menu

みんなの仏教SDGsウェブマガジン ReTACTION|みんなの仏教SDGsウェブマガジン

自然科学系合同シンポジウム「未来を創る共創の力」レポート<後編>

2024年2月26日、龍谷大学 瀬田キャンパスにて、自然科学系合同シンポジウム「未来を創る共創の力」が開催されました。

【前編】に続き、【後編】では対談の模様をレポートします。
※敬称略

 

国の報告で知る、「サステナブルな社会構築の現在地」

2023年7月より1年間、環境省から出向し龍谷大学学長補佐(当時)を務める、黒部 一隆より、サステナブルな社会構築についてのレポートと政策について情報提供がありました。

「環境問題は、時代により捉え方が変わってきました。1960年代は公害、1970年〜2000年代はごみ問題と自然保護、2000年以降からはごみそのものを減らす循環型社会への転換、自然共生へと広がってきました。2020年からは2050年カーボンニュートラル達成のために、モノを作る動脈とモノを処分する静脈を一体とし、世界的に生物多様性を守るために具体的な目標を見つけて進めていく必要があるという議論が進んでいます。

1つめの柱はカーボンニュートラルです。地球温暖化は、私たちの体温に照らし合わしてみるとわかりやすいかと思います。地球の平均温度は1960年代から1℃上がっています。もし、私たちが朝起きたときに体温が37℃くらいだったら頑張って仕事に行こうかなと思うかもしれません。しかし1.5℃、あるいは2℃上がったらどうしますか。いつものように動けないのではないでしょうか。地球温暖化はこれくらいのインパクトがあると考えていただければと思います。
地球の気候は、氷期と間氷期を行ったり来たりしており、約1万2500年前から現在は気候が安定した時代となっています。長期的に見ると、地球の気候は氷期に向かって動いているはずなのですが、1960年代から急激に暖かくなってきているのはCO2の影響だとされています。地球環境を守っていくには脱炭素化は急務です。

2つめの柱はネイチャーポジティブです。ライチョウやコウノトリの個体数が減っているなど絶滅寸前の種が多くありますが、ツキノワグマは同じ種でも九州の個体と東北の個体は遺伝子レベルでは特性が異なっているといわれています。地球環境をギリギリ支えている現在、種や生物の多様性を守るためには、山、川、林、湖などの生態系が健全に保たれていることが前提となります。

3つめの柱はサーキュラーエコノミーです。モノを溶かして別のものに生まれ変わらせるリサイクルよりも、ごみを本質的に減らためには、島津製作所さまのようにリユース方法を考えたうえでモノを作る、サブスクなどの方法があります。

カーボンニュートラルだけ、ネイチャーポジティブだけ、サーキュラーエコノミーだけ、と別々におこなっていては、環境問題は解決できないという報告書がたくさんあります。さらには人権問題、発展途上国のバランスの取れた成長、経済危機にも目を配ることが必要です。地域経済への影響もこれから議論が進む分野でしょう。SDGsの達成も、それぞれのゴールをバラバラで目指すのではなく、複数のゴールへ同時にアプローチすることが望まれます。また、新しいテクノロジーの開発や大学での研究が世の中に新しい価値を創造していくことも大切なポイントだと思っています」。

 

対談「研究拠点としての大学が地域に貢献できること〜今後の展望」


対談では、今の環境を次の世代に引き継ぎながら成長する社会・地域をつくるために、科学技術をどのように使うのか、また知の創造をおこなう大学はどのような貢献ができるのかを考えました。キーワードは「共創」。多様な専門性、多様な組織が“共に創る”取り組みづくりにも踏み込み、未来の姿を登壇者や参加者と共有しました。
ファシリテーターは、龍谷大学研究部長・先端理工学部 宮武 智弘が務めました。

 

「未来の分析計測技術が、サステナブルな社会構築に貢献するだろう」

株式会社 島津製作所 環境経営統括室 マネージャー/三ツ松 昭彦氏

「現在、私どものような精密機器メーカーのほか、化学素材メーカー、食品メーカー、建設会社、サービス業などさまざまな企業が脱炭素にむけた取り組みをおこなっています。道徳的な観念でCSRをおこなっている事業者もあります。しかし、どの企業も本業に根ざしたところでないと長続きしないと考えます。また、株式会社は株主様の意向を事業に反映せねばなりません。環境問題解決に向けた投資をし、リターンを株主様にお渡しすることも必要となります。

分析計測技術はものの評価や状態の監視といった役割をもっており、この役割はこれからも変わらないと思います。今後は、環境にやさしい事業をしているかどうかという証明のための分析も必要とされるでしょう。バイオマスプラスチックが食品作物用の農地を搾取されている土地で作られたものでないか、どの作物で作られているのか、紙が不法伐採の森林から来ていないか、例えば森林認証制度FSCが本当に正しいのか、などです。企業は環境に配慮した素材を使わねばならない時代がきていますが、現在はその分析と証明のあり方を考える過渡期です。社内では新たな機器を開発する際、性能に加え、なぜ環境によいのか、環境負荷が少ないかという仕組みを提示しないとリリースできないというルールづくりを考えているところです。

以前、深尾先生が『環境への配慮は、たしなみである』とおっしゃっていました。今の学生にとっては、サステナブルな社会構築に向けて行動することは当たり前になりつつあるのですね。当社では社員教育にも力を入れていますが、10、20年後は無意識的に環境に良い行動をとる若者たちが社会で活躍するだろうと思っています」。

 

「イノベーションを産むためには、技術開発と社会実装が必要です」

龍谷大学学長補佐(当時)・環境省より出向/黒部 一隆

「カーボンニュートラル問題のうち6〜7割がエネルギーに関するものです。しかしエネルギー問題を解決に導く道筋は非常に複雑です。あるコンサルタント会社の調査によると、一般の方が1年間のうちにエネルギーについて考えるのは3秒ほど、しかも省エネを意識する時間は電気料金の明細を見た瞬間くらいだそうです。カーボンニュートラルを達成する必要があるなかで、企業はコスト感覚をもち、エネルギー価格の見直しを含めて何を優先すべきかを認識していただきたいと考えています。

イノベーションのカギは、技術開発と社会実装です。海外はできあがった技術を伸ばすことに長けていますが、日本はまだまだだといっていいでしょう。新しい技術を開発して満足するのではなく、その技術を横にのばしていくにはどうするか。役所や大学組織などの縦割り組織の中で、単独の部署がそれぞれに取り組んでいては、多面的、総合的に問題を整理しにくくなるうえ、責任の所在が難しくなります。さまざまな立場の人たちや組織が価値を共有し、アイデアを出し、実行する『共創』は、責任の所在がある体制のなかでこそうまくいくと思います」。

「環境に配慮した材料科学研究が、日本の未来を変えると期待しています」

龍谷大学 革新的材料・プロセス研究センター センター長/富﨑欣也

「2021年度のデータによると、日本国内におけるCO2排出量の業態別割合はエネルギー転換部門が40%、産業部門が25%でした。エネルギー転換部門での発電をすべて再生可能エネルギーに置き換えると、計算上ではCO2が40%削減できますが、そううまくはいきません。経済産業省は、CO2を回収・貯留するCSS事業を本格展開しようとしています。約20年前からCO2を回収して地中に埋めて貯留する研究が進められており、現在は実証実験中です。

大きな建物を建設するためには鉄とセメントが必要となります。鉄鉱石から鉄を生み出す過程で炭素を使って還元するためCO2が発生しますが、約10年前からは、水素で還元しようという研究が行われています。セメントは原料の炭酸カルシウムを熱分解して製造されるのですが、この過程で必ずCO2が発生します。セメントなくして建造物を作ることはできないので、CO2の環境中への排出を減らす方法を考えるか、まったく違う材料を作るかのどちらかの技術開発が求められます。

センターではリサイクル、CO2の排出削減技術、環境に配慮したものづくりをテーマに、革新的材料やプロセスを広く研究しています。ひとつひとつの研究や技術による、環境への貢献量、貢献度は小さいかもしれません。しかし新たな材料科学技術が産業分野で多く採用され、さらに広く応用されれば、日本全国に大きなインパクトを与え、環境問題の解決に向けて貢献できると考えています」。

 

「これからの環境DNA研究は自動分析装置開発と活用のルールづくりが必要」

生物多様性科学研究センター センター長/山中裕樹

「ほ乳類や鳥、魚などの生き物、環境中を漂っているDNAを分析する技術の研究は、2009年に神戸大学と龍谷大学で開発を始めました。現在、世界中でリアルタイムの環境DNA分析が行われています。アメリカのチームでは、自動分析装置を積み、海を泳ぎ回る潜水艦型ドローンから衛星経由でデータを取得しています。しかし日本は自動分析装置の開発が遅れており、欧米に遅れをとってしまうのではと心配しています。

環境DNAの分析を自動化できれば、空気中や水中をただようウイルスがモニタリングできます。感染症や鳥インフルエンザなどのウイルスがどの場所にどれくらい存在するかがすぐにわかるため、公衆衛生、魚の養殖場などで活用されることが期待できます。しかし、倫理的な問題が懸念されます。このエリアにはこんな病気や疾患の人がいるという情報も取り出せてしまうからです。これからは、情報が公正に使われるようなルールづくりが求められます。人にとっても地球にとっても利益が与えられるような社会をつくるには、技術開発だけでなく、それに付随する法整備やルールも必要になるでしょう」。

 

「微生物と発酵食品の研究技術で、食糧問題を解決に導きたい」

発酵醸造微生物リソース研究センター センター長/田邊 公一

「私たち人類は、微生物を使うことでたくさんの恩恵を受けてきました。そのひとつに医薬品の開発がありますが、これまでのやり方では新しい薬はなかなか生まれないというところまできています。微生物の作用を利用したバイオエタノールやバイオディーゼルは実用化されていますが、産業ベースに乗せるにはまだまだ課題があります。

微生物や発酵食品がカーボンニュートラルやサステナブル社会にコミットできるのは食糧問題、エネルギー問題でしょう。世界的な食糧危機の解決に向け、センターでは保存性を高める微生物の研究を進めています。食品自体を変化させずに、エネルギーを使わない形で保存性を高める試みもあります。これらの技術を活用することで、フードロス削減にも貢献できると考えています」。

 

「産官学連携のバージョンアップで『共創』力を強化したい」

龍谷大学副学長・政策学部教授/深尾 昌峰

「龍谷大学は創立400周年を迎える2039年に二酸化炭素排出を実質ゼロにすることを目標とする『カーボンニュートラル宣言』を2022年に発出しました。3つのキャンパスで2万人の学生を擁する総合大学としては日本で初めて、すべての電気を再生可能エネルギー由来に変えます。2014年はCO2排出量が1万4000トンでしたが、2023年度は約2800トンという試算になっており、9年で約8割を減らしました。

今回のシンポジウムでは、対話や情報共有、情報交換から生まれる『共創』こそが社会を変えていく、熱い想いで技術を磨く研究センターを有する龍谷大学にはかなり優位性がある、ということがわかりました。龍谷大学ではさまざまなかたちで産官学連携を進めてきました。これまでは企業側からの依頼により連携するというモデルが多かったのですが、これからは経験を活かしつつ、未来の姿を描いたうえでバックキャスティング型で一緒に共創するモデルが必要だと考えます。そのためには、大学での研究がいかに経済活動に影響するかを開示・証明することや、基礎研究と企業、外部からの資金の連携を促す仕組みを積極的に考えねばならない。また、連携のバリエーションを増やすことも必要となります。

『共創』は、ビジョンや夢を共有する、コミュニケーションをとる、仕組みを作り、行動するという3つの掛け算です。今日はみなさんのお話をお聞きし、先進的でクリエイティブ、かつ経済的な合理性のあるモデルをつくる中核的な担い手が龍谷大学だろうという未来が見えてきました。また、本学では人間教育を大切にしています。人を育てる教育により、サステナビリティ社会が実現できると期待しています」。

2024年2月27日に環境省が生物多様性の保全が図られた地域を認定する『自然共生サイト』に、龍谷大学『龍谷の森』が登録されました。また3月1日、ネイチャーポジティブの取り組みを進めるための『龍谷大学 ネイチャーポジティブ宣言』を出しました。持続可能な社会の実現に向けて、龍谷大学のさまざまな取り組みはこれからも続きます。