沖縄の小型焼却炉製造メーカーがいま国内外の注目を集めています。トマス技術研究所(本社・沖縄県うるま市)です。社長は奄美市名瀬出身(奄美大島)の福富健仁(ふくとみ・けんじ)さん(59)。
福富さんは2003年にトマス技研を立ち上げ、小型焼却炉「チリメーサー」を開発しました。チリメーサーはごみを燃やした際に煙が発生せず(無煙)、ダイオキシンは国の基準の50分の1以下と大幅に抑えることができるうえ、焼却灰も少量という画期的製品です。大規模プラントに比べて安価で設置できるコストも魅力です。チリメーサーは沖縄の離島自治体を中心に導入が進み、インドネシアのバリ島も導入しました。離島、僻地のごみ問題の救世主ともいえる存在になっています。
始まりは「京都会議」
福富さんは奄美市名瀬の大島高校を卒業後、琉球大学工学部へ進みます。卒業後は民間企業や専修学校に勤めていました。
運命を変えたのが1997年の京都会議でした。京都会議は地球温暖化防止のため、先進各国が二酸化炭素などの温室効果ガスの削減目標を定めました。福富さんは廃棄物処理のプラントメーカーに転職。2003年1月、独立してトマス技術研究所を立ち上げます。「トマス」は福富さんのクリスチャンネーム。「尊敬するエジソンのファーストネームをいただいた」と福富さんは話します。

トマス技術研究所
チリメーサー誕生
離島、特に小さな島のごみ問題は深刻です。例えば廃タイヤ処理。タイヤは燃やすと高熱を発し、有毒ガスを含んだ黒煙が立ち上ります。島内には処分業者がなく、島外に持ち出すしかありません。処分するには本土以上のコストが掛かります。福富さんは「離島僻地の問題は離島で育った自分にしか分からない。離島の事情に即したダイオキシン対策、小型焼却炉が必要だ」と考え、試行錯誤の末、「チリメーサー」を開発しました。
沖縄の方言でチリは「ごみ」、メーサーは「燃やそう」という意味です。一般ごみや生ごみ、廃プラスチック、タイヤを燃やしても煙は出ません。焼却灰は細かくて少量です。産廃の量も減るため、最終処分場の負担も軽くなります。新規参入とあって、開発当初は需要がありませんでしたが、2004年1月、沖縄の産業まつり・発明工夫展で運命が変わります。特許・実案の部で県知事賞(最高賞)を受賞し、チリメーサーは産廃処理機として沖縄県の認可を受けました。その後、産廃業者、リゾートホテルなど、ごみ問題に悩む業者、自治体が次々と購入していきました。

製品パンフレットより作成
バリ島へ
沖縄で快進撃を始めたチリメーサーにインドネシアが注目しました。2012年のことです。政府の高官が福富さんを訪ねてきたのです。バリ島は観光地ですが、ごみ処理が大きな課題であり、医療廃棄物をはじめ産廃が処分場に山積されていました。高官は「この分別されていないごみを処理できるか」と聞いてきました。福富さんは「できる」と答えました。ごみの中から使えそうなもの、おカネになりそうなものを子どもたちが探していました。福富さんは「感染症の危険がある」と感じ、チリメーサーで貢献したいと考えました。
福富さんはさらに、「日本の補助金を活用してインドネシアにチリメーサーを導入できないか」と考えます。その後、チリメーサーは国際協力寄稿(JICA)の中小企業・事業に採択され、16年12月、バリ島の市立ワンガヤ総合病院に設置され、運転を開始しました。
チリメーサーの効果はてきめんでした。病院の副院長は「チリメーサーは煙が出ないので、住民も焼却炉が動いていることに気がつかないほど」と絶賛しました。
超小型チリメーサー、青ヶ島へ
2022年3月、東京都に初めて導入されました。導入先は青ヶ島。青ヶ島はカルデラを有する火山島です。面積は5・96平方㎞。東京から南へ358㎞、八丈島からも70㎞離れた絶海の孤島です。本土から飛行機の直行便はなく、羽田空港からまず八丈島に飛び、八丈島からはヘリコプターに乗り換えます。船の場合は東京・竹芝桟橋から八丈島を経由していきます。一島一村で、青ヶ島村の人口は161人(2024年10月1日現在)。
青ヶ島村の立川佳夫村長(当時)は「小さな村でも脱炭素社会の一翼を担いたい」との方針を掲げ、「ごみを必要以上に出さない」「輸送費負担が大きい大型ごみを環境に配慮した方法で処理する」といった施策を進めていました。そこで注目したのが沖縄県の離島やインドネシアでも導入されているチリメーサーです。
トマス技研が手掛けるチリメーサーが①人口の少ない離島で焼却処理するため、小型であること②技術者も少ないため、修理が簡単にできること③人手不足のため、誰でも燃やせること④メンテナンスに費用をかけなくてもいいこと―を追求している点に共感したといいます。しかし、東京都の基準(火床面積0・5㎡以上)に合致せず、導入は思うに任せません。
青ヶ島村の担当者は都側と懸命に交渉を続けています。そこでトマス技研も一念発起します。火床面積0・504㎡の「東京型」の開発に成功します。福富さんは「従来型の性能を維持しながらのカスタマイズには苦労もあったが、青ヶ島のニーズを満たしつつ、東京都の条例をクリアする製品をつくり上げることができた」と安堵の表情を浮かべていました。
村側は環境保全だけでなく、チリメーサーを活用した海洋教育や地域デザインにも取り組んでいく方針です。
ビーチクリーンにも一役
沖縄の離島や奄美の自治体が頭を悩ませているのが漂着ごみ問題です。漂着ごみは一般廃棄物として処理できます。このため、各地でボランティア団体や有志によるビーチクリーン活動が行われています。トマス技研のチリメーサーはビーチクリーンにも一役買っています。
2025年2月、沖縄県恩納村の与久田(よくた)ビーチでウミガメ保護団体「チュラムラ」主催のビーチクリーンが行われました。当日は気温9℃、風速10mという厳しい気象条件でしたが、50人以上のボランティアが集まり、2時間かけて約1㌧の漂着ごみを回収しました。トマス技研は移動式の小型焼却炉「モバイル チリメーサー」をトラックで持ち込みました。
漂着ごみは日本の周辺諸国から沖縄、奄美の海岸に流れ着きます。一度回収しても、すぐさま大量のごみが流れ着く。ペットボトルなどプラスチック製品、発砲スチロール、漁網など自然には分解されにくいものが多く含まれています。
ここでもチリメーサーが威力を発揮しました。通常の場合、回収したごみは処分場まで運ばなければなりませんが、今回は違いました。運搬の労力や時間がいらないのです。チリメーサーを使って、ごみをその場で焼却処理することができました。ビーチもすっかりきれいになり、参加者は大喜び。チリメーサーの効果に感動していました。
沖縄県の宮古島市は漂着ごみ対策として小型焼却炉「チリメーサーTG―49型」を導入。クリーンセンターに設置しています。
進化するチリメーサー
チリメーサーの一号機を開発して以降、中型焼却炉やごみを燃やしたときに出る熱を給湯設備の熱源として利用でき「サーマルチリメーサー」、前述した「東京型」、トラックで運搬できる「モバイル チリメーサー」などさまざまな製品を開発しています。近年は廃畳をそのまま処理できる「タタミメーサー」、建物の解体工事の際に出る型枠財やプラスチックなど大きなごみを丸ごと処理できる「建築解体チリメーサー」も製品化しました。人々のニーズや時代に合わせて日々進化しています。
夫婦二人で立ち上げた会社はいまでは従業員25人。沖縄の本社に加えて東京営業所も開設しました。

タタミメーサー
福富さんの心にはいつも古里・奄美と、沖縄の自然豊かな風景があります。「私は小さな島、奄美大島で生まれ、美しい自然の中で育ってきた。未来ある子どもたちのために、より住みよい地球環境を残したい。微力ながら尽力、邁進していきたい」と話していました。
トマス技研はSDGsが目指す17項目のうち、⑧(質の高い教育をみんなに)、⑨(産業と技術革新の基盤をつくろう)、⑪(住みつづけられるまちづくりを)、⑬(気候変動に具体的な対策を)の4項目に該当する企業と評価を受けています。
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文/久岡 学・元南海日日新聞社編集局長
1985年、南海日日新聞社入社。2018年4月~21年3月、編集局長。現在は嘱託で文化面の編集業務に当たる。主な著書(共著)は「田舎の町村を消せ」(南方新社)、「奄美戦後史」(同)、「奄美学」(同)、「『沖縄問題』とは何か」(藤原出版)など。「宇検村誌」にも執筆。
▽参考文献・資料 トマス技研HP、トマス技研メールマガジン、「ボランティア学研究」(2021・2・21)=国際ボランティア学会=、南海日日新聞2018年新年号