6月上旬、北欧と日本の専門家がスタートアップについて語り合うイベント「Nordic Talks-より良い社会に向けたスタートアップエコシステムの築き方」に参加した。登壇者たちは実際の起業家もいれば、スタートアップコミュニティや投資家の代表、大企業からスタートアップ企業に転職した方など幅広く、それぞれの立場から面白い話が多く聞けた。
解雇がスタートアップのきっかけに
北欧は、世界でも有数のスタートアップを多く産出している地域だ。ユニコーン企業(評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップ企業)は北欧5か国で80社ほど。一人当たりのユニコーン企業輩出数は、シリコンバレーに次いで世界最多となっている。特にディープテックと呼ばれるSDGsにもつながる高い問題解決力を秘めた専門性の高い技術に関連するスタートアップが多い。
中でも、フィンランドのスタートアップシーンは世界でも大いに注目されている。先日東京で開催されたスタートアップイベントSusHi Tech Tokyoには、多くのフィンランド人が登壇し、これまでの経験や成長の秘訣を参加者に共有した。
だが、フィンランドも昔から起業が盛んだった訳ではない。私が留学していた2000年から2005年はNokiaの携帯電話が世界を席巻していたため、その関連会社や製紙、エネルギー、鉄鋼などの大企業に入りキャリアを積むことが多くの学生の夢であった。しかし、10年ほど前、Nokiaは携帯事業をマイクロソフトに売却。それに伴い、数万人もの社員が解雇されることとなった。実はその出来事が、多くのスタートアップを生み出す結果をもたらした。Nokiaは起業に関心のある社員たちにノウハウを教え、高い技術を持ったエンジニアと様々なアイデアを持った人たちがとつながれるよう支援し、続々とスタートアップが生まれたのだ。この15年ほどでスタートアップは非常に身近なものとなった。今では、フィンランドの高校生の半分以上が将来のキャリアの選択肢に「起業」を入れるほどだ。
スタートアップを支えるもの
こうしたスタートアップが今に至るまで盛んな背景には、フィンランドが今後の経済成長をスタートアップやイノベーションに期待し、起業を促し支えてきたことがある。フィンランドのスタートアップ文化の特徴は多くあるが、代表的なものをいくつかあげてみたい。
1, Slush
毎年11月末~12月にかけて、Slushという世界有数のスタートアップイベントがヘルシンキで開催される。始まった当初は、起業家同士がお互いの失敗談や悩みを共有するための小さなイベントだったが、今は世界中から起業家、投資家、インフルエンサー、メディアなど1万3000人もの人たちが集まる。特徴的なのは、運営は大学生が行っていることで、支える人員もほとんどが学生ボランティアだ。
なぜ学生なのか。Slushの運営にも関わり、日本で学生ボランティアを多く使ってスタートアップイベントTake off Tokyoを運営しているアンティ・ソンニネンは冒頭のイベントで「若い人に責任と自由を与えると、時には失敗もするかもしれないが、今までにない新しいものを生み出す可能性もある」と答えている。
Slushはまるでコンサートに来たかのようにレーザー光線が飛び交う。学生たちは世界的起業家を間近に見て、直接話をすることでおおいに刺激を受ける。かつて運営に関わっていたメンバーがその後、起業することは珍しくない。しかも数年後には起業家としてイベントの舞台に立ったりもするのだ。
2, ネットワークと連携
フィンランドのスタートアップは大学や研究由来のものも多い。大学、研究機関、官民、自治体といった様々なステークホルダーの垣根は低く、連携・協力しあう文化がある。フィンランドのアールト大学はそのいい例で、研究をもとに毎週ひとつ以上のスタートアップが誕生しているという。さらに、全国にあるスタートアップを支えるコミュニティも活気があり、様々な課題に直面する起業家たちを支援し、起業家同士の交流を促す。
彼らがよく言うのは「フィンランドは小さい国だから」という言葉。ライバルであっても秘密主義でいるのではなく、お互いに協力し支えあいながら、共に前進した方がいいと考えている。さらに、フィンランドはもともと上下関係がなくフラットな文化で、人口も少ない。会いたい人にすぐに直接連絡し、会うことが可能で、ネットワークが築きやすい。それは、シリコンバレーにはない文化だと言う。
3,高い技術力と語学力
教育水準が高く、高度な技術をもったエンジニアを多く輩出しているため、アイデアを実現する技術力がある。さらに、フィンランド人は英語が堪能だ。そもそもフィンランド語を話すのは多く見積もってもフィンランド人550万人と考えると、ビジネス市場は大きくない。投資家の数にも限りがある。そこで、フィンランド人は初めからグローバル志向だ。早い時期からEU、さらには北米、日本を含めたアジアも視野に入れ、ビジネスを拡大させていく。
4,失敗を許容する文化
起業に失敗はつきものだ。成功している起業家も経験を聞くと、その前に起業を失敗していたり、なかなかヒット作に恵まれなかったり、紆余曲折を経ているケースがほとんどだ。だからこそ、起業家は様々な場所で失敗談も共有し、失敗から学ぶ重要性を語る。
フィンランド人は本来、どちらかというと慎重派でリスクを恐れる。だが、最近はリスクのある起業に対しても否定的にとらえることはせず、失敗したとしても、また人生をやり直せると信じている。とりあえずやってみて、ダメだったらまた勉強したり、就職したりすればいいと、本人も周りも考え、起業へのハードルも低い。
さらに、起業助成金と呼ばれる起業家の生活を最低限保障する金銭的な手当や、海外から起業のためにフィンランドに移住する人向けのスタートアップビザ支給など、公的な支援も充実している。
今後の成長に必要なもの
冒頭のNordic Talksのイベントの話に戻りたい。北欧でも日本でも、スタートアップへの機運はますます高まっている。登壇者たちは、スタートアップは、大企業がなかなかできないニッチな開発をスピード感をもってできることや、新たな視点を与えることが魅力で重要性が増している。しかも、日本はまだまだスタートアップの伸びしろが大きいと言う。良いアイデアも技術力もある。今は、国や自治体がスタートアップを歓迎し、金銭的支援も増えている。
では、今後の課題は何か。それは、まずプレーヤー不足だという。環境はととのっているが、まだまだそれ実行するプレーヤーが圧倒的に少ない。プレーヤーの数が増え、多様化することで、大きく成長するスタートアップが生まれやすくなる。
さらにスタートアップならぬ、「スタートダウン」についても言及があった。時代に合わない企業は平和的に消えていくことも必要で、植物が朽ちて最後はたい肥となるように、痛みは伴うかもしれないが古いものがなくなり、それを栄養として新しいものが生まれてくる新陳代謝が必要なのだと言う。
加えて、グローバル戦略も欠かせない。スタートアップの成長には国内の投資などで補えるものではなく、世界の投資家を味方にする必要がある。ただ、それにはグローバル戦略や言語、スキルが必要で、世界の投資家の考え方や、やり方を知り、それに合わせていくことも必要だという。
さらに、話は多様性、インクルーシブ性にも及んだ。例えばフェムテックビジネスをしようとしたら、あくまで健康器具でも、風俗法などをクリアしなければならなかった話や、企業や投資家の代表は男性が多く、女性の体の話というだけで、投資家たちが興味を失った経験談も語られた。これは日本に限らず、スタートアップの世界ではどこの国でもまだ男性主導なことが多い事実もある。世界の人口の半分は女性。そして、女性が起業した企業の方が、リターンが多いという調査結果にも関わらず、VCは相変わらず男性起業家に集まりやすいという統計もあるそうだ。これは、今後、さらなる努力が必要なのは違いない。
最後、トークイベントでは10年後の東京・日本はどうなっていてほしいか、という質問があったが、世界トップ10に入るような企業が生まれていてほしいという回答があった。そしてふと、以前、日本の元経産大臣が講演会で言っていた言葉を思い出した。「日本にはものづくり、起業のDNAがあります。今ある大企業も、もともとは生活を変えたい、良くしたいと一人がはじめたものなのです」。
今、そのDNAを呼び起こす時がきているのかもしれない。
Nordic Talks https://www.youtube.com/watch?v=zfuR0u4pmDY
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文/堀内 都喜子
長野県出身。フィンランドのユヴァスキュラ大学大学院でコミュニケーション専攻、修士号取得。現在フィンランド大使館広報部に勤務。著書『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)。『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)など。翻訳『チャーム・オブ・アイス~フィギュアスケートの魅力』(サンマーク出版)