2025年10月8日、龍谷大学深草キャンパスの成就館にて、特別シンポジウム「多様性をあたりまえに 一本のドリンクから社会を変える」が開催され、対面で100名、オンラインでは110名の方にご参加いただきました。
登壇者は、チェリオコーポレーション代表取締役社長の菅大介さん、龍谷大学学長の安藤徹さん、副学長でDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)推進担当の村田和代さんの3名です。
チェリオコーポレーション(以下、チェリオ)は、「誰もが自分らしく生きられる多様性社会」の実現を目指し、積極的に発信を続けている清涼飲料水メーカーです。
シンポジウムでは、LGBTQ+支援をはじめとするDE&I推進について、企業と大学それぞれの立場から意見が交わされました。
認知から共感、行動へのステップ

チェリオコーポレーション代表取締役社長 菅大介さん
菅:「私は東京大学で、ハワイ先住民族の主権回復運動や、アメリカのマイノリティ・ライツについて学びました。その後、スタンフォード大学ビジネススクールに進学し、アメリカ社会の中で“マイノリティとして学ぶ”という経験をしました。
スタンフォード大学は“競争ではなく協力を”の精神のもと、世界中から集まる多様な人材の違いをチャンスに変えて事業化する文化が根付いていました。こうした環境に感銘を受け、家業であるチェリオに戻った際には、『事業を通じて社会を変えるモデルをつくりたい』と考えるようになりました。
2011年の東日本大震災をきっかけに、チェリオでは『Change with Cheerio』という活動を開始。2014年からは、LGBTQ+が前向きに生活できる社会の実現を目指して各地で開催されるイベント『レインボープライド』のスポンサーを続けています。
当初は、LGBTQ+やDE&Iという言葉自体がまだあまり知られておらず、参加する社員もごく少数でした。しかし現在では、社員の約9割がLGBTQ+を認知し、2024年は全国14か所で行われたプライドイベントに、全社員の延べ26%にあたる184名が参加しました。」

菅:「一般の消費者に向けては、人気飲料『ライフガード』のパッケージにレインボーフラッグと“HAPPY PRIDE”というメッセージを掲出しています。また、“DE&Iが水のように、当たり前で普遍的な存在になってほしい”という想いから、すべての水製品にもレインボーフラッグをデザインしています。」

龍谷大学学長 安藤徹さん
安藤:「大学は、さまざまな社会問題に向き合い、解決策を考える場です。龍谷大学では、2039年の創立400周年に向けた長期計画『基本構想400』を策定し、“世界の平和に寄与するプラットフォーム”になることを掲げています。社会変革の中核的な担い手を目指し、学生や教職員には『まず自分たちで先導的なモデルを作り、社会を巻き込みながら動かしていこう』と呼びかけています。
チェリオさんの取り組みは、我々にとっても多くを学ぶ機会となります。そこでひとつ質問ですが、トップである社長が『やろう』と言っただけでは、社員がすぐに行動に移すわけではないと思います。社員の意識や行動がどのようなプロセスで変容していったのか、教えていただけますか?」
菅:「ひとつは、多様性への理解を持つ若者が次々と入社してくれたことです。若い社員が、みずからイベントを企画したり、ニュースレターを作成したり、レインボープライドへの参加を呼びかけたりしています。もうひとつは、人と人との信頼関係を築いたことです。業績が厳しい時期には、各地に赴任して事業再建に取り組みました。その際、現状がうまくいかない場合には『だからこそ変化を起こそう』と語りかけ、共に行動することで信頼関係を築いてきました。
レインボープライドのスポンサーになった当初に、『お前がやるならとりあえず行くわ』と参加してくれた男性社員がいました。彼は『最初はよくわからなかったけど、歩いてみたら大事なことだと理解した。来年は同僚や部下を必ず連れてくる』と言ってくれました。
そうした小さなきっかけが輪となり、参加者の輪が次第に広がっていきました。」

性的指向、性自認(SOGI)に関する龍谷大学の対応についてまとめた冊子『龍谷大学 SOGIE /LGBTQ+ キャンパスライフガイド』
性的指向・性自認(SOGI)に関する龍谷大学の対応
安藤:「『情理を尽くす』という言葉があります。情と理が相まって物事が動き出すという意味ですが、まさにチェリオさんの取り組みにも通じるものがあります。知識は必要ですが、それだけでは不十分で、共感を生み出し、行動に結びつけることが重要です。きっかけをどう作り、どのように環境を整えるかは、大学としての重要な役割だと改めて感じました。
村田副学長が中心となって進めているDE&Iの取り組みに関しては、今年度中に正式な宣言を発出する予定です。また、本学で作成した冊子『キャンパスライフガイド』でも、多様な取り組みを紹介しています。」
菅:「多様性のあり方やイノベーションの進め方については、良い事例を互いに共有しながら前に進めていくことが理想的です。安藤先生がおっしゃる通り、やはりアカデミアの果たす役割は非常に重要だと思います。」
組織を動かすリーダーの役割

龍谷大学副学長(DE&I推進担当) 村田和代さん
村田:「私にとってLGBTQ+は、ずっと当たり前のものでした。中学生の頃に当事者の友人がいたこともありますし、もうひとつ大きかったのは、博士論文を執筆していたニュージーランドでの経験です。
私の研究分野は社会言語学ですが、ゼミの先生はジェンダーと言語も専門にされており、ゼミ仲間とのパーティーで同性のパートナーを連れてくる人もいました。
安藤学長のお話をお聞きして感じたのは、知識よりもアクションが大切であり、それを“自分ごと”として捉えることがさらに重要だということです。また、レインボープライドの話からは、楽しさがイノベーションを生むことも理解できました。」
菅:「チェリオの課題のひとつは、女性の働き手を増やすことです。週7日24時間稼働の工場や、1日で13kgの段ボールを200箱運んで自動販売機にジュースを補充するトラック運転手の業務は、女性にとって負担が大きい場合が多いのですが……。現在、本社機能部門では42%が女性です。お客様の半分は女性ですし、当事者の方もいらっしゃるので、多様な立場の人に心を配れる組織にしたいと考えています。」
村田:「龍谷大学では、女性教員を30%まで増やすことを目標にしています。なかなか思うように進まないこともありますが、構成員が変われば多様な意見も生まれるでしょう。副学長の仕事は大変ですが、楽しみながら取り組んでいます。ところで、これからの高等教育や大学に望むことはありますか?」
菅:「役職に就く人は能力で判断されがちですが、マネジメントとリーダーシップはまったく異なります。マネジメントは戦略やオペレーションを用いて“物語を作る”役割であり、リーダーシップは学長がおっしゃった“情理を尽くす人”です。
リーダーが変われば、総務・人事・経理など分散していた組織も、リーダーを軸に動き出します。リーダーシップを目指せる場が、より多様な人に開かれていくことが理想だと思います。」
「多様性」「LGBTQ+」という言葉への向き合い方
安藤:「現在、『多様性』という言葉は日常的に使われるようになっています。しかし、多様性という言葉を使う人の多くは、マジョリティの立場から見て、自分たちが許容できる範囲で用いているに過ぎないと感じます。その結果、本来の意義が薄まったり、場合によっては逆の効果を生んだりすることもあります。だからこそ、言葉を信頼して丁寧に使うことが必要だと思います。
たとえば、『男女共同参画』という言葉には、『参加』ではなく『参画』という意味があります。女性も主体的に意思決定に関わることを表現するために、『参画』という言葉の力が込められています。
言葉遣いによって新たな気づきが生まれる一方で、取りこぼしも生じます。その意味の取りこぼしを理解したうえで、言葉と向き合い、活用していくことが大切です。」
菅:「大変共感します。『LGBTQ+』の“+”には、LGBTQの枠組みでは表しきれないアイデンティティが含まれています。そもそもアイデンティティは一人ひとり固有のもので、すべての人を同じ言葉でくくることはできません。そのため、私たちは『LGBTQ+を支援しています』とは言わず、『アイデンティティとパートナーシップの選択を尊重する』という表現を掲げています。
自分がどんな自我を持ち、誰と生きるかを選ぶことは、人生における重要な判断です。仕事に関しても、会社の目標や理念を共有しながら、自らの意思で選択する場だと考えています。だからこそ、同じ目的をもつ仲間のアイデンティティやパートナーシップの選択を尊重しています。
こうした価値観が社員の家族や周囲へと広がり、行動が連鎖して社会全体に浸透していくと信じています。」
企業と大学、そして一人ひとりの意識が変わることで、「多様性をあたりまえに」できる社会が近づいていく。その実現へ向けた確かな一歩となりました。