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大ヒット漫画『ヤンキーと住職』著者 龍谷大学大学院博士後期課程在籍・近藤義行さんインタビュー

SNSで話題となり、2023年2月に出版された大ヒット漫画『ヤンキーと住職』(KADOKAWA)。作者の「近藤丸」はペンネームで、本名は近藤義行さん。浄土真宗本願寺派の僧侶であり、研究者であり、そして漫画家でもあります。
近藤さんは龍谷大学大学院文学研究科修士課程を修了後、私立中学・高校で教員として勤務。現在は同研究科博士後期課程に在籍し、親鸞思想の研究に取り組んでいます。
今回は、漫画『ヤンキーと住職』に込めた想い、仏教を通して伝えたいこと、そして現在の研究内容についてお聞きしました。

仏教との出合いは、月参りの住職との対話から

――寺院の生まれではない近藤さんが、仏教に興味を持たれたきっかけを教えてください。

近藤:実家は浄土真宗の門徒で、月に一度、お坊さんがお参りに来られていました。中学生のときに身近な親族を亡くし、人生のむなしさを意識するようになりましたが、そのお坊さんと語り合う時間が心の支えになっていました。高校時代には、家にあった手塚治虫の漫画『ブッダ』を読み、釈尊の生き方に衝撃を受けました。

高校卒業後は東海大学工学部で材料化学を専攻し、大学院へ進学しました。しかし、「環境問題はテクノロジーで解決できる」という考え方に違和感を覚えるようになります。環境問題を解決するには、技術だけでなく、人間の欲望や生き方そのものを問い直す必要があると感じたからです。

大学時代は図書館で仏教や哲学の本ばかり読んでいました。仏教をより深く学びたいと考え、27歳で築地本願寺にある東京仏教学院に進学し得度。その後、龍谷大学大学院文学研究科修士課程へ進学しました。
そのまま研究の道に進む選択肢もありましたが、「様々な現場を経験して、社会で生き悩む人々の声を直接聞くことも大事なんじゃないか」と自問し、私立中学・高校で仏教を教える道を選びました。

ヤンキーと住職が描く、仏教の世界

『ヤンキーと住職』著:近藤丸(KADOKAWA)

『ヤンキーと住職』は、仏教マニアのヤンキーと、自分に自信を持てない若い住職を主人公にした物語です。「SNSで『いいね』がつかない」「檀家さんから尊敬されない」と悩む住職や、「彼女がほしいのに、できない」とこぼすヤンキーの友人、そして未来に不安を抱えるヤンキーが、仏教の教えを手がかりに人生を見つめ直していくストーリーです。

――2020年春、教員を辞めて富山のご実家に戻り、漫画『ヤンキーと住職』を描き始められたそうですが、制作で気を配ったことを教えてください。

近藤:これまで先生方から教わったことを大切にし、教義を正しく伝えられる構成を心がけました。ヤンキーと住職というキャラクターは一見ユーモラスですが、物語の根底には仏教の教えがあります。その教えを受け止めた自分が、現代の物語として、いかに真っ直ぐに丁寧に表現するかを意識して描きました。決してふざけたり、笑いに走ったりするものにはしたくないと考えていました。

人付き合いが苦手な住職は、私自身をモデルにしています。友人の若い僧侶の話や、知人から聞いたお寺の苦労もエピソードとして取り入れました。また、誤解を招きかねない部分については、コラムで補足説明を加えました。

――漫画では、ヤンキーも住職も自分自身や人生について悩んでいます。仏教は、人生の悩みにどのように向き合うと説いているのでしょうか。

近藤:「どうすれば自信がつきますか」「自己肯定感が低いのですが、どうしたらいいですか」と相談されることがあります。
そんなとき私は、「あなたが求めている自信や自己肯定感は、世間で言われているものに過ぎないのかもしれませんね」とお伝えしています。自信のない自分を否定し、表面的な自信を手に入れたとしても、また同じ悩みが生まれるかもしれません。

自信がないという自分も、そのまま大切にする。その先に、自分が思い描いていたものとは異なる自信や、自分なりの在り方が見つかるかもしれません。

近藤:浄土真宗では、「悟りは自分で獲得するものではなく、仏さまの悟りの中に自分を見いだしていく」という趣旨のことが説かれています。世間の物差しで自分を測るのではなく、仏の教えの中に自分の居場所を見いだしてほしいと思います。そして、その教えを通して自分のあり方を見つめ直すことで、現実の世界の中でも、自分の居場所をあらためて見いだしていくことができるのではないかと考えています。

SNSを離れて気づいた、仏教を伝える意味

――現在は漫画の執筆やSNSでの発信をお休みされていますね。

近藤:多くの方に『ヤンキーと住職』を読んでいただき、嬉しく思っています。保護者の方からは「子どもたちが楽しく読んでいます」という声もいただきました。「ヤンキーと住職のセリフをすべて暗記した」というお子さんもいて、その影響の大きさに驚かされました。

漫画は、少ないコマで簡潔に伝えるデフォルメが命です。しかし、仏教の教えは時間をかけて理解を深めていくものです。漫画を読んで理解したつもりになることの危うさや、SNSによって情報が消費されていくことにも懸念を抱きました。そして何より、「ウケる面白い漫画を描こう」「『いいね』がほしい」と、仏教を手段として利用しようとする自分のエゴに気づいたのです。そうした思いに立ち止まることができたのは、お経の言葉や先人の教え、そして仏教と真摯に向き合う恩師たちの姿を思い起こしたからです。

そこで改めて、僧侶であり門徒でもある私にとって、漫画制作とは何かを考えました。

浄土真宗では、法話を聞く「聴聞」が大切にされています。さらに、教えの理解を確かめ合う「談合」や「座談」も重視されてきました。漫画もまた、そのような語り合いの「場」になりうるのではないかと思うのです。
これからは、漫画が談合や座談のような役割を担い、読者の方と対話できるような作品を発表していきたいと考えています。

博士課程での研究テーマは「二つの浄土」

――龍谷大学大学院博士後期課程で「二つの浄土」について研究されています。博士課程に進学したきっかけと、研究テーマについて教えてください。

近藤:多くの方に漫画を読んでいただいたことで、教えを伝える者として浄土真宗をより深く学ぶ必要があると感じました。また、教員としての経験を通して、自分は研究に向いているのではないかと思えたことも理由の一つです。

研究テーマは、「浄土には“真実の浄土”と“方便の浄土”がある」というものです。
親鸞聖人は、人間の闇を照らす光の世界として「真実の浄土」を説いています。一方で、金色に輝く世界としてビジュアル的にイメージされる浄土は、人間が求める世界であり「化身土」、すなわち「方便の浄土」と位置づけられています。

「化身土」は真実を明らかにするためのものです。歴史的には、「化身土」は「真実の浄土」よりも価値的に劣ると解釈されることもありました。しかし、親鸞聖人は「真実」だけでなく、「方便の浄土」もまた大切にしています。それは、方便の浄土もまた、仏が衆生を導くために設けた大切な手立てであり、阿弥陀如来の本願に包まれたものとして説かれているからです。

私は、先人たちによる解釈の歴史を紐解きながら、なぜ親鸞聖人が二つの浄土を説いたのかを研究しています。

研究も漫画も、「対話」から生まれる

――今後の展望を教えてください。

近藤:研究する中で、教育の大切さを強く感じるようになりました。これからも漫画を描きながら研究を続けていきたいと思っています。
研究も教育も、一方的に伝えるだけでは変化は生まれません。対話することで、はじめて学びが生まれるものだと思います。

それは、まるで『ヤンキーと住職』そのものですね。

――最後に、仏教を学ぶ方へ、そして人生に悩む方へメッセージをお願いします。

近藤:親鸞聖人の『和讃』に、次のような言葉があります。


「よしあしの文字をもしらぬひとはみな まことのこころなりけるを 善悪の字しりがおは おおそらごとのかたちなり」


「分かった」と思うことは、まことの心を失うことなのかもしれません。真宗は、自分が分かって救われるのではなく、教えの中に自分が受け止められていることを見いだしていく教えです。学べば学ぶほど、分かったつもりでいたことがわからなくなり、問いが増えていく。そのほうが、何かをわかってしまうよりも大切なのかもしれません。

人生に悩む方へ。私もまた、迷い続けています。仏教では、「今、ここにある事実を受け止めることができないからこそ、人間は苦しむ」と教えています。早くこの悩みから解放されたいと思う方もいるでしょう。しかし、そのような悩みや問題は、人間にとって大切なものでもあります。

仏の法は、悩む人々のもとにこそ働いてきたものです。仏法に限らず、宗教や文学など、過去の先人たちの智恵のことばや、悲しみを受け止めてきた言葉をたずねてほしいと思います。
そうした言葉との出会い、そして人との対話の中でこそ、自分が受け止められている場所が見えてくるのかもしれません。