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政治をより身近に、子どもも参加するフィンランドの選挙

フィンランドで今年3月、6年に1度の大統領選挙が行われた。投票率は75%。昨年の国政選挙でも投票率は70%を超えた。一般的に低いと言われる10代~20代の投票率も5割を超える。その背景には国民の政治や社会参加への関心の高さがあるが、掘り下げてみると、幼いころから自然に政治や民主主義に親しみ、選挙権のまだない子どもや若者も選挙に巻き込む仕掛けがあった。

新大統領誕生

3月1日、フィンランドではアレクサンデル・ストゥブ新大統領の就任行事が行われた。大統領の任期は最長2期12年。フィンランドには首相と大統領がいるが、首相は通常、与党党首が議会で選出され、主に国内政治やEU内の調整などを行う。一方大統領は国民の直接選挙で選ばれ、政党活動から離れて国の代表として、対外場面で手腕を発揮する。影響力は絶大で、たとえ任期を終えても生涯「大統領」と呼ばれ、国民からの尊敬や信頼をあつめる。

そんな長く国の「顔」となる人を選ぶ大統領選挙は、国民の関心も投票率も高い。今年1月、9人の候補者で争った第一回目大統領選の投票率は75%。その後、上位2名で争われた決選投票は、71%であった。

選挙期間中に若者代表との直接対話も。中央は大統領に就任したストゥブ氏 photo:Allianssi

会いに行ける候補者

各候補者は選挙期間中、全国の集会所や広場をまわって演説をし、地元の人たちとの直接対話の機会を多くもつ。老若男女、関心があれば候補者に会いに行って意見を言ったり、質問したりができる。候補者たちは一般人と変わらないカジュアルな服装で、コーヒーやケーキなどを振舞いながら積極的に意見を交わす。「清き一票を」と名前を連呼するような姿はない。

メディアも多様な質問を本人に直撃し、連日、各候補者の主張や違いを報じる。対ロシア対策やウクライナ支援など外交問題から、女性の徴兵制はありかなしか、LGBTQの人たちの権利についてどう考えているかなど、トピックスは幅広い。
こういった質問への回答は、「ボートマッチ」にも活かされる。ボートマッチとは、日本でも最近使われるようになってきたが、自分の考えに一番近い候補者を教えてくれるオンラインツールで、利用者は質問に回答していくと、最後に「あなたの考えに一番近いのは○○です」と出てくる。フィンランドでは各メディアが選挙のたびに「ボートマッチ」を作成し、決まった支持政党や政治家がいない人たちの利用が多い。

さらに、大統領候補者をスタジオに招いて討論する番組も人気だ。特に注目度が高いのが、公共放送YLEによる「大統領テスト」だ。候補者別に1時間をかける生放送番組で、たった一人で台本のない中、ジャーナリストが放つ鋭い質問の矢面に立たされる。囁いてくれる秘書や専門家がいるわけではなく、自分の言葉でわかりやすく、毅然と答えていかなければならない。終了後にはスタジオで専門家が回答を分析したり、視聴者が厳しいコメントをSNSに書いたりもする。たった一言の失言が、支持率を多く下げることにもつながるが、人柄や考えを伝える絶好のチャンスにもなりえる。

選挙権がない子どもや若者も一緒に

こういった候補者をテストする番組は、選挙権のない子どもたち向けにも作られる。ユニセフが関わる民放の番組では、各候補者が小学校の教室を訪れ、子どもたちに審査される。子どもらしくクイズやなぞなぞを出してきたり、「絵を書いて」といったテストもあったりするが、素朴だが鋭い質問も多い。「戦争はどうして起きるのか」「自分を支持しなかった人たちに対して、大統領になったらどうするのか」「大統領になったら、子どもや若い人たちのために何をしてくれるのか」「一番大切にしている価値観は何か」「今までの大統領と違う部分は何か」。

子どもと目線を合わせてわかりやすく議論する立候補者もいれば、居心地悪そうにしている候補者もいて、なかなか面白い。この番組の趣旨は、子どもたちに政治や選挙を身近に感じてもらうこと、そして候補者や有権者に「子どもの権利」や社会課題に関心をもってもらうことを目的としている。選挙権がなくとも、彼らは社会を構成する一員で、子どもの声を聴くのも大人の大事な役目なのだ。

模擬選挙の様子。選挙管理人も学生たちが務める。Photo: Allianssi

本物そっくりの模擬選挙

そもそも、フィンランドで選挙は民主主義や政治を学ぶ絶好のチャンスとして、様々な取り組みが子どもや若者向けに行われている。その一つが、実際の選挙の数週間前に、全国の多くの小・中・高校で行われる模擬選挙だ。模擬といっても本当の候補者に対して投票する。投票までの流れも、投票用紙もすべて本物そっくりだ。投票の前には、授業で各候補者の主張を調べたり、候補者になりきって論点をまとめたポスターを作ったり、争点について議論したりもする。さらに、開票結果は全国で集計され、大手メディアが報道もする。子どもたちにとっては、模擬選挙で投票のプロセスを知るだけでなく、政治家や政党、社会問題を知るきっかけにもなるし、議論を通じて民主主義そのものを学ぶ機会にもなる。こういった模擬選挙はNGOがマニュアルや素材の作成に関わっていて、フィンランドで全国規模の選挙があるたびに行われている。

また、より小さな子どもを対象とした同様の試みもある。今回、フィンランド第二の都市のエスポーでは、図書館で「子ども大統領選挙」が開催された。人気の児童書のキャラクターたちが候補者で、本物に似た投票表紙や投票所が設けられ、子どもたちが一票を投じた。ちなみに、今回の選挙では3位に日本発のキャラクター「おしり探偵」が入った。

そこまで大掛かりなものでないが、投票や民主主義の学びは、保育園でも行われる。私の友人の子どもが通う保育園では、クラスのマスコットを決める投票がおこなわれた。候補を皆で出し合い、選んだ理由を聞いたり、自分の意見を言ったりして、楽しみながら自然と仕組みを学んだようだ。

図書館で行われた子ども大統領選挙 Photo: Espoo

政治はタブーではない

選挙の時以外にも、フィンランドには幼いうちから政治や社会参加に親しめる機会が多い。各学校にある生徒会は最も身近な議会だが、それに加えてほとんどの自治体には、中高生による青少年議会もある。同世代の学生によって選ばれた議員たちは、決定権はなくとも自治体の地方議会に提言ができる。

さらに、政治に強い関心があれば10代から政党活動に関わることもできる。今の若手国会議員の多くは、20歳前後に党の青少年部に入って活動してきた人たちだ。私がフィンランドの大学で勉強していた時も、サークル活動の感覚で政党活動を行っていたり、集会に足を運んだりしている学生が少なくなかった。

フィンランドでも、かつて過激な学生運動があった反動で、教育の場に政治を持ち込むことに消極的だった時期もあった。しかし、今は国民の積極的な社会参加を国も目標としているため、政治を教育の中で扱うのはタブーではない。露骨な政治活動や教師が中立性を損なう言動はいけないが、政治家を学校に招いて仕事について聞くなど、政治を身近に感じてもらうような活動は、教育文化省も奨励している。

そのせいか最近の若者は自分の意見を表明したり、政治に関わったりするのに、あまりためらいがない。友人の12歳になる子どもは、昨年4月に行われた国政選挙では自ら広場に行って各政党のテントをまわり、候補者や政党関係者に質問をした。その中で気に入った政党のために、何かしたいと思ったようだ。知っている大人たちに政党の宣伝をし始めた。母親は、さすがに「少し行き過ぎではないか」と心配したが、選挙への関心や世界を変えたいという思いの強さをむやみに止めるわけにもいかず、そっと見守ることにした。ただし、「意見が違う人がいても、その人の話をきちんと聞くこと」と条件をつけて。

家庭でもオープンに議論

政治の話題がタブーではないのは、家庭も同じだ。フィンランドでは家族で政治の話はよくするし、それぞれが支持する政党や候補者についてオープンに語る。また、投票日には投票所に子どもたちを連れていくことも多い。フィンランドには「選挙コーヒー」という言葉があり、一部の投票所にはコーヒーやケーキが用意され、投票後の一服が楽しめる。若い人たちも「選挙コーヒーに行こう!」と友人たちを誘い、投票後にカフェで選挙の話に花を咲かせる。ちなみに、今回は期日前投票を利用した人は5割近くにのぼった。身分証を提示すれば、スーパーや図書館などにある投票所で簡単に投票ができる。それは海外でも同じで、旅行中でも、在外公館で気軽に期日前投票ができる。こういった仕組みも投票率の高さを支えているかもしれない。

さらに開票日の夜は、開票速報を伝える番組を、まるでスポーツ観戦のように家族や友人で集まってワイワイ見るのだ。先ほど紹介した友人の子どもも、応援した政党がどれだけ議席をとるのか、一喜一憂しながら見守ったそうだ。

新大統領の就任式の様子 Photo:TPKanslia

フェアで誠実な選挙

今回の大統領選で上位2名による決選投票はまれにみる接戦であった。最後の最後までどちらになるかわからず白熱したが、期間中、キャンペーンの手法は決して相手を揶揄したり、人格を否定したりするようなものではなく、あくまでも論点の違いを強調するものであった。さらに、どちらの候補者もパートナーは外国出身。敗れたハービスト元外相は同性愛者であることを公表していてパートナーも男性だが、その部分を過剰に強調する報道もなかった。

そして開票の夜、両候補者は同じ会場で隣り合って結果速報を見つめていた。ストゥブ氏の当選が確定した瞬間、二人は握手をして、お互いの健闘を称えあった。そして、壇上での挨拶では、相手を好敵手だったと褒め、その支持者にも感謝を述べる姿があった。このことは、国民や国内外のメディアに、フィンランドが選挙で大切にしている価値観「フェアで誠実」、そして両候補者の成熟した人間性を印象付けた。

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文/堀内 都喜子
長野県出身。フィンランドのユヴァスキュラ大学大学院でコミュニケーション専攻、修士号取得。現在フィンランド大使館広報部に勤務。著書『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)。『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)など。翻訳『チャーム・オブ・アイス~フィギュアスケートの魅力』(サンマーク出版)