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南西諸島にジュゴンはいるのか?DNA分析が生息の科学的証拠に

子どもを抱えながら哺乳する様子が愛らしく、人魚のモデルと称される海棲哺乳類のジュゴン。2019年以降、日本海域での正式な生息情報がなく、真相は不明でした。そこで、沖縄県環境科学センターを中心とした、京都大学、龍谷大学などによる研究チームが発足。地道な作業とDNA分析の技術によって、ジュゴンが生息している科学的証拠を明らかにし、国際オンライン専門誌『サイエンティフィック・リポーツ』に公表しました。今回はDNA分析を担った先端理工学部の丸山敦先生にお話を伺いました。

地域絶滅が懸念されるジュゴン

編集部:まずは、ジュゴンという生物について教えてください。

丸山:ジュゴンの生息地は、アフリカ大陸とアラビア半島に挟まれた紅海から、沖縄県すべてと鹿児島県の島々を含む南西諸島までの温かくて浅い海です。日本の南西諸島は、北東側の分布限界に相当します。体長3メートルにもなる哺乳類で、海草だけを食べて暮らしています。寿命は70年と長生きですが、日本においては漁師さんであってもなかなか見ることのない希少な動物です。世界のどの地域でも個体数の減少は進んでいて、中でも深刻なのが南西諸島。明治以降の乱獲によって個体数が激減し、保護政策を施しても効果は芳しくなく絶滅寸前の状況です。2019年に死亡個体が見つかって以来、南西諸島のジュゴンは地域絶滅したとも言われていました。

編集部:どのような経緯で、ジュゴンの研究チームに加わることになったのですか。

 丸山:私の専門は、魚類生態学や陸水生態学です。世界で最も多様な魚が生息するアフリカのマラウイ湖には1999年から通い続け、人類の影響で自然が変化していく様を目の当たりにしてきました。環境DNA分析には幸運なことに創成期、2010年ごろから携わっていて、これまで琵琶湖、濃尾平野、マラウイ湖などでの調査、応用に取り組みました。私は常々ひとりの研究者として、専門分野での経験や技術が役立つなら、心が躍るあらゆることに挑戦したいと思っていまして、ジュゴンの研究を続けてこられた沖縄県環境科学センターの小澤宏之さんと、マラウイ湖に関する私の研究仲間が知り合いだったこともあり、お声がけいただいたことから、研究チームに加わりました。もともと沖縄県環境科学センターが、沖縄県や環境省から委託される形で独自に研究を進めておられました。ですが、漁師さんからの目撃情報があったとしても、本当にジュゴンなのかを立証するのは難しいことです。決定的な科学的証拠を得るために、ジュゴン由来の環境DNAを検出できないかというご相談を受けて、2018年春から龍谷大学のメンバーが参加しました。

新鮮なフンからDNA配列を発見

編集部:ジュゴンの生息を確かめるために、どんな作業をされたのですか。

丸山:最初の数年は、目撃情報のあった海水を手作業で集めてもらい、環境DNAを分析する作業を繰り返しました。しかし、確実にジュゴン由来の配列だといえるDNAの断片を検出することはできなかったので、コロナ禍が収束したあたりから、目撃情報のあった海域でフンを探して集める、というアプローチに変更しました。フンは、排出されるまでに腸管を通過してくるため、腸管の細胞などから動物自身のDNAが混入することがあるんですね。海水で流され、洗われるうちに消失してしまいうるものではありますが、新鮮なフンからDNAが検出できれば、決定的な証拠になると考えました。藻場で発見されるフンのほとんどが、沖縄で大量に増殖しているウミガメのフンだという悪条件もありましたが、さまざまな立場の方々の手厚い協力により、新鮮なフンを入手できたことがジュゴン生息の証拠につながりました。

編集部:大学の研究者、漁師さん、テレビディレクターなどいろんな立場の方が『サイエンティフィック・リポーツ』に掲載した論文の著者として、名前を連ねておられるのも印象的です。

丸山:DNA分析を一緒に担当してくださった龍谷大学先端理工学部の山中裕樹先生のほか、ジュゴンの音声研究をしておられる京都大学フィールド科学教育研究センターの市川光太郎さん、現地調査やフンの採取という地道な現地調査に協力してくださった蟹の養殖業者である吉浜崇浩さん、取材に来ていて偶然フンの採取の瞬間を捉えたNHKのTVディレクターの方々など、さまざまな方の熱意が重なって今回の成果へとつなげることができたと思います。私の研究室の院生も、鳥羽水族館からフンと毛を提供いただいて環境DNA分析用のプライマーを設計するなど、研究を前に進めてくれました。

編集部:『サイエンティフィック・リポーツ』に公表した論文によると、離れた2カ所で採取されたフンが、ジュゴンのものだったとか。1頭のジュゴンが移動したのか、2頭のジュゴンが生存しているのか、どちらなのでしょう。

丸山:同一個体のものである可能性もありますし、別個体のものである可能性もあります。個体を識別するためには、ジュゴンであることを証明する配列だけでなく、個体を識別するための配列も含んだ、ある程度長い配列のDNAの断片が必要となり、それを海水に漂うフンから採取するのはなかなか至難の業なのです。

編集部:今のところ、別個体かどうかを知る術はないのでしょうか。

丸山:例えば、ほぼ同じ時間帯に離れた2カ所で、新鮮なフンが採取できれば、確実に同一個体ではないと断定できます。そのためには地元の方々との連絡を密にして、目撃情報をもっと集めていかなければなりません。さらに情報を得たらすぐに動ける体制、マンパワーが整っていけば、別個体がどうかを知ることも可能になってくるかもしれませんね。いろんな場所で海水をすくい、ジュゴンのDNAを採取する機会が増えれば増えるほど、もっと詳しい生息域や頭数などの情報が得られていくと思います。

ジュゴンをとりまく自然を守る

編集部:ジュゴンが日本に生存している喜ばしいニュースを、どんな変化につなげたいとお考えですか。

丸山:ジュゴンが絶滅したと安易に決めつけて、生息地保全への興味が失われたり、対策が疎かにされることは、まずは避けられると思っています。しかし、生存が確認できたとはいえ、世界中でジュゴンが減りつつあり、南西諸島のジュゴンが絶滅の危機にある状況に変わりはありません。ジュゴンの餌となる海草が生えるのは、水質が美しく浅瀬の海。ガブガブ食べ進んだ海底にジュゴントレンチと呼ばれる筋ができるくらい、たくさんの海草を必要とします。ジュゴンが減っているということは、海草が生える美しい海が消失しつつあるということでもあります。ジュゴンが生きる上で必要な海草藻場をどうやって保全していくかを、迅速に考えて行動する必要があります。さらにジュゴンとの付き合い方を周知することも重要です。すでに沖縄県では、ジュゴンを混獲してしまうリスクがある漁業者さんに、漁網にかかった際のレスキュー方法などを伝える活動も始まっています。

編集部:今後もジュゴンの保護、自然環境の保全活動に携わるご予定ですか。

丸山:保全活動は、原則的には現場で暮らす人たちが望む方向に、政治的合意を形成しながら進めていくべきものだと思っています。したがって研究者である私自身は、技術的に困難な事柄が生じた時に専門であるDNA分析の知恵や技術でサポートする立場になると思います。例えば、南西諸島のジュゴンの各個体が、果たしてどれくらいの移動能力を持っていて、実際にはどれくらい広い行動範囲を持つのかは、保護政策の策定において非常に重要な知見なのですが、今のところ分かっていません。どのように調査するのか、どのような協力が可能なのか、今後も知恵を絞っていきたいと考えています。