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創業100年以上の企業にアンケート調査——時代を生き抜いてきた老舗の実態とは?

コロナ禍という未曾有の危機を乗り越え、再び多くの観光客で賑わう京都。その魅力を支えてきたのが、伝統と文化を受け継ぐ老舗企業です。
しかし、創業100年以上の京都の老舗のうち、1割以上が現在の経営者の代で廃業を予定していることが、龍谷大学と京都府が共同で実施したアンケート調査により明らかになりました。
この調査に、経済学部の辻田素子教授と共に携わった経済学部3年生・近井優斗さんに、京都の老舗が抱える課題や取り組み、今後の展望について伺いました。

近井 優斗さん(経済学部3年生)

廃業を検討している企業が1割以上

———まずは、今回行った京都の老舗に関するアンケート調査の概要を教えてください。

近井:調査の対象は、京都府で100年以上にわたり事業を営み、京都府から表彰された「京都老舗の会」会員企業2,039社です。このうち連絡が可能だった1,391社にアンケートを送付し、37.9%にあたる527社から回答をいただきました。
回収されたデータは、辻田素子教授、木下信准教授、新居理有准教授、経済学部卒業生の平野さとさん、そして私の5名が中心となって分析しました。

 

———近井さんがこのプロジェクトに参加されたきっかけは何だったのでしょうか?

近井:正直なところ、最初から老舗や伝統文化に関心があったわけではありません。
大学1年生の頃は大教室での講義が中心で、「せっかく京都にいるのに、現地ならではの経験ができていない」と感じていました。そんな時、経済学部で京都の老舗に関するプロジェクトがあると聞き、「京都の大学生にしかできないことがしたい」と思い、参加を決めました。

 

———今回の調査で、どのような実態が明らかになったのでしょうか。

近井:興味深かった点は、大きく二つあります。
まず一つ目は、老舗の約1割が現在の経営者の代で廃業を予定しているということです。主な理由としては、現社長が高齢で後継者がいないケースや、家系重視の方針からM&Aなどの外部による事業承継が検討されていないケースが多く見られました。廃業によって従業員の雇用が失われるだけでなく、京都の伝統文化の継承にも大きな影響を及ぼすため、たとえ小規模な企業であっても、その存在は極めて重要だと感じました。

京都老舗の事業承継調査(龍谷大調べ)※小数点第二位を四捨五入しているため、合計は100にならない場合があります

 

従業員4人以下の事業者では、4社に1社が廃業を検討していることも判明

 

———興味深かったことの二つ目は?

近井:「経営課題の解決において何を重視するか」という質問に対し、企業のタイプが4つに分類できた点です。
最も多かったのは「自身の経験や信念」で、どんな困難もリーダーシップで乗り越えようとする“自力解決型”(下表・赤)。次に多かったのは、社会情勢やパンデミック、円安など「外部要因」に経営不振の原因があると考える“他責思考型”(下表・紫)。その次が、情報共有やネットワークを活用する“社会関係資本活用型”(下表・緑)。そして最も少なかったのが、「社是・家訓」や「先代の助言」を重視する“伝統継承型”(下表・青)でした。ひとことで老舗といってもひとくくりではなく、こうしたタイプに分類できた点は非常に興味深いと感じました。

 

「経営課題の解決において何を重視するか」という質問への回答結果

 

———老舗も、長く続けていく中で様々な問題に直面し、時代に合わせて変化し続けているということでしょうか?

近井:そうですね。就職活動をしている人の中には「安定」を重視する人も多いと思いますし、私自身も100年以上続く老舗は非常に安定していると考えていました。でも実際に話を聞くと、皆さん口を揃えて「長く続いているからといって、決して安定しているわけではない」とおっしゃっていたのが印象的でした。

老舗で働く若者の本音をリサーチ

———2025年3月、龍谷大学で調査結果の報告会が行われたそうですね。近井さんは、「京の老舗の人材確保と若者の就職観」というテーマで発表されたとか。

近井:はい。今年から3年生になり、自分の就職も視野に入る時期なので、より当事者意識を持ってこのテーマに取り組みました。若者の就職観と、老舗が抱える人材確保の課題を掛け合わせ、調査結果と独自のインタビューをもとにレポートを作成しました。

 

———就職先として老舗を選んだ方々の考えは、どのようなものでしたか?

近井:和菓子職人や、旅館のフロント業務に携わる方々にお話を伺いました。皆さんに共通していたのは「自分のスキルが磨ける」「地元に貢献できる」という点で老舗を選ばれていたことです。“安定”を求めて老舗に入るのではなく、自らの成長の場として「やりがい」を重視している姿が印象的でした。
また、採用の過程で時間をかけて本音で向き合う姿勢に、老舗ならではの誠実さと丁寧さを感じました。その結果、ミスマッチが少なく、離職率も低く抑えられており、クオリティの高い商いを持続できている点に、老舗の取り組みの力を感じました。

京都の老舗旅館「柊家旅館」

グラデーション的な変化が大事

———老舗がこれからも京都で存続していくために、何を守り、何を変えるべきだと考えますか?

近井:守るべきは「信用第一」の精神です。多くの老舗の方々が「私たちの強みは信用です」とおっしゃっていました。良質な商品はもちろんですが、それ以上にお客様との信頼関係が根本にあります。この価値観は変えるべきではないと強く感じました。
一方で、変えるべき点は、社会の変化に柔軟に対応する姿勢だと思います。

 

———ただ、変化によってこれまでの顧客が離れてしまう懸念もありますよね。

近井:そうですね。ある老舗の社長が「一気に変えるのではなく、グラデーションを描くように少しずつ変えていくことが大切」とおっしゃっていました。例えば和菓子の味にしても、お客様が気づくか気づかないか程度の変化を重ねていくことで、年配の常連客にも若い新規客にも愛される味に進化していける。老舗ならではの知恵だと感じました。

 

———近井さんご自身も、和菓子を買う機会が増えたとか。

近井:はい。以前は「安くて美味しい」が選ぶ基準でしたが、今は誰かへの手土産には、できるだけ老舗の本店まで足を運び、購入するようになりました。実際にお店に訪れることで、味覚だけでなく、店の空間や包装、ショーケースの美しさなどを通して、その背景にある伝統や文化にも触れることができます。今回のプロジェクトを通して、老舗ならではの細やかな心配りに気付けるようになったのが、大きな変化でした。

SNSや書籍で老舗の魅力を発信

———若者に老舗の魅力を伝えるには、どのような工夫が必要だと思いますか。

近井:若者の“老舗離れ”の背景には、老舗側の情報発信が若者のニーズに十分対応できていないことが一因としてあると感じています。もちろん、SNSに取り組んでいる老舗企業もありますが、思うように成果が出ていないという課題も多く聞かれます。以前であれば、パンフレットや新聞広告などの広告手段で十分だったかもしれませんが、今の時代はSNSでのこまめな発信が不可欠だと思います。
現在、経済学部の授業の一つである『地域活性化プロジェクト』では、「川島織物セルコン」の魅力をまとめた書籍を制作予定です。同社も今後はSNS発信に注力したいと話されており、私たち学生の視点を活かして、企業側と若者とをつなぐような提案ができればと思っています。

書籍『ツカキグループ: 「三宝よし」の近江商人』/龍谷大学経済学部編著

 

———書籍づくりにも携わっているんですね。

近井:はい。経済学部の先輩方が手がけた「あなたの知らない京の老舗シリーズ」では、第一弾としてファッション商社「ツカキグループ」を特集した書籍がすでに発刊されています。
現在は、第二弾として創業200年以上の老舗旅館「柊家(ひいらぎや)旅館」、第三弾として“くずきり”で有名な「鍵善良房(かぎぜん よしふさ)」を取り上げた書籍を制作中で、私はその第三弾の制作に参加しています。
これらの書籍はいずれも、老舗企業のガイドブックとして楽しめるだけでなく、京都の知られざる一面に触れることができる作品となっています。経済学部で本づくりに関われるとは思っていなかったので、編集者として自分の名前が書籍に載る日をとても楽しみにしています。
なお、先輩方が制作した第一弾の書籍は、龍谷大学の図書館にも所蔵されていますので、ぜひ手に取ってご覧ください。

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