menu

みんなの仏教SDGsウェブマガジン ReTACTION|みんなの仏教SDGsウェブマガジン

社会起業家育成プログラムを通して学生たちと創り出す“新たな価値”

龍谷大学ユヌスソーシャルビジネルリサーチセンターでは、学生たちに向けた社会起業家育成のためのプログラムを実施しています。プログラムの目的は、数多くの起業家(アントレプレナー)を輩出することだけでなく、社会課題に関心を持ち、解決に挑むマインド(ソーシャルアントレプレナーシップ)を学生たちに芽吹かせることにあります。今回は、プロジェクトにたずさわるユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターの並木州太朗研究員にお話を伺いました。

起業家マインドを育てるために

浄土真宗の精神を建学の精神とする龍谷大学では、創立380周年を記念し基本コンセプト「自省利他」を掲げました。その一環として、仏教の観点から持続可能な社会を考える仏教SDGsという概念が生まれ、その研究や具現化していくための中核的組織として2019年に設置されたのが、ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターです。バングラディシュで貧困層の自立を支援する銀行を設立し、2006年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏が提唱するソーシャルビジネスの発信拠点でもあります。

センターの活動には、教育、研究、社会実装という、大きく3つの分野があります。その教育分野のひとつとして、2020年度からスタートしたのが社会起業家育成プログラムです。スタートした当時は、外出が難しいコロナ禍の最中。各学部から参加したいと申し出た72名に向けて何ができるか熟考した結果、オンラインでつなぐバーチャルフィールドワークにたどり着いたそうです。

「プロジェクトが動きだした2020年8月は、コロナ禍で学生たちがキャンパスに来ることもままならない状態。ましてや学生を束ねて学外のフィールドワークに出かけることなど不可能でした。しかし、どんな環境の中でもできることはあるはずと、まず社会課題を肌で感じてもらうために開始したのがバーチャルフィールドワークでした。私たちセンターのメンバー数人が、食品廃棄物を肥料に加工する企業や子どもの貧困に携わる関係者などを訪ね、現地の映像をリアルタイムでプログラム参加者に配信。画像を眺めるだけでなく、画面の向こうにいる担当者への質疑応答も活発に行われました」

バーチャルフィールドワークから3ヶ月後の2020年11月。現場のリアルを目の当たりにして刺激を受けた学生たちはチームを組み、「社会起業家育成プログラム2020ファイナルピッチ」にて、それぞれ見つけ出した社会課題と解決策を発表しました。その際、学長賞を受賞したチーム「生理についての知識で生きやすい社会をつくる」は、社会実装へとつながり多くのメディアで取り上げられました。

「彼女たちの発表を機に、経済的なことだけでなく適切な知識にアクセスできていないという多面的な“生理の貧困”があちこちで語られるようになりました。大学や企業との連携で課題解決に向けた動きが加速し、学内のトイレに生理用ディスペンサー「OiTr(オイテル)」を設置するという、実装につながったのです。社会課題は他人事ではなく、自分のすぐそばにあることを示してくれた、すばらしい問題提起だったと思います」

リアルとバーチャルの両輪で進む

2021年度以降のプログラムは、コロナ禍が緩和した時期にはオンラインと対面を併用して開講。初年度を振り返り、『社会課題を解決するアイデアが見つかっても、実行に移すとなると何から始めればいいか難しかった』という学生の声に耳を傾け、プロモーションビデオを制作するための講座、紙媒体を作るための講座を実施するなど、アウトプットへのハードルの高さを解消する講座が行われました。

「プログラムを継続していく中で、センターが学生たちに提供すべきものは何なのか。常に問い続けています。学生たちの中には、社会課題の発見以前に、『今のままじゃ成長できない、とわかっているけれど、学生生活ですべきことが見つけられていない』と、モヤモヤとした感情を抱いている人もいます。そういう学生たちが変われるきっかけになるようなイベントも、幅広く企画していきたいと考えています。これまで、社会福祉施設とコラボレーションしたアート展示、性的マイノリティの起業家を招いたトークイベント、盲ろう者やウクライナ情勢等の社会課題に関する映画の上映会など、さまざまな企画を実施してきました。入口はなんでもいい、世界には解決すべき課題が存在していることを知り、一歩でも動き出すきっかけにしてくれれば嬉しいです」

参加した学生たちからの反応も良いバーチャルフィールドワークに関しては、さらなるアップデートをめざしています。これまではZoomやスマートフォンを使って現地と中継していましたが、もっと生の情報、現地の雰囲気を鮮明に感じられるように360度全周囲が見渡せるVR動画を導入。社会課題の現場に潜入しているような、新しい体験をしてもらえる仕組みづくりが進められているそうです。

「これからは学生自身が現地に赴くフィールドワークと、個々に訪れることが困難な場所からのバーチャルフィールドワーク、2つの手法を組み合わせて学びを深めていきたいと考えています。今年3月、アジア最貧国と言われているバングラディシュを訪問し、現地の孤児院や縫製工場を取材してきました。文字が読めず明日の生活すら見通せないような失業者やシングルマザー、障がいを持った方たちばかりを雇用する縫製工場に伺ったのですが、日本で見聞きしていた課題とは、規模感も生々しさも違うことを実感しました。雨が降ると住居の周りが腰まで水に使ってしまう劣悪な環境も含め、現地でないと掴みきれない情報は無数にあるんです。たくさんの映像やインタビューを撮影してきたので、次のプログラムのコンテンツとして活用したいと思っています」

新しい価値で社会を変えていく

現在はプログラム参加者だけが体験できるバーチャルフィールドワーク。今後はもっといろんなシーンで活用していくことを視野に入れています。近い将来にソーシャルアントレプレナーシップを育むプログラムを全学部で展開したい、という想いがあるそうです。

「2021年度から3つのキャンパスの授業時間割が統一されたことで、大宮、深草、瀬田キャンパスをつないだ授業の展開が可能になりました。どのキャンパスにいても同じ高画質な映像が見られたり、同じ空間にいるような気分で質疑応答できたり、あたかもひとつのキャンパスで学んでいるような環境をつくることが可能な時代です。まずは近い将来、プログラムに参加すれば単位が取得できるよう働きかけていきたいです」

並木さんの仕事は教育分野だけにとどまらず、企業との共同研究や新たな事業の社会実装のサポートまで多岐に渡ります。ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターが第三者委員会の運営でコミットしているソーシャル企業認証制度「S認証」では、社会課題の解決やESG経営をめざす企業に対し、評価・認証を行っています。

「現在、「S認証」登録認証企業・団体は1100ほど。産業界でも、社会や環境に良い活動をしている、事業活動が世のため人のためになっている、という新しい価値に注目が集まっています。学内においても、企業においても、地域社会においても、社会課題への関心が高まっていることは確かな事実。社会起業家育成プログラムは、世のため人のためとは何か、自省利他とは何か、じっくり考えるまたとない機会になります。学生たちにはプログラムで多くを吸収し、新しい価値やより良い社会への変化を生み出せる人に成長してほしい、と願っています」