変化をお話しいただきました。
※3Lは、Local:地域、Learning:学び、Life:暮らしを意味しています。
龍谷大学に通う下宿生の学生のうち、その多くが学生用マンションやアパートに住んでおり、地域コミュニティに参加する機会はなかなかないようです。学生たちに、地域の方々との交流を通してひと回り大きい龍谷人に育ってほしいと願う龍谷大学。高齢化が進んでおり、地域活動の若い担い手がほしいと願う田中宮市営住宅自治会。大学生のエネルギーを地域へつなぎたいとの「大学のまち」「学生のまち」である京都市の想い。これらの想いがひとつになり、2019年、龍谷大学・田中宮市営住宅自治会・京都市が協定を結び、「3L APARTMENT プロジェクト」が始まりました。
田中宮市営住宅は築約40年、高齢者をはじめとした単身者、ファミリー、外国籍の方など約80世帯が暮らす公営住宅です。龍谷大学へは自転車で約10分、京都市営地下鉄 竹田駅から徒歩約10分。周辺にコンビニ、スーパーマーケット、ドラッグストアがあり、学生にとって便利な立地にあります。現在、入居する学生は、現在7名です。
日々の活動やイベントで、若い力で地域を元気にしてもらいたい
「自治会を発足したのは2012年です。当時、NPOと学生ボランティア団体から地域活動に参加したいという申し出があり、ゴミ拾いなどをともに続けていました。その連携があり2015年、25年ぶりに夏祭りを復活させることができました。町内の人たちは大喜びで、地域を元気にするには交流の機会が必要だと感じました。しかし田中宮市営住宅は高齢化が進んでおり、地域活動ができないという住民が多く住んでいます。また、万が一の災害時には若い人たちの力が必要になることもあるでしょう。私は学生が住宅に住んでくれれば嬉しいなあと考えていましたが、そもそも市営住宅は事情があり住まいに困っている人が一時的に暮らすことが目的のため、一般学生は住むことができません。それでも地域を活性化させたい、そのためには若い力が必要だ、と京都市の関連窓口や伏見いきいき市民活動センターと何度も協議を重ね、龍谷大学の学生が田中宮市営住宅に住むプロジェクトが実現しました。
入居に際しては、自治会と政策学部の只友教授、伏見いきいき市民活動センターが面接選考をおこなっています。どうして田中宮市営住宅に住みたいのか、どんな活動をしたいのか、騒音を出さないなどルールは守れるかなどをお聞きし、お互いが納得した上で入居してもらっています。もちろん自治会ではほかの住民のみなさんと話し合いを重ね、了承をもらっています。そのおかげか、住民からの苦情はありません。学生の日常的なサポートは運営協議会がおこなっています。また、困ったり悩んだりした時には自治会が話を聞いています。それが難しい場合は伏見いきいき市民活動センターに相談をしにいくこともできます。
学生たちの本分は勉学です。彼ら、彼女らが安心して勉強に励み、快適に暮らせるように環境を整えるのが私たち自治会の役割です。地域活動にはできるだけ参加してほしいという思いはありますが、だからといってよそ様のお子さんを便利に使うようなことはしません。しかしながら、入居学生のみなさんには多くの行事運営に自治会の役員として関わっていただいており、本当に感謝しています。初年度からは、ソフトボール大会、藤森神社の駈馬(かけうま)神事ボランティア、小学生向けに宿題を終わらせよう&お楽しみ会、区民運動会、地蔵盆、竹田学区の区民運動会、防災訓練など、学生と地域住民がつながるさまざまな行事が開催されました。コロナ禍になり、自粛したイベントも多くありますが、学生と住民が顔を合わせて交流する様子を見ると、住んでもらってよかったなと思いますね」。
「暮らしそのものが学びになる」と入居学生
学生たちが暮らすのは、単身者用が主なスペースです。1LDK改装タイプは、和室6帖、トイレ・お風呂はセパレート。備付けの家電は、冷蔵庫、電子レンジ、一口コンロ、エアコン、洗濯機、給湯器、台所とリビングにそれぞれシーリングライトがあります。
「2020年に入居し、今年3年目を迎えます。大阪府柏原市から大学まで90分かかる中で、学業および学生生活にもっと多くの時間を割きたいと感じ、一人暮らしを検討しておりました。また、政策学部では社会課題解決などを学ぶ中で、地域課題や現場に関する関心が高まり『地域を自分の目で見て体験したい』と思いました。そんな中、田中宮市営住宅では私がやりたいことを通じて、地域にも貢献ができると感じ、親を説得して入居を決めました。
入居にあたり、会長や1期生から、『もっとも大切にしているのは“持続的な自治”』と聞きました。安心、安全な地域づくりを持続させるにはどうすればいいか学生のみんなで考え、開始したのが2020年からの朝のあいさつ運動です。住宅や近隣の小学生約20人がピロティに集まって集団登校をしており、私たち学生が朝7時45分に『おはよう、いってらっしゃい』と送り出すという取り組みです。最初は1年で終わりにするつもりでしたが、保護者やその他の住民さんたちから『毎朝ありがとうね、ほんまにうれしい』と好評だったため、今も続けています」。
「私は大阪府八尾市出身。地元のお祭りが好きで、京都の歴史的建造物も好き。田中宮市営住宅に入居できれば地域のお祭りの主催者側になれると知り、2020年から住み始めました。
自治会の役員として地域に主体的に取り組むことができるのが楽しいですね。マンションで一人暮らしをしていたら得られなかった経験です。
入居学生7名では毎月第3水曜に定例会を開催しています。花壇に何を植えようか、お世話は誰がやるのか、町内の地蔵盆で子どもたちにどんなお菓子を配ろうか、などを話し合って決めています。もちろん勉強が第一ですが、アルバイトやサークルと地域活動を調整しながらみんなで分担し、行事に関わっています。最終的な目的は、行事を開催することではなく、人と人とのつながりを作ること。そのためには、日々のあいさつ、ちょっとした会話、行事など積み重ねと継続が必要だと感じています。前の年よりもっと良いものにしよう、地域のためになることを考えようという気持ちをもち、学生みんなで頑張っています」。
毎年秋、地域では「田中宮ふれあいまつり」が行われています。2021年はコロナの影響で中止になりましたが、2020年は人数を制限し2部制にして開催されました。学生たちは、龍谷大学政策学部の学生を招いたマジックショー、低・高学年に分けたクイズショーなど学びがある楽しい企画を実施。夜はやぐらを立てて盆踊りがおこなわれました。伏見区竹田は、民謡「竹田の子守唄」発祥の地。学生たちは会長に「竹田の子守唄」の原曲と踊りを教わり、盆踊りに参加しました。
「元気な子どもたちと一緒に盛り上がったのは良い思い出です。私たちがやりたいことはたくさんありますが、『それは本当に必要とされているのか?』と、いつも学生のみんなで議論をしています。はっきり言ってしまえば、地域交流がなくても日常生活は回ります。そのため、意義があること、自治会や地域のみなさんのためになることを学生同士や自治会と話し合い、すり合わせをして実行に移しています。私にとって田中宮市営住宅での暮らしは、“課外授業”。行事の準備や開催も楽しいですが、こういうやりとりもすべて学びになっていると感じています」。(伊藤悠希さん)
新しい時代の地域社会像を体現
「プロジェクトでは、学生たちが市営住宅に住みながら大学に通い、地域のお祭りのお手伝いや市営住宅の自治会活動に参加し、地域社会での役割を果たしています。プロジェクト運営協議会会長としては、年2回の協議会で京都市住宅室、佛教大学、伏見消防署、龍谷大学、田中宮住宅自治会などさまざまな関係者との取りまとめをおこなっています。
これまでに入居してきた学生たちはみな自然体ながら、積極的に地域活動に取り組みたいという意欲にあふれていました。特別な龍大生という感じではないですが、人助けをしたりといろんな人に役立つことをしたりするんじゃないかな、そしてひょいと大きなチャレンジをしてみせそうだなと感じています。今年はプランター農園など新たな取り組みを始めたと聞き、成果報告を楽しみに待っているところです。プロジェクト開始から3年、コロナ禍で制限はあったものの、学生がいきいきと自由に活動している様子をみると、これ以上期待することはないほどの成功だと思っています。
大正〜昭和期の社会活動家/社会改良家である賀川豊彦の言葉に『未来ハ我等のものな里』があります。まさに大学生が自然体で地域に住み、地域社会を変えて行く。そんなチャレンジが、この言葉のように地域社会を変え、新しい時代の公営住宅像を紡ぎ出してくれたらと期待しています。将来的には、世界中にある同様の取組みのモデルとなり、世界各国のみんなが集う交流会を京都市で開くことができたら良いなと考えています」。