はたけのみかた
有機農業は、農薬や化学肥料を使わず、土壌づくりや生物との共生をはじめとする、自然との調和によって行う農業のこと。自然環境に配慮した持続可能な社会をつくり、食べる人の安全を守る農法として、国内でも普及が進められています。
しかし、農林水産省が2019年に発表した報告によると、有機農業を実践している農家は、全農家数のわずか0.5%(推計)。栽培が難しく、自然の影響を受けやすいうえに、労力に見合う対価が得られないなど、普及が進まない理由はたくさんあるようです。
株式会社はたけのみかたは、滋賀県産の有機野菜を使った離乳食ブランド「manma(マンマ)」の商品開発、販売を通して、有機農業を営む農家と連携し、安全な食と農業の価値向上を目指しています。
事業の運営代表をつとめるのが、武村幸奈さん。2014年、龍谷大学在学中に学生仲間4人と起業しました。三方よしの精神で、気持ちを大切にしたモノ・コト・サービスを提供する、同社の起業ストーリーをご紹介します。
起業のきっかけは、地産地消を目指す学生団体
大学生になるまで農業の世界とは無縁だったという武村さん。
大学入学当時の彼女の関心ごとは、商店街の活性化や環境保全など。自分も何か社会の役に立ちたいという思いで、さまざまな活動に関わっていました。「はたけのみかた」を設立するきっかけとなったのは、大学一年生時に立ち上げた「伏見わっしょい新党」という学生団体に所属していたことです。
奇抜な名前のこの団体のコンセプトは、龍谷大学の所在地でもある京都市伏見区を「地産地消で盛り上げたい!」というもの。その活動の一環で、武村さんは初めて農家と出会い、農業に触れました。
当時は、野菜市をしたり、農家を紹介するハンドブックを作成したり、地域の人と農家をつなぐ活動に従事していました。そうした活動をしているうちに、一つのことが分かってきたといいます。それは、化学合成農薬や、化学肥料を使わない農家の方たちの苦労でした。
農業の課題を知り、起業を志す
化学合成農薬・化学肥料をつかわない。それは、とても時間と労力がかかる挑戦です。寄ってくる虫たちを、ひとつひとつ手で取り除く。草だらけのはたけを、地道に整えていく。ひたすら、ひたすら手間がかかる作業です。
土づくりにもこだわるから、費用もかかる。だからこそ、野菜の値段も必然的に割高になってくる。天候などによる避けられないアクシデントも多い。終わりはなく、何年も何年も、挑戦を繰り返す。
武村さんは、安全・安心な野菜ができるまでに、こんなにも農家の努力が詰まっていることを初めて知ったといいます。しかし、このような農業への理解は、まだ広まっているとは言えません。
実際に農家から聞く声は、「販路がない、野菜が売れない」「形や色が整いにくく、安定供給もしづらいから市場で安く取引される」「直売所を閉めなければやっていけなくなった」「こうした農業を続けるのが、難しくなってきた」… など。
では、何故こんなに大変で苦しい農業を続けるのか?武村さんの疑問に、農家の方たちは口を揃えるように必ずこう言ったといいます。
「自分の野菜に、誇りを持っているから」
「お客様に、安全安心な、ほんものの野菜を届けたいから」
「環境を破壊しない農法で、生物多様性を、未来の地球を守りたいから」
その言葉とともに彼らが作った野菜を食べてみると、命の恵みを感じるような、野菜本来の味が口いっぱいに広がって、心が震えたといいます。
武村さんは思いました。「みんなのために、地球のために、情熱を燃やし、愛情をこめ、汗を流してがんばっている農家さんのために、私にできることはないだろうか」「消費者の知らないところで野菜が生産され、農家の知らないところで野菜が消費されていく現状を、変えることが出来ないだろうか」と。
そして彼女は、伏見わっしょい新党の方針を「消費者に野菜を届ける」活動から、「農家と消費者の想いを伝えあう」活動へシフトすると同時に、「起業」を志すようになったといいます。この時、大学二年生の春でした。
農業で、社会の課題を解決したい
それから三年間、武村さんは起業を目指して走り続けました。
何も知らない、何も成し遂げたことのない、ふつうの大学生。でも、農家の方たちがひた向きにがんばる姿をみると、「わたしもがんばろう」と、自然とやる気がこみ上げてきたといいます。
ある日、伏見わっしょい新党が開催する野菜市に子連れのお母様がお越しになり、こう言いました。
「子供に安全な食を、と悩んでいたが、野菜市でいい野菜と出会うことができた」
「農家さんと出会えて、うれしい」
この言葉を聞き、武村さんは確信しました。
「安心安全な農業は、誰かを思いやることができる」
「誰かを思いやる農業は、きっと求められるものになる」
その想いを胸に、専門家を訪ね、沢山の農家を訪ね、机に向い、行動し、ようやく見つけた答え。それは「農業で、社会の課題を解決する」というもの。農業には、食べることや生きることを支え、地球を支えるパワフルな力があります。きっとその力で、人々が抱える課題を解決することもできる。彼女はそう思いました。
2014年11月、大学生活もそろそろ終わる頃。株式会社はたけのみかたと、滋賀県の農家たちの、ちいさくとも大きな挑戦がスタート。そして、2015年9月。滋賀県産の旬の有機野菜を使った「manma四季の離乳食」を発売。会社設立から1年弱のことでした。
現在は、インターネットや百貨店、カフェなどで、月1万食を出荷する人気商品となりました。
三方よしに由来した、3つの「みかた」
会社名「はたけのみかた」には、3つの想いを込められています。
まずは文字通り、有機野菜を作るはたけ(農家)の「味方」でありたいということ。
2つめは事業を通して農業の価値観「見方」を変えたいという期待。
そして3つ目が「三方」。はたけのみかたが拠点とする滋賀県には、古くから伝わる近江商品の心得「三方(さんぽう)よし」を音読みにした「みかた」です。
「三方よし」とは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という、すべてに価値ある経営をせよという意味を持った言葉です。消費者や生産者の方々、そして滋賀県や日本全体が、農業を通じてお互いに豊かになれるような未来を目指しているといいます。
企業理念には、こう書かれています。
三方よしの精神で、気持ちを大切にしたモノ・コト・サービスを提供することにより、
消費者の課題を解決し、農業の価値を高める。社会的に意義のある持続可能なビジネスモデルを展開し「食」と「農」を通じて人々を豊かにする。
農業を通じて、消費者ひとりひとりの抱える課題を解決したい。その結果、はたけや田んぼが、みんなにとってもっと価値あるものになってほしい。
そして、農業と社会が、ともに高め合う持続的な関係になってほしい。
そんな願いが、この理念には詰まっているといいます。
武村さんは、これからの夢をこのように語ります。
「私は滋賀生まれ、滋賀育ちで、子育てもしています。この県で持続可能な農業を実現したい。顔が見えて、どんな風に作られたか知って食べる野菜は、格別においしい。そんな農業を未来の滋賀に残したいです」
武村さん率いるはたけのみかたが目指す、日本の食の安全と農業の未来への取り組みは、これからも続いていく。