日本では、少子高齢化が進んでいます。2025年には、約2.6人に1人が65歳以上、約3.9人に1人が75歳以上に達すると見込まれています。
特に、中山間地域における高齢化の進行による影響は深刻です。身体的負担より店舗への客足が減少したり、収入の低下により家計の消費金額が減少し、地域経済に大きな影響をあたえます。また、高齢者は社会的孤立の状態におかれやすく、地域社会の維持に支障が生じる恐れもあります。
全国の山椒生産の3分の2以上を占める和歌山県、その一大産地である有田川町も、ここ10年の間に生産を担う山椒農家の数は減少の一途をたどっており、その平均年齢も76歳(2018年)と高齢化が進んでいます。ぶどう山椒の生産者が一般消費市場と接点を持つ機会は皆無に等しく、和歌山県内あるいは有田川町内においてこうした産地の危機的状況については、一般にあまり知られていない状況でした。
有田川町の離農が更に進行し産地存続の危機に陥ると考えた有田川町の要請を受け、龍谷大学藤岡ゼミは現地の農家と交流しながら、ぶどう山椒の魅力を伝える新たな製品を創出することで、産地の現状やぶどう山椒の認知促進を図ろうと考え取組を開始しました。
ぶどう山椒産地に迫る生産者の高齢化
爽やかな柑橘系の香りに包まれる自然豊かな町、和歌山県有田川町清水地区。この香りの正体は、江戸時代にこの町で発見され、今まで栽培され続けている「ぶどう山椒」です。発祥の地である有田川町はぶどう山椒の一大産地であり、全国の山椒生産の3分の2以上を和歌山県が占めています。
しかし、後継者不足と高齢化によりぶどう山椒農家の数がこの10年で約4割減少。2008年331戸であったのが、その10年後の2018年には207戸と約130戸も減少しました。
日本の農業従事者の平均年齢は約66.6歳(農林水産省:農業構造動態調査)ですが、ぶどう山椒農家の平均年齢は76歳(2018年)です。このことからこれから離農がさらに加速することが考えられ、ぶどう山椒生産に危機が迫っています。
加えて、生産される山椒の多くは漢方薬などに用いられており法人需要が主であるため、和歌山県内あるいは有田川町内においてこうした産地の危機的状況については、一般にあまり知られておらず、山椒の生産者が一般消費市場と接点を持つ機会も皆無に等しい状況でした。
2019年、離農が更に進行し産地の存続危機に陥ると考えた有田川町は、これまで地域資源を活用した地域経済活性化に実績のある龍谷大学藤岡教授に相談、「ぶどう山椒の発祥地を未来へつなぐプロジェクト」がスタートしました。
新商品を開発する初手、ぶどう山椒を調査
ぶどうの房のように一つの房にたくさんの大きい果実を実らせる香り高い、ぶどう山椒。これをどのように活用していくのかを検討するため、龍谷大学藤岡ゼミの学生はぶどう山椒の認知度や既存の山椒製品についての調査を行いました。
認知度調査の結果、ぶどう山椒の存在自体を知らない人が8割以上。老若男女関係なく山椒自体は知っていてもぶどう山椒を知らない人が多数でした。また、ぶどう山椒を知らない人に実際に口に入れてもらった結果、普通の山椒と比べて香り高いという感想を得ることが出来ました。
次に、ぶどう山椒を含む既存山椒製品の現状分析を実施。意外にも、数多くの食品に山椒が利用されていることがわかりました。最も多かったのは、粉状の調味料にされている乾山椒(粉末)、そしてちりめん山椒でしたが、チョコレート等のスイーツにも多く用いられていました。
非食品では、山椒の実から山椒エキスを抽出したエッセンシャルオイルや、サンショウエキスがもたらす血行促進を利用した洗髪剤・育毛剤・サプリメント、山椒の爽やかな香りを利用したクリーム・香水・化粧水の製品などがありました。
しかし、これらの製品の原材料として、「山椒」とは記載されているものの、「ぶどう山椒」と記載されているものは少なく、産地が明示的に書かれているもの自体が少ないことが分かりました。
ぶどう山椒にふれる、産地訪問
文献での調査に加えて、龍谷大学藤岡ゼミの学生はぶどう山椒の産地である有田川町を訪問し、ぶどう山椒の収穫を実体験し、現地の山椒農家と交流しました。
町を訪れた時の、爽やかな柑橘系の香りに対する驚きを忘れることができないと学生は語ります。プロジェクトを開始した当初、ぶどう山椒の存在を知らなかった学生も、ぶどう山椒に魅了され知らぬ間にファンになっていました。
収穫を通して、長時間同じ体制での作業が高齢者にとっては負担が大きいということを学生たちは実感しました。足を悪くし、立つのもやっとの状態で収穫をおこなっている生産者もいて、この現状をどうにかせねば、この豊かな産地を守りたいという想いが強くなりました。
失敗に苦しんだぶどう山椒の製品化
調査により既存商品では食品が大半を占めることが分かったため、非食品にも目を向け、食以外の観点からも山椒の魅力を発信しようと考えました。学生たちは、山椒の市場可能性を拡げることを大前提とし、既存にはない新たな山椒の用途を検討しました。また、これまでに商品として利用されていたぶどう山椒の実以外に、未活用資源である葉や種、枝の用途も開発できないかと考えました。
まず爽やかな香りを持つぶどう山椒の魅力が活きるアイデアを100点ほど出し合い、次に、実際に学生たちでドレッシングや石鹸など50点ほど試作を行いました。
石鹸
ぶどう山椒の持つ清涼感と石鹸の掛け合わせをコンセプトに、ぶどう山椒の葉を入れて石鹸を作りました。有田川町の山椒の知名度向上を図るため、ターゲットはふるさと納税の利用者としました。しかし作成結果は、山椒の成分で肌がヒリヒリとしてしまい失敗でした。また、山椒の葉は農薬の基準を満たしておらず、出荷が難しいという問題も判明し、断念しました。
匂い袋/お香
学生が自作し、手ごたえのあったお香や匂い袋は、実際の商品化に向けて、企業に持ち込み協力を要請しました。しかしながら、匂い袋は香りが続く期間が短いため商品化は難しく、お香は、葉を使用する際に剪定からの経過時間で香りに変化が生じる可能性があるため、香りを安定させる仕組みを作ることが難しいと、商品化は実現できませんでした。
マドレーヌ/クッキー
お菓子の企画から製造、販売までを行う京都の企業、京洋菓子司「ジュヴァンセル」の協力を獲得。山椒と洋菓子の和と洋の融合をコンセプトに、洋菓子というジャンルの中で山椒の強みが最大限に活かされるクッキーとマドレーヌでの商品化にこぎつけました。ただ、商品化は山椒の旬である5月~8月にかけてのみ。常設品ではなく季節のメニューでの採用に留まりました。
やっとこぎつけた、ぶどう山椒のカレー
翌年2020年の春、「ぶどう山椒の発祥地を未来へつなぐプロジェクト」の取り組みは次の学年に引き継がれました。コロナ禍で大学に通うことも有田川町への現地訪問もままならない中、学生たちはオンラインで現地とつながり、既存商品の分析や山椒についての知識を深めながら、常設品となるぶどう山椒の製品化の道を模索しました。
協力してくれる企業にたどりついたのは秋のこと。
うめなど和素材を使ったカレーの開発実績のある神戸の食品製造会社「株式会社マンドリル」とぶどう山椒を活かしたカレーを開発することとなりました。学生たちは、調査研究、商品開発、企画運営の3つのグループに分かれ、市場分析、ターゲット設定、コンセプト開発、カレー試作、具材選定、パッケージデザイン、ウェブデザイン、テスト販売、ブランディング、プロモーションと一連のマーケティング活動に関わりました。
コンセプト設計とチャネル検討の結果、「働く主婦」を想定ターゲットに冷凍カレーを郵便で届けることで、多くの方に家庭で手軽に楽しんでもらえる製品にすることを決めました。実際に神戸にあるマンドリルカレーを訪問し、スパイスの勉強をしながら調合して、ぶどう山椒のミックススパイスを何種類か作成しました。
商品開発を担当するグループが実際にぶどう山椒を用いてそれぞれカレーを作り、具材や味との相性を考案して製造の方に試作をお願いし7種作成しました。そこから学生と株式会社マンドリルで試食を繰り返し、細かい食感や山椒の感じられ方が、設計したコンセプトやターゲット、食シーンに合っているかを何度も確認しました。
家族と楽しめるよう、れんこんやかぼちゃなどの野菜をふんだんに取り入れ、ぶどう山椒の香りのレベル別に「ジュワッと!心温まるバターチキンカレー」「ピリッと!こだわりスパイスポークカレー」「ごろっと!贅沢ほうれん草キーマカレー」の3種類のカレーが完成しました。
2020年12月には学内レストランCafé Ryukoku &で期間限定メニューとして提供、企画運営グループがテスト販売を行い、購入者へのアンケート調査などを経て、製品化への最終調整にはいりました。
オリジナルカレー「ぶどう山椒の陽」が製品化
2021年1月、ぶどう山椒香るオリジナルカレーを「ぶどう山椒の陽(ひ)」と名付け、オンラインでの販売を開始し、有田川町の観光施設でも提供されるようになりました。
名称の「ひ」には「陽」と「日」の文字をかけています。太陽の当たるところは植物の実がたくさんなるというイメージから「陽」を。そして「日」は、特別なもの、とっておきのものとして食べて欲しいという想いをこめ、ぶどう山椒の特別感を表現しました。
味の好みや期待する効果など、食べる人の満足感をイメージして考案された、3種類のカレーをご紹介します。
【ジュワッと!心温まるバターチキンカレー】ぶどう山椒香りレベル低
鶏肉・かぼちゃ・玉ねぎを使った「家族みんなで食べられるまろやか山椒カレー」です。山椒の量も3種類の中で一番少なくなっているので、小さなお子様や山椒の辛みや痺れが苦手な方でもまろやかに感じ美味しく召し上がっていただける一品です。
【ピリッと!こだわりスパイスポークカレー】ぶどう山椒香りレベル中
豚ミンチ・レンコン・パプリカ・唐辛子を使った「こだわりスタミナ山椒カレー」です。スパイスとしての「さんしょう」を活かし、色味の「パプリカ」、辛みの「唐辛子」、しびれの「さんしょう」と3種のスパイスにこだわったスパイシーなカレーとなっています。刺激的な香辛料は体脂肪を燃焼させ身体を温めることから、代謝アップを促進し、痩せやすく太りにくい身体作りに役立ちます。
【ごろっと!贅沢ほうれん草キーマカレー】ぶどう山椒香りレベル高
合挽き肉・ほうれん草・ひよこ豆を使った「ちょっぴり贅沢な健康増進山椒カレー」です。女性に人気のあるキーマカレーとぶどう山椒のコラボレーションが実現しました。実は、完成品の試食会でもゼミ生から一番支持率の高かったのがこちらの商品です。3種の中で一番山椒の量が多く、胃を丈夫にする効果や、利尿・発汗作用の山椒の効用を受けられる商品となっています。また、免疫力を高めてくれるほうれん草も同時に摂取できるため、風邪や感染症の予防にも効果的です。
ぶどう山椒の魅力向上のために走り続ける
完成したカレーは、有田川町で学生たちに収穫体験の機会をくれたぶどう山椒農家や有田川町役場にも届けられました。開発の過程で用いられたぶどう山椒はすべて初めて産地訪問した際に山椒農家さんから預かったものでした。直接の交流こそ実現することはできませんでしたが、ぶどう山椒商品の開発を通じて現地とささやかなやりとりをした1年でした。
多くの人から愛されるカレーとなるように、そしてぶどう山椒の新たな魅力に気づいてもらえる商品となるよう願いながら、今日も龍谷大学の学生は走り続けています。
カレーの売り上げの一部はぶどう山椒の苗木の購入資金にあて、産地の存続の1歩として有田川町のぶどう山椒園地に植えに行く予定です。ぶどう山椒の商品を通して、ぶどう山椒のファンを増やしたい。ぶどう山椒に関わりたい、作りたいと思う人を増やして、地域を活性化させたい。「誰にも気づかれない間に、有田川町のぶどう山椒産地とそれを育む農家が姿を消すことだけはあってはならない」と、有田川町のぶどう山椒産地の豊かさを守り、その存続に貢献することを目指し続けます。