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未来のタンパク質とは?危機を救うかもしれないフィンランドのフードテック

数年前、一念発起してダイエットをした際に運動習慣とともに見直したのが食習慣だった。炭水化物を減らし、タンパク質(プロテイン)を取るように指導されたが、食から必要分をとるのは意外に大変で、嫌いだったプロテイン飲料や栄養バーもとるようにもなった。私と同じようにタンパク質に注目している人は多いだろう。だが、タンパク質が将来、世界的に不足する可能性があるという。そんな危機に対応すべくフィンランドには様々なスタートアップが誕生している。

タンパク質危機がやってくる

肉に魚、大豆製品が溢れる飽食の日本に生きている私たちにとって、将来タンパク質が不足するかもしれないとは、にわかに信じがたい話に聞こえる。しかし、タンパク質の需要と供給のバランスが崩れる「タンパク質危機」は、架空の話ではない。世界的には早ければ2025年から2030年に始まる可能性が様々な研究で指摘されている。その理由は、まず新興国の経済成長に伴い、タンパク質を消費する傾向が出てきたことだ。日本の歴史を見ても明らかだが、経済的に豊かになると以前は栄養の多くを炭水化物に頼っていた人たちも、肉や魚、乳製品などを摂取する食生活に変化する。また、人口も地球規模では増加傾向にある。一方で、人口増加や気候変動は畜産にも影響し、将来的には畜産が追いつかない状況にもなりうるという。さらに、畜産自体も今のままでは環境負荷が高く、それが気候変動につながり、タンパク源の確保をより困難にするという負のスパイラルがある。そこで、タンパク質の需要拡大に対応するため、新たなタンパク源の確立や、環境負荷が低い持続可能な方法でのタンパク質の安定供給が求められている。

拡大する肉や牛乳の代替品

まず、ここ10年ほどで飛躍的に需要が伸びたのが、肉や牛乳の代替品だ。大豆ミート、プラントベースミート、アーモンドミルクやオーツミルクなどがある。フィンランドはもともと肉や加工肉ソーセージなどの消費が高かったが、最近は若い人たちを中心に環境負荷への懸念や健康意識の高まりから、ベジタリアンになる人も珍しくない。たとえベジタリアンまでいかなくとも、肉を食べる機会を減らしつつも、状況によっては肉を食すフレキシタリアンという人たちは多い。一方で、健康のためにも重要な栄養素であるタンパク質は摂取したい。そういった需要に応えるように誕生したのが大豆ミートなどの代替品で、今では多くのレストランやファーストフード店などでも日常的に提供されるほど、身近な存在になっている。さらに、一人当たりのコーヒー消費量が世界トップクラスのフィンランドで、コーヒーに入れるミルクといえばかつては通常の牛乳かクリームだったが、今はカフェでも自宅でもオーツミルクを使う人が多い。

フィンランドのスーパーに並ぶオーツ、アーモンド、ライスのミルク

植物性タンパク質市場は成長が続く

世界的にみても、植物肉市場は、各種調査機関等によると、今後も年平均成長率15~25%で成長を続け、2030年の市場規模は150~300億米ドルと予想されている。フィンランド天然資源研究所 (Luke) が2024年9月に発表した調査結果 によると、フィンランド人は2023年に2 億 3,300 万キログラムのタンパク質を消費。このうち 38% が植物性タンパク質、62% が動物性タンパク質だった。Lukeの研究チームは、うまくいけばフィンランドは 2040 年までに国内の植物性タンパク質の生産量をフィンランド人の推定年間タンパク質需要を満たすレベルまで増やすことができると計算している。

それを可能にするには、エンドウ豆、ソラマメ、菜種、キャノーラなどの国内のタンパク質が豊富な作物の生産量を増やし、プロセス技術、製品開発、商業化への多額の投資が必要とされる。さらには新しいアイデアとイノベーションで新タイプの植物性製品を生み出すスタートアップも必要だと言われている。

注目された昆虫食

ところで、新たなタンパク源としてフィンランドで何年か前に話題になったのが昆虫食だ。2018年から「新規食品(ノベルフード)」に関するEU規則が施行され、昆虫も新規食品として規定された。フィンランド食品安全局(EVIRA)もヨーロッパイエコオロギ、トノサマバッタなど養殖された昆虫を食用として製造・販売することを認めたことで、昆虫養殖のスタートアップが盛んとなった。フィンランドの食品大手がコオロギの粉末を練りこんだパンを販売したり、昆虫食を提供するレストランなども誕生したりした。それに刺激を受けて、日本でも無印がコオロギパウダー入りのせんべいを販売した。しかし、現在、フィンランドで昆虫食はかなり下火になっていて、製品をスーパーで見かけることもない。もともとフィンランドには昆虫食の文化がなく、最初は物珍しさから購入していた消費者も、他の選択肢があるなか、あえて選ぶことはなくなったようだ。

空気から作られるタンパク質

そんな中、最近フィンランド発のスタートアップとして勢いがあるのが、環境に負荷をかけない形で作られた新たなタンパク質だ。特に世界的に注目されているのはソーラーフーズ(Solar Foods)の空気から作られるタンパク質「ソレイン」。厳密には二酸化炭素、電気、微生物(水素細菌)から作られるタンパク質で、微生物に水素、二酸化炭素、ミネラルを与えることで、微生物が成長し、体内に蓄積された有機物質をタンパク質としている。環境負荷が低く、持続可能なタンパク質だ。実際、工場を見学したことがあるが、原料が見当たらず機械が並んでいるだけで、食品生産しているとは思えない様子になんとも不思議な感覚に陥った。

生産工程について語るソーラーフーズ創業者でCEOのパシ・ヴァイニッカ氏

ソレインは黄色い粉状で(冒頭写真)、味見をしても、それ自体の味はしない。水で溶いたものを飲んでみると、ほんのりマッシュルームスープの風味がある。この社屋には試食用のキッチンがあり、シェフがソレインを使用した食事を提供してくれる。ソレインは乳製品の代わりに使用が期待されていて、この日はソレインを使ったパンに塗るスプレッドや、リゾット、アイスクリームを味わった。スプレッドもリゾットも全くミルクやチーズを使っていなかったが、こくがあり、何の違和感もなかった。アイスクリームは、色の関係なのか少しきなこアイスの風味もあり、これもおいしく食べることができた。

このソレインは現在シンガポールで販売許可がおりており、味の素などの食品会社の協力を得て月餅やアイスに使用されている。アメリカでも最近認可がおりたということで、今後さらなる拡大が期待されている。

ソレインを使ったリゾット。味に全く違和感はない。

再び脚光を浴びた50年前の技術

さらに、フィンランドにはエニファー(Enifer)というスタートアップも生まれている。食品・飼料用の代替タンパク質源としてマイコプロテインを開発している。マイコプロテインとは菌類を原料として発酵によって得られる食用の菌糸体だ。この会社のマイコプロテイン3000トンは、牛3万頭の肉タンパク質にほぼ匹敵しながら、炭素排出量を最低でも20分の1に抑えることができる量だという。その技術は、なんと50年前に誕生したもので、製紙工程で生じる副産物の亜硫酸パルプ廃液を利用してタンパク質を開発することで、林業廃棄物を削減し、林業に新たな製品をもたらせることが期待された。実際、そのタンパク質はフィンランド国内で持続可能な飼料タンパク質として使用されていたが、製紙工場の技術の変化により原料が手に入りづらくなり、この技術も過去のものとなったように思われた。しかし、その後、フィンランドの研究機関が真菌を使った技術を進化させ、食品としても使える原料を開発した。最大55%のタンパク質と35%の食物繊維を含んだ粉末で、さまざまな産業や地域で発生する副産物も使用できる。現在はまだ飼料やペットフードとしての使用のみだが、食品としての承認を目指しており、すでに様々な企業と提携している。

タンパク質の未来のためにできること

タンパク質危機に私たちはどう備えればいいのか。タンパク源の多様化を実現するフードテックへの期待は大きい。昆虫食はなかなか難しいかもしれないが、タンパク質の粉末などは、さまざまな食品にも活用できる。だが、一方で私を含め、ほとんどの人たちはこれまで通り肉や魚、大豆製品を食べ続けたいと願っているに違いない。どうしたら今後も食べ続けることができるのか。フードロスを減らし、畜産や大豆の効率的、かつ持続可能な栽培方法を確立していくことも重要であろう。

 

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文/堀内 都喜子

長野県出身。フィンランドのユヴァスキュラ大学大学院でコミュニケーション専攻、修士号取得。現在フィンランド大使館広報部に勤務。著書『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)。『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)など。翻訳『チャーム・オブ・アイス~フィギュアスケートの魅力』(サンマーク出版)