2025年2月10日、龍谷大学は台湾農業部林業及自然保育署及新竹分署、里山賽夏(以下、サイシャット族)、龍谷の森における友好森林関係の覚書を締結しました。この取り組みは、2024年3月に国内の大学で初めて発出した「龍谷大学 ネイチャーポジティブ宣言」の内容の具現化の一つです。ネイチャーポジティブとは、2030年までに生物多様性の損失を止め、回復を軌道にのせる世界目標。これまでも「自省利他」の行動哲学を掲げ「仏教SDGs」を推進しネイチャーポジティブに資する活動を行ってきた龍谷大学の宣言は、友好森林関係という新たな循環へとつながっています。
人の営みで自然を維持する
里山が自然共生社会のお手本に
龍谷大学は2001年から、人が自然と共に暮らしてきた里山をモデルに「龍谷の森」の保全と利活用を推進。自然共生型の持続可能な社会についての研究を進めてきました。さらに2010年、愛知県で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で「SATOYAMA イニシアティブ」が承認されたこともあり、人間の営みにより維持されてきた二次的自然地域の保全に世界の注目が集まりました。「SATOYAMA イニシアティブ」では、日本が長い時間をかけて確立してきた手法に加えて、世界各地に存在する持続可能な自然資源の利用形態や社会システムを収集・分析。それぞれの環境に応じた自然資源の持続可能な管理・利用のための共通理念を構築し、世界各地の自然共生社会の実現に活かしていく取組を推進しています。
台湾の政府は「SATOYAMA イニシアティブ」の考え方を取り入れ自然共生社会の実現を目指しており、今回、覚書を締結した台湾の原生林・苗栗縣南庄蓬萊部落は、環境に優しい方法で山林を保護し、生態系の持続可能性と農村発展政策を同時に進めています。また、2018年からは農業部林業及自然保育署とパートナーシップを結び、2023年にはその実績が認められ「SATOYAMA イニシアティブ国際パートナーシップ」にも登録されるなど、里山での持続可能な循環経済に取り組んでいます。
今回の覚書締結式が行われたのは、台湾の先住民族・サイシャット族が暮らし、農業部林業及自然保育署と共同で管理している原生林です。台湾を教育研究フィールドの1つとしている龍谷大学政策学部の金紅美准教授が調整役となり、現地での覚書締結式が実現。農業部林業及自然保育署の林華慶署長、 サイシャット族の根誌優長老、龍谷大学の入澤崇学長(当時)といった関係者に加え、台湾のメディアも多数集まりました。
覚書締結につながった直接的な契機は、2021年に発足した「日台大学地方連携及び社会実践連盟」にあります。実は台湾では、少子高齢化や地域格差の拡大といった日本と共通の社会問題を抱えており、地域の活性化に向けて大学が積極的に参加することへのニーズが高まっていました。共通する課題を解決するため、日本国内4大学と台湾6大学が、国や地域を越え、学術交流、教育連携、産業振興に向けた新たなプラットフォームが動きだしたのです。
緑深い台湾の原生林で行われた
友好森林関係締結のセレモニー

農業部林業及自然保育署の林華慶署長
締結式に出席した林署長は、連盟発足よりもかなり前から「龍谷の森」に興味を抱き、2012年に見学にいらしていました。「龍谷の森」が続けてきた自然共生型の地域連携、大学と地域社会の共同管理の取り組みに、大きな感銘を受け、台湾の森林施策の参考にされたそうです。
日本の里山の多くは民有林ですが、台湾の里山はそのほとんどが国有林。そしてその国有林の9割は、台湾の十数の先住民族が暮らしている土地です。日本の里山と台湾の里山とには違いがあるけれど、共有できる知恵があったそうです。
「何千年もの間、先住民族たちは動物、植物、さらには鉱物に至るまで、あらゆる森林資源を利用してきました。 しかし、過去50~60年の間に、政府が制定した自然資源管理に関する法律によって、先住民族の自然資源利用は厳しく制限されるようになりました。その結果、林業及自然保育署と先住民族との間で緊張関係が生じ、衝突が起こることもありました。 そこで政府は2017年から、先住民族にも管理に参加してもらうことを推進したいと考えました。
その背景には、先住民族が何千年もの間、豊かな自然資源を守りながら生活してきたこと、そして彼らの伝統的な生活と文化において、持続可能性は重要な価値観だということがあります。自然資源の管理機関である林業及自然保育署の政策の中心的な価値観も、持続可能性です。つまり、自然資源の利用方法に関する見解の違いから対立するのではなく、共通の理念に基づいて協力すべきだと考えたのです」(林署長)
民有林に地域の方々が入って手入れを継続し、持続性を保っている日本の里山のように、台湾の国有林もそこに暮らす先住民族とパートナーシップを結ぶことで、森の資源を有効活用でき、先住民族の暮らしぶりも向上するという良い関係が育まれていきました。

サイシャット族の根誌優長老
「林署長がある講演でおっしゃった2つの言葉を聞いて、私は彼と協力したいと思いました。1つ目の言葉は『貧困をなくすこと』。貧困は多くの問題を引き起こします。それは私の部落でも同じです。公の場で役人から、山村の部落と協力し貧困をなくすことを優先したいという発言を聞いたことがありませんでしたので、林署長の言葉に私は感動しました。そして2つ目の言葉は『里山イニシアティブによって林下経済を推進すること』でした。山林を活性化させようとしていることに、私は引きつけられました。林下経済は、祖父が小さい頃私に教えてくれたサイシャット族の教えと同じです。森林を破壊せず、生態系の持続可能性を達成できる限り、緑の経済を発展させ、富を発展させることができると思っています」(根長老)
実際、政府とサイシャット族がパートナーシップ協定を締結したことで、彼らの生活は大きく改善されました。森林養蜂、椎茸栽培、南庄みかん栽培、倒木や植物を利用した特徴的な小盆栽作りなどを行っています。また、森林エコツアーや森林セラピーも導入するなど新たな事業も立ち上がり、締結前、集落の住民の平均月収は4,000台湾ドルに満たない状況でしたが、現在の平均月収は15,000台湾ドルに達し、以前の3倍以上になっているそうです。
生産に対して直接補助金を支給するのではなく、生産過程における障壁やハードルを下げるために、政府が適切な支援を行っていく、これが林下経済を推進する際の基本的な考え方です。台湾の政府は学界や産業界と連携し、現代の技術を用いて、成分分析や製品開発、商品の包装やマーケティングなどで支援しています。先住民族の方の伝統の知見、これまでのやり方を尊重しながら、そこに国からの新しい科学的な知見や技術などを組み合わせ、連携しながら新しい森林活動が進んでいます。
先祖からの知恵と文化が詰まった
双方の里山が森林教育の拠点に
覚書には、龍谷大学、台湾農業部林業及自然保育署及新竹分署、サイシャット族、双方が有する里山を森林教育の拠点とし、3者の連携による教育研究や国際交流等を促進。その成果や里山精神を社会に向けて発信し、ネイチャーポジティブ宣言で掲げた自然共生社会の実現へ寄与することを目的とすることが記されています。
また2024年に開催された気候変動枠組条約第16回締約国会議(COP16)でも、先住民と地域社会を包括的な枠組みに取り組む大きな前進がありました。祖先から受け継がれた土地との深いつながりや豊かな文化・知識を生物多様性保全の中心的な存在としていく、そんな流れが世界中に浸透しつつあります。
ネイチャーポジティブ宣言を出している龍谷大学としては、3者の協定を結んだことで先導的に対応する環境が整いつつあります。龍谷エクステンションセンターおよびユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターでは、今回の式典の映像に加えて、サイシャット族の里山保全の知恵をVR映像で記録し、講義等で利用可能な教育コンテンツを作成しています。先住民族の知恵をネイチャーポジティブにどういかすのか、台湾の方々と一緒に何ができるのか、持続可能な未来に向かって考えて続けていきます。