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奄美に見る「持続可能な社会」②
世界自然遺産の島【前篇】

2021年7月26日、奄美大島、徳之島および沖縄島北部および西表島が世界自然遺産に登録されました。四つの島にはアマミノクロウサギやヤンバルクイナ、イリオモテヤマネコなど絶滅危惧種や希少種が多く生息します。ユネスコ(国連教育科学文化機関)はこれらの島々の「生物多様性」を高く評価し、後世に残すべき「世界の宝」と認定しました。鹿児島県は屋久島と合わせて二つの自然遺産を持つ国内唯一の都道府県になりました。22年7月26日には奄美大島に島の自然を疑似体験できる世界遺産センターもオープンしました。自然遺産登録から1年が経過。ポストコロナ、ウィズコロナを見据えて観光振興に期待が膨らむ半面、課題も見えてきました。登録に至る経過や課題を整理してみました。

世界自然遺産とは何か

環境省や文化庁によると、人類全体にとって価値を持つ自然や生態系などを将来にわたって守るため、ユネスコが登録する地域です。世界では22年現在、動植物が独自の進化を遂げたエクアドル領のガラパゴス諸島や米国のイエローストーン国立公園など218件が登録されています。国内では屋久島(鹿児島県、1993年)、白神山地(青森県・秋田県、1993年)、知床(北海道、2005年)小笠原諸島(東京都、2011年)、奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島の5件が登録されています。
自然遺産に登録されるためには「自然美」「地形・地質」「生態系」「生物多様性」の四つの評価のうち、一つ以上を満たすほか、十分な保護管理体制を整えていることが条件となります。世界遺産には自然遺産のほか、建造物や遺跡、文化的景観などが対象の「複合遺産」(自然遺産と文化遺産両方の価値を持つ遺産)があります。文化遺産は国内20件、複合遺産はありません。

奄美大島・徳之島の豊かな自然

奄美群島の気候は亜熱帯海洋性で、温暖多雨です。気温は年平均21.6度。鹿児島県本土に比べて3度高くなっています。
奄美大島は年間の平均降水量は2900mmの「水の島」です。総面積712.41平方kmで奄美群島最大の島です。総面積の80%以上を森林が占め、スダジイを中心とした国内最大規模の照葉樹林が広がっています。自然遺産区域は1万1640ヘクタール。最高峰の湯湾岳(標高694m)は自然遺産の核となる区域です。湯湾岳を中心とした島の中南部には国の特別天然記念物のアマミノクロウサギをはじめ固有種や希少種の宝庫です。アマミノクロウサギのほか、鳥類のオオトラツグミやルリカケス、アカヒゲ、「世界一美しいカエル」といわれるアマミイシカワガエル、リュウキュウアユ、オカヤドカリ、アマミマルバネクワガタといった希少動物が生息しています。植物では固有種のアマミセイシカ、アマミエビネなどが見られます。猛毒を持つハブもいます。

生物多様性育む奄美大島の森

徳之島は総面積248.85平方km。自然遺産区域は2515ヘクタールです。徳之島最高峰の井之川岳(標高645m)や犬田布岳(いぬたぶだけ)=標高417m=を中心とした島の中南部と、天城岳(標高533m)周辺の北部に豊かな照葉樹の森があります。徳之島は自然遺産4地域の中で面積は最も小さいけれども、奄美大島と同様、アマミノクロウサギやトクノシマトゲネズミ(国の天然記念物)、オビトカゲモドキなど希少動物が生息しています。ハブもいます。植物では徳之島の固有種ハツシマカンアオイ、トクノシマエビネなどが生育しています。

奄美の豊かな自然を代表するアマミノクロウサギ 国の天然記念物

自然遺産登録前、開発と保護のせめぎあい

戦後の奄美は開発と自然保護のせめぎあいでもありました。基幹産業といわれた大島紬は長期低迷が続いています。観光にしても沖縄との狭間となり、航空運賃の高さもあって伸び悩んでいました。農業は輸送コストの高さ、毎年のように襲来する台風、後継者不足もあって頭打ち。奄美は奄美群島振興開発事業(奄振)による公共事業頼みの経済になっていました。
奄美の自然や生態系が注目を集め始めた1990年代。バブル崩壊後の頃です。奄美大島の住用村(現在は奄美市住用町)と龍郷町でゴルフ場建設をめぐって推進派と自然保護団体の対立が激化しました。建設を進めたい推進派からは「自然で飯が食えるか」「クロウサギは百害あって一利なし」と強硬な意見が出ました。自然保護団体は「先行き不透明な開発に夢を託すのは危険」「ゴルフ場は山の中の原発」と反発しました。

野生動物のアマミノクロウサギやアマミヤマシギなどを原告にした「自然の権利訴訟」(1995年~2001年)もありました。01年、鹿児島地裁は「原告適格を認めることができない」として訴えを却下しましたが、日本で初めて野生動物を原告にしたことで注目を集めました。ゴルフ場建設はリゾートブームの終焉とともに立ち消えとなりました。

世界自然遺産候補地に選定 マングース根絶へ

03年、自然環境に対する認識の転機となる出来事がありました。環境庁と林野庁の検討会が白神山地と屋久島に続く世界自然遺産候補地として知床、小笠原諸島とともにトカラ列島以南の南西諸島を選定しました。前述した通り、知床、小笠原は世界自然遺産に登録されましたが、奄美・沖縄は「保護担保措置が不十分」との理由で申請が見送られました。

こうして、保護担保措置に力が入れられるようになります。2000年、環境省は奄美大島・大和村に奄美野生生物保護センターを開設しました。05年にはアマミノクロウサギをはじめ固有種を捕食するフィリマングースを駆除するために「奄美マングースバスターズ」を発足させました。マングースは1979年にハブやネズミを駆除する目的で導入され、奄美市名瀬の山中に約30頭が放されました。
その後も急速に分布域を拡大し、ピーク時の推定生息数は1万頭とみられています。ハブはマングースにとっても危険です。危険を冒すよりも楽に捕食できる固有種を狙うのは当然です。バスターズには探索犬も導入され、駆除は効果を上げていきます。
マングースは減少を続け、15年度末には50頭まで減少。21年度実績によると、捕獲ゼロが4年間続いています。環境省は早ければ23年度の「根絶宣言」を目指しています。

奄美群島国立公園の誕生

マングース駆除など保護担保措置が進む一方、自然遺産登録に向けた動きも具体化します。候補地になってから10年後の2013年1月、政府は「奄美・琉球」をユネスコの暫定リストに追加することを決定します。ユネスコの「範囲が広すぎる」との指摘を受けて遺産の対象を奄美大島と徳之島、沖縄島北部、西表島に限定しました。世界自然遺産への推薦は国立公園指定が不可欠です。希少種や固有種の厳重な保護を図るためです。16年9月、奄美に先行する形で沖縄島北部に国内33番目の「やんばる国立公園」が誕生しました。
やんばるに遅れること9カ月、17年3月7日、奄美群島国立公園が誕生しました。国内で34番目、県内では4カ所目です。区域は奄美の12市町村にまたがり、陸域海域合わせて7万5000ヘクタールに及びます。国立公園のテーマは「生命にぎわう亜熱帯の島~森と海と島人(しまっちゅ)の暮らし~」。従来にはない「生態系管理型」「環境文化型」の国立公園が誕生し、世界自然遺産登録に向けて弾みがつきました。

国立公園指定を祝い横断幕=2017年3月7日、奄美大島・龍郷町

▼後編はこちらからご覧ください。
奄美に見る「持続可能な社会」③世界自然遺産の島【後篇】

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文/久岡 学・元南海日日新聞https://retaction-ryukoku.com/1447社編集局長

1985年、南海日日新聞社入社。2018年4月~21年3月、編集局長。現在は嘱託で文化面の編集業務に当たる。主な著書(共著)は「田舎の町村を消せ」(南方新社)、「奄美戦後史」(同)、「奄美学」(同)、「『沖縄問題』とは何か」(藤原出版)など。「宇検村誌」にも執筆。

▽参考文献 環境庁HP、文化庁HP、南海日日新聞、宇検村誌「国立公園指定と世界自然遺産登録」、令和3年度奄美群島の概況(鹿児島県大島支庁)。写真提供=南海日日新聞社