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オーバーツーリズムを緩和し
旅人と住民が共生する京都へ

観光客の増加が原因で、住民の暮らしに悪影響を及ぼす観光公害=オーバーツーリズム。公共交通の混雑、不動産価格の高騰、住民向け店舗の閉鎖…京都でも、オーバーツーリズムの問題は深刻化しています。観光客にとっても、住民にとっても快適な観光都市を実現するには、どのような変化が必要なのか。都市計画が専門分野で、観光都市の再生に詳しい、政策学部の阿部大輔教授にオーバーツーリズムの現状や、理想の観光都市について伺いました。

古いから面白い都市の個性を尊重

編集部:大学で土木工学を学んだ後、東京大学大学院に移り都市計画を学ばれた阿部教授。都市計画に惹かれたきっかけは?

阿部:高校時代から都市計画という分野に興味はありましたし、学生時代、バックパックを背負ってさまざまな表情をもつ都市を巡ったことも、ひとつの契機でした。街ごとに特徴があって、そこに生き生きと暮らす人がいる。計画的に作られた街の美しさもあれば、無計画な時代から続く街の賑わい、さまざまな街の様相に触れて、都市空間のデザインをしっかり学びたいと思いました。ヨーロッパの中で圧倒的に都市計画がうまくいっていると感じたのはバルセロナでした。旅行中にふらりと入った古本屋で目にした、19世紀のバルセロナの都市計画に関する書物を今も覚えています。当時、スペイン語は全然読めなかったけれど、地図で見る今のバルセロナと19世紀の図版がほぼ一緒であることがわかり、都市計画の面白さを実感しました。

編集部:都市計画の中でも、古い市街地の研究がご専門ということですが。

阿部:歴史的に形成されてきた旧市街と呼ばれるエリアを、研究対象にしています。古い市街地というのは、古さそのものが特徴なのですが、その一方で、エレベーターがない、日差しが差し込まない、建て詰まっていて道が暗いなど、古さが居住環境におけるデメリットにもなります。だからといってただ現代的な合理性だけで建て替えをしてしまうと、街の個性はどんどん失われてしまう。どのように古き良きものをいかすのか、「古いから面白い」と思える使い手をどう増やしていくのかが、古い市街地が抱える世界共通の課題です。

過剰な観光熱に憤ったバルセロナ

編集部:古く魅力ある都市に観光客が押し寄せる。オーバーツーリズムの問題が世界的に語られるようになったのは、いつごろからなのでしょう。

阿部:オーバーツーリズムという言葉が使われ始めたのは2016年ごろです。私自身、4年の留学を経験し、その後も年2回ほど訪問を続け、定点観測的に見ていたバルセロナ。その観光に変化を感じたのも、2014年あたりです。街中に英語表記が増え、英語で話しかけられることが増え、生ハムの食べ歩きなど観光客向けの店舗が増えました。2014年にバルセロナで調査していた時、旧市街地で「観光客は帰れ」「ホテルはもうたくさん!」と観光に反対する住民デモに遭遇して、観光は必ずしも都市にメリットをもたらすわけではないと痛感し、翌年からはオーバーツーリズムの研究にも着手しました。

編集部:住民の不満が露呈したバルセロナはその後、どうなったのですか?

阿部:観光用の宿泊施設が急増し、賃貸価格が高騰し、ジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)で住民が追い出されてしまう。そんな過剰な観光の流れを変えたのが、2015年のバルセロナ市長選。オーバーツーリズムを止める公約を掲げたアダ・クラウ氏が当選し、観光客が集中すると定めたエリアでは原則、宿泊施設の新規建設が禁止されました。クラウ市長は2期を務めた後、2023年の選挙戦では落選。新しい市長は観光政策に関して緩和の動きを見せている、というのがバルセロナの現状です。

編集部:京都の中心部もバルセロナに倣い、宿泊施設の建設を禁止すれば、オーバーツーリズムを解消できるのでしょうか。

阿部:日本において、宿泊施設の建設に規制をかける政策は不在です。ただ京都もバルセロナと同じように、受け入れ可能なキャパシティが限界に近づいていることは確かです。京都にどれくらいのキャパシティがあるのか、という議論を早くまとめることです。そこから、どのエリアに、どれくらいの規模の宿泊施設を誘致するのか、さらに検討を進めることが必要だと考えます。

地域に利益をもたらす仕掛けを

編集部:京都も中心部の地価は高騰し、一般の人々が住居を購入できない状況です。

阿部:今の京都では利便性の高い地区に、ホテルが集積しています。宿泊者の視点からすれば便利だし、事業者は収益が増える一方ですが、潜在的な住民がその地区に住めなくなってしまいます。バルセロナでは、空き家が減少しているにもかかわらず、人口が減少している界隈すら出てきています。人々が日常生活を営む地区から、観光客が泊まる地区になっていくのです。京都も例外ではありません。家族で営む生業があって、職人さんが暮らす路地があって、地主さんも店子さんも同じ地区に住んでいて、お地蔵さんを町内会のみんなで守って…。こういう京都らしい風景が知らぬ間に失われてしまう危険性があります。観光客が増えれば、1年を通じて人の流れができるかもしれませんが、その人たちが町内を守ってくれるわけではない。オーバーツーリズムに対して不満が起こるのも当たり前です。

編集部:京都らしさを守る住民と、京都に憧れて訪れる観光客、どちらも快適に過ごせる都市にするにはどうすればよいのでしょう。

阿部:オーバーツーリズムの問題は、住民の環境に悪影響が出るという面だけでなく、訪問者の観光体験の質にも悪影響が出るという側面もあります。どこへ行っても混雑していては「期待していた都市じゃなかった」と思いますよね。観光客の人数が減らないのだとすると、混雑回避には分散の対策が必要です。例えば、清水寺や金閣寺といった人気観光スポットへのアクセスには公共交通機関ではなく、観光客専用の周遊バスを利用してもらうことが実現すれば、混雑はある程度緩和できるかもしれません。私はオーバーツーリズムについて取材をよく受けますが、観光自体に反対ではなくて、地域に利益が生まれる観光へつなげたい。観光は魅力ある都市があってこその産業。だからこそ、観光で得た利益が都市へともどっていくサイクルが必要なのです。

編集部:観光客は旅を楽しみ、住民の街はよりよくなる、理想的ですよね。

観光で得た利益を、都市に再投資していることを可視化することも需要です。例えば、町家の修復や路地の保全に活かし美しく甦れば、観光が京都らしさを支えていると実感できるでしょう。イタリアの事例をあげると、地域還元型宿泊施設というものがあって、その施設の宿泊費の一部は地域に還元されます。その資金を貯めてゴミ箱を設置したり、空き地を都市農園に変えたり、地域の清掃に地元の人を雇ったり、さまざまな取り組みが始まっています。住民と観光客が共存しながら都市の個性が磨かれ、その積み重ねの先に観光先進都市ができていく。都市計画で使う言葉のひとつに、「公共の福祉の増進」というものがあります。観光に携わる事業者だけが利益を得るのではなく、観光に携わる人も、そうでない人にも利益がある方向性を見出し、「観光都市に住んでいてよかった」と言われる、都市計画のあり方をこれからも研究していきます。