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観光と信仰の中道とは?(前編)―現代の「お寺」のまなざし―


本記事は龍谷大学文学部のPBL演習の授業における取材を元に作成されました。
前編執筆者:龍谷大学文学部 東(仏教学科)、宮本(哲学科)、末宗(歴史学科)、檜山(歴史学科)


 

近年、観光の混雑は京都の社会課題として取り上げられることが散見されますが、様々な国や地域の人々が訪問する場所で、受け入れる人たちはどのような思いを持っているのでしょうか。私たちは、京都の地域的な特徴と社会との関係を考えるうえで、「観光」と「寺院」(お寺)に着目しました。

お寺は、地域社会の紐帯となるような役割を果たしてきました。また、現代においては、従来の信仰や宗教活動を継承していく点に課題を抱えています。そのため、新たな来訪者や観光客への「まなざし」もお寺によって違いがあると思います。このようなお寺と観光をめぐる複雑な状況に対して、寺院関係者がいかなる思いをもっているのかという点を取り上げます。

前編記事では、私たちが「中道」という視点をもって龍岸寺や佛光寺の関係者にインタビューした様子を紹介します。インタビューを通して、お寺が観光事業に関わる際の葛藤や、宗派の抱える様々な課題があきらかになりました。

テーマ決めについての話し合いの様子

お寺の役割から考える「中道」なあり方とは?

仏教において「中道」とは「両極端を離れることによって得られる、かたよっていない中正な道」を意味します(『仏教学辞典』(法藏館、1995年)より)。こうした視点は、お寺の大事にするそれぞれの信仰と観光の立場に耳を傾け、それらの背景をじっくりと探るうえで重要だと思います。

お寺は多方面に開かれた場所であり、訪れる人の目的は様々なことから、宗教の場と観光的な場の混在もみられるからです。

本山をはじめ主要な寺院が数多く健在する京都は、歴史や文化を学べる場所である点から観光客が訪れます。お寺は僧侶や檀家・信徒以外の人も参詣できることから、多方面に開かれた場所だといえます。また、お寺の役割は幅広く、地域での様々な役割を担っています。たとえば、恒例行事や催し物、防災拠点の場となることがありますし、地元の商業や企業とも関わりを持っています。そのため、信徒や僧侶以外の参詣に対しても、催しや儀礼への参加、文化財の公開、物販などが行われています。

では、寺院が三面六臂の活動をするなかで、どのようなかたちでバランスが保たれているのでしょうか。

龍岸寺  仏教を自分たちらしく再構築する
―現代の仏教の在り方とは?龍岸寺の挑戦と思い―

社会のグローバル化に伴い、私たちの暮らしは大きく変化してきました。遠く離れた場所に住む人が、性別も人種も言語も超えて、仮想世界やSNSで交流することも、珍しくもありません。

しかし、そんな時代だからこそ大切にしていくべき他者との触れ合い方もあるのかもしれません。今回は、仏像をドローンに乗せて飛ばす「ドローン仏」や、仏教メイドカフェ「ぴゅあらんど」等、新しい仏教の表現でSNSをはじめ話題となっている龍岸寺の住職・池口さんにお話を伺いました。

龍岸寺本堂

時代の流れに沿って変えていく仏教の伝え方

― 「本日は取材をお受けいただき、ありがとうございます。早速ですが、なぜこのような新しい仏教の表現に挑戦されているのかをお聞きしたいです。」

池口さん:「活動の始まりは、まず「仏教を自分たちらしく再構築したい」という気持ちが浮かんだことです。元々私は一般的な僧侶として生活していましたが、従来の仏教の伝え方というものに限界を感じたんです。

当時は社会全体で宗教への不安感があり、お寺や宗教への心のハードルが高く、若い僧侶はなかなか意見も発しにくい状況でした。葛藤しながら毎日を過ごしていましたが、その時ちょうどSNSが台頭し始めたんです。それをきっかけに、「これからは自分たちで発信していこう、仏教の伝え方を工夫していこう」と思い、若手僧侶たちで『フリースタイルな僧侶たち』(2009年創刊)というフリーペーパーを作りました。

その内容は僧侶へのインタビューや、仏教イベント情報の掲載、ヘルシー精進料理の紹介など、様々な話題を盛り込んだものでした。当時は若手の僧侶の意見が表に出るというのはまだ珍しく、情報発信よりも修行に集中すべきという声もありましたが、SNSの普及もあり、個人の意見の発信が尊重されるようになりました。」

― 「なるほど。一方で、フリーペーパー以降の龍岸寺での取り組みは池口さんだけではなく、他の人からの持込企画から始まったと思いますが、池口さんがそれらの意見を積極的に取り入れるのはなぜですか?」

池口さん:「それは、受け入れたほうが面白い形になることが多いからです。
例えば、龍岸寺発祥の『ドローン仏』。これは仏様を乗せて『極楽来迎』を表す神聖なものとしてドローンを使います。一方で、ドローンは戦争にも使われています。これはドローンが悪いのではないですよね。テクノロジーは使い方次第なんです。
時代の流れに沿って元々あるものの使いかたを変えていくことは、おかしなことではないと思います。『従来型の仏教×新しいテクノロジーの使い方=時代に沿って形を変えるひとつの手法』という方程式が成り立つことで、私の目指す『新しい仏教の形』に近づくのではないかと感じます。」

熱くお話を聞かせてくださる池口さん

このように、池口さんは、仏教の伝え方や伝わり方に目を向けて、現代における仏教ならではの表現方法を模索しているようです。ここでいわれる「新しい仏教の形」とは、今までの伝統と、新しい価値観のどちらも否定するものではないと理解しました。

新たな儀式の形と変わらない地域との結びつき

ー「では、様々な「仏教を作り直す」挑戦の中で、何か変化や反響はありましたか?」

池口さん:「コロナ禍明けで観光客は増えました。海外からの来訪者も増えましたが、その人たちは私たちの新しい取り組みを柔軟に受け入れてくれます。「お寺でこんなことしていいのか」ではなく、「仏教はテクノロジーをどう利用していくのか」といったようにです。また、檀家さんや日本の観光客の方々も同様に、新しい挑戦を歓迎してくれています。

例えば、龍岸寺には「仏像ガチャ」という、仏像が出てくるカプセルトイがあります。ある日、それを体験された方が出てきた仏様を手にした瞬間涙が止まらなくなったことがありました。小さな仏像が心の救いになったんです。

仏像ガチャ

ほかにも、お葬式の際にドローン仏を飛ばしたら、参列した皆さんが「故人さんは旅立たれたんだ」と納得できた、ということもありました。故人さんは90歳を超えて、いわゆる「大往生」された方でした。長い人生を終えられて、最後の式にドローン仏が飛んだことで、「極楽からのお迎えが来られたんだ、よかった」と捉えることで安堵されたそうです。もちろん悲しみはあるけれど、悲しみだけで終わらないお葬式ができたとき、この活動を続けてよかったと感じました。

ただ、昔よりは檀家さん(信徒さん)との付き合いは希薄になりました。超高齢化社会になり、住民も減り周囲は民泊やホテルになり、お寺の在り方も〈本山→末寺〉という強いつながりが時代とともに変化してきている面もあります。

龍岸寺ではたくさんのイベントも行いますが、同時に地域の方々の声にも寄り添い、敷地内で移動型スーパーの受け入れなど、日常の中でコミュニティの役割を果たしています。末寺の一つ一つが自分の寺院の魅力を情報発信することも重要になってきていますが、同時に本来のお寺の形として地域に密着することも重要です。」

以上のように、故人の追悼など、お寺は「特別な時に来る場所」というイメージが強いです。そういう場面では、「ドローン仏」という新たな儀式のかたちが、想像以上に参列者に受け入れられることもあると知りました。

一方、龍岸寺さんは、日常的な地域との結びつきも大事にしています。本山とは異なる「末寺」(一般寺院)の龍岸寺さんだからこそ、「地域の宗教インフラ」として頼られる存在を目指していらっしゃいました。

池口さんの大切にされていることとは…

使いやすいお寺を目指していく

― 「では最後に、池口さんが活動する中で大切にされていること、活動の軸をお聞きしたいです。」

池口さん:「最近は通信技術の進化により、対面せずともコミュニケーションをとることが可能になりました。ただ、コロナ禍を経てオンラインでのやり取りが普及した今、私は「ヴァーチャルの世界ではなく、実在の世界において」というのを大切にしていくべきではないかと感じています。

VRの様な体験ができる今だからこそ、目の前でドローンが飛ぶことが印象深い体験になります。色々なイベントを行うけど、ただの場所貸しではなく、「仏教ってなんだろう」と考えるきっかけにしてもらったり…使いやすいお寺にしていくことを目指しています。

それが結果的に仏教の教えを広めることにもなるので、その一環として、ホームページで「法然上人の幸福論」という連載を書いていて、自分自身がどのように仏教や浄土宗を受け止めているのかを綴っています。」

SNSを活用するなかで、そしてコロナ禍を経て、人と人との繋がりの大切さを改めて感じられたということでした。

取材を通して学んだこと―自ら向き合う伝道の手法―

「仏教を自分たちらしく作り直したい」という思いから様々な活動をされている龍岸寺さん。新しい技術や価値観を積極的に取り入れながら、地域の方も観光客の方も大切にして日々仏教を広める活動に尽力されていました。

SNSやテクノロジーの発展によって私たちを取り巻く社会のあり方は変化しましたが、お寺や宗教の「人の心に寄り添う」という本質は今も昔も変わりません。

リアル(現実)な人間関係を大事にしながら、ツールとしてバーチャル(仮想)なものにも価値を見出すあり方は、現代だからこそ必要なことかもしれません。龍岸寺住職・池口さんの目指す「中道」とは、新しい仏教の形を目指すことで関わるどのようなものも初めから否定することなく、その本質を見極めていく「中正」なものであると感じます。

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もっと詳しく龍岸寺を知りたくなった方はこちらから!
龍岸寺ホームページ(https://ryuganji.jp/

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佛光寺 〝開き〟と〝守り〟の狭間で―

真宗佛光寺派の本山・佛光寺は、京都市を南北に通る高倉通に面しています。東西の通りは、寺名を冠した「佛光寺通」と呼ばれており、安土桃山時代に移転してきたこの寺院が、地域の人びとと一緒に歴史を紡いできたことを想像させます。では、現在も街なかに伽藍を構える佛光寺は、どのようなお寺のあり方を目指しているのでしょうか。

そこで注目してみたいのが、境内の施設活用についてです。佛光寺には、長岡賢明氏(京都造形芸術大学教授)がプロデュースしている「D&DEPARTMENT KYOTO」というセレクトショップ(コミュニティショップ)があります。ここでは、雑貨の販売とともに、地域の素材・職人・工芸・伝統の技術に根ざした生活文化の再発見を目指しているそうです。

このようなショップやカフェを境内に設置する理由は何か、また、佛光寺が来訪者とどういった関係を築こうとしているのかなどについて、庶務・財務部副部長の澁谷晃さんに話を伺いました。

D&DEPARTMENT KYOTOが運営するカフェ「d食堂」

d食堂のランチ、ヘルシーで素朴ながらもお出しの味が引き立ちます

D&DEPARTMENT KYOTOショップ

お寺とコミュニティショップ―適度な距離感―

― 「まず、私が驚いたのは、佛光寺の境内に、セレクトショップがあるという点です。これはどういった経緯なのでしょうか?」

澁谷さん:「よく誤解されるのですが、D&DEPARTMENT(D&D)さんは佛光寺が運営しているわけではありません。佛光寺の境内にこのショップが設けられた背景にはまず、京都芸術大学(旧京都造形芸術大学)の教育と地域を結びつける構想がありました。その拠点として佛光寺の境内が候補のひとつとなり、佛光寺は「場」を提供する形で関わることになったわけです。ただ、この試みに対しては内外における多くの話し合いと手続きが必要でした。

また、寺とショップ側では、別の運営母体がいることで、当初はお互いに細かい点を相談しながら進めていましたが、現在は互いの領域を尊重するために、必要以上に干渉しないという形になりました。」

― 「境内にショップやカフェがあることで、参拝者は増えましたか?」

澁谷さん:「爆発的に増えた、というわけではありませんね。 むしろ、D&Dさんのおかげで 宗教施設の中にカフェがあるということが広まり、今まで寺と縁のなかった人が訪れる〝入口〟のような役割になっていると感じています。」

― 「佛光寺から見たコミュニティショップの存在意義とは何ですか?」

澁谷さん:「距離が近いようで、じつは適度な距離がある関係だと思っています。お互いの〝視座〟が違うので、伝わり方も違う。だからこそ、口を出し過ぎないことが大切なんです。コミュニティショップが境内に入ったことで、 何かお寺の格式を上げようと気負う必要もありませんし、私たちは 節度を保ちながら、静かにお寺らしさを守る。 そのうえで、新しい出会いが生まれるのなら嬉しいですね。」

澁谷さんのお話によると、佛光寺の境内にショップを設けることについては、慎重な意見や反対の声も存在していたようです。そこには、寺院は本来どうあるべきかという真剣なまなざしや、地域の景観や宗教性を守りたいという考えがありました。

他方で、それを受け入れた結果、若い世代を含むさまざまな人々が佛光寺を訪れる契機となりました。ショップやカフェの新設は、伝統を尊重しつつ、外のコミュニティとの関わり方を模索する佛光寺の姿勢が表れた事例だと思います。

「静か」な空間であることの大切さ

― 「次に、来訪者や利用者への対応に関してお話をお聞きしたいです。他の有名寺院と比べて、まちなかに位置する佛光寺に訪れる外国人観光客は多いですか?」

澁谷さん:「いいえ。周辺の有名寺院と比べ、佛光寺は外国人観光客が比較的少ないです。全体的には他の有名寺院ほどは増えていません。その分、騒音や混雑の問題は少なくて済んでいます。

また、境内のイチョウの木を見て「珍しい」と写真を撮る外国人も多く、普段からその場所にいる佛光寺の関係者にとって〝日常の風景〟であっても、初めて訪れた観光客、特に外国人観光客にとっては、銀杏と本堂の風景が〝特別な景色〟になるという面白さもあります。」

佛光寺境内の銀杏の木(写真提供「京都フリー写真」: https://photo53.com/)

― 「観光客の関心によって気づかされることがあるというお話は興味深いです。では、佛光寺さんが、境内の活用方法に関する意思決定で大切にしていることは何ですか?」

澁谷さん:「佛光寺が境内活用において最も重視しているのは、〝門徒さんとのつながり〟です。何かを始めるときは、門徒(信徒)の方々の意見にも配慮しながら、慎重に決めています。特に大きなイベントを催す際など、大きく舵を切るときは内部からの声も強くなります。」

― 「本山であるがゆえに、新しいことへ踏み出しにくいということですか?」

澁谷さん:「はい。一般寺院であればチャレンジもできるのですが、本山は〝宗派全体の顔〟としての役割もあります。だからこそ、節度を持ちつつ開かれた姿勢を維持するのが難しいところです。」

中庭に目を向けつつ、お話しを聞かせてくださる澁谷さん

若者に伝える難しさと、“普通”の再発見

― 「佛光寺さんは境内に交流の場を設けているように、地域密着型のお寺という印象がありますが、イベントには慎重だと伺いました。」

澁谷さん :「以前、大人の鬼ごっこを境内で催したいという話もありましたが、ここは公園ではありません、とお断りしました。もちろん、お寺の雰囲気を壊さない催事なら歓迎しますが、私たちは本山の施設を守る立場があり、簡単に新しい試みを次々導入できるわけではありません。」

― 「佛光寺の合唱団が堂内で歌われたこともあるそうです。本堂は寺院の中心だと思いますが、合唱は何か特別なのでしょうか?」

澁谷さん :「教えに沿うような宗教活動であれば問題ありません。ただ、全く関係のない団体がお堂で歌いたいという場合には、宗教施設としての線引きは必要であることをお伝えしています。」

― 「若い世代へのアプローチはどうされていますか?」

澁谷さん:「正直、とても難しい問題です。高校生向けの企画を一度行ったのですが、学校側のカリキュラムや行事予定の関係で、継続はできませんでした。また、世襲制が定着しているからこそ、寺院で生まれ育った若い僧侶も多いのですが、副業を持つ僧侶も増えています。社会との関わり方が多様になっている証拠でしょうね。」

― 「その点に関連して、佛光寺さんが仏教を社会に広めていくことで意識されていることをお伺いしたいです。やはり最近ですとSNSなどでの発信も大事になるのでしょうか?」

澁谷さん:「10年ほど前、佛光寺の掲示板に毎月出している「八行法語」が、SNSをきっかけにメディアなどで注目されたことがありました。法語をまとめて『晴れてよし、降ってよし、今を生きる』(学研パブリッシング、2015年)が刊行されましたが、こちらからすれば、それまで40年以上も続けてきたものですから、〝普通のこと〟という感覚でした。

SNSなどである意味で外から見てらっしゃる方が、今まで当たり前にはあったものにたいして、〝見方を変えたら新しい価値〟みたいなものに気づいてくださったんだと思います。

ですので、普通だと思うようなことでも、続けていくことに意味はあると思います。先ほどのイチョウの話でもそうでしたが、新たな価値として誰かに気づかれる可能性が、実は当たり前だと思っているお寺のかたちにも残されていると感じます。」

取材を通して学んだこと―外からみる内へのまなざし―

佛光寺が最も重視しているのは、門徒さんとのつながりです。新たな取り組みを始める場合には協議を重ね、多数の意見を踏まえて判断がくだされています。イベントについても同様で、さまざまな提案が寄せられる一方で、宗教施設である本堂や境内の使い方が慎重に検討されているのです。このように、佛光寺は、外側に「開くこと」と内側を「守ること」の間に身を置きつつ、その活用方法を模索していることが理解できました。

境内のショップとの共存も、派手な連携ではなく、適度な距離感で成り立っていることがうかがえました。つまり、来訪者は増加したけれども、単純に来訪者を増やすことが目的ではなく、本山として静寂な空間を維持する役目もあるということです。それは、来訪者の感性に気を配る佛光寺の姿勢によるものだと感じます。

〝開き〟と〝守り〟のバランスをどう取るか──外側に目を向けながら、積み上げてきたものに新たな意味を見いだすこの姿勢は、「中道」の立場を考えるヒントにもなると思います。

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もっと詳しく佛光寺を知りたくなった方はこちらから!
佛光寺ホームページ(https://bukkoji.or.jp/

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→観光と信仰の中道とは?―現代の「お寺」のまなざし―(後編)へ続く