世界各国のSDGsの目標達成度を評価したランキングで、3年連続1位を獲得しているのは北欧の国フィンランド。だが、フィンランドの多くの人たちはSDGsと言う言葉を知らない。それでどうして1位なのか。フィンランドの人たちはSDGsをどう捉えているのだろうか。たとえ言葉を知らなくとも、SDGsが掲げる目標の多くは、フィンランドの社会や生活に深く浸透し、若者を中心に社会全体を巻き込んだ活動になっている。
達成度世界1位の国
毎年6月、国際的な研究組織「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」(SDSN)が世界各国のSDGsの達成度を評価した「Sustainable Development Report」(持続可能な開発報告書)を発表している。そこで今年1位になった国をご存じだろうか。
答えは北欧の国「フィンランド」である。なんと3年連続の1位だ。ちなみに日本は順位を落としたものの21位で、欧州以外の国としてはトップにある。フィンランドは17の目標のうち「質の高い教育をみんなに」「貧困をなくそう」「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」でほぼ目標が達成されたか、進捗状況が順調で、ジェンダー平等や、海の豊かさ、健康や福祉、働きがいや経済成長などにおいても一定の成果が見られている。一方で、深刻な課題があるとされているのは、日本と同じく気候変動対策や陸の生物多様性、つくる責任や使う責任などだ。
達成度ランキングで世界1位をとっているフィンランドだが、その結果がフィンランド国内で報じられることはほぼない。1年目こそ政府がプレスリリースをだしたが、単純に1位を喜ぶというよりも、課題への今後の取り組みや意気込みを述べたものであった。
さらに、フィンランドでは「SDGs」という言葉は、ほとんど知られていない。「国連のアジェンダ2030」と言えば、かろうじて政府機関や一部団体の人たちが「あれね」と、わかる程度だ。逆に、日本は「SDGs」という言葉のブランディングに非常に成功した国である。数年前から多くの人がSDGsのカラフルなバッジをつけ、メディアや企業のウェブサイトでも、SDGsやサステナブルという言葉がしょっちゅう聞かれるようになった。日本に住むフィンランド人も日本に来て初めて「SDGs」という言葉を知るようだ。
生活に深く浸透するSDGs
ではフィンランド人はSDGsを全く意識していないのだろうか。決してそんなことはない。むしろ、サステナブルという言葉は20年ほど前からよく聞かれていたし、その頃から自社がいかに持続可能性に配慮した経営や商品開発をしているのかを語るのは、当たり前になっていた。
また、SDGsに項目がいくつあるのかは知らなくとも、ここの目標は今のフィンランド人が自然と意識しているものであり、根底にある理念「(地球上の)誰一人取り残さない」は、まさにフィンランドがほかの北欧型福祉国家を築く上で基盤としてきた考えと一緒だ。つまり、様々な背景や障がいや課題、困難にあっても、誰もが自分らしく生きていけるように国や社会が支える。それは、単に現在だけの話ではなく、将来も安全で安心な暮らしができるようでなければならない。
だからこそ、フィンランドでは教育は大学まで授業料は無償で、学生の生活費も援助することで、家庭環境などに関係なく誰もが努力さえすれば高度な教育が受けられる。どんな理由で仕事を失っても、様々な補助を受けることで人間らしい生活がおくれる。社会でも家庭でも政治の世界でも男女平等をすすめ、能力が発揮できるようにする。ゼロエミッションを目指して、再生可能エネルギーや原子力に投資が進む。SDGsの各項目は生活の奥深くに根付き、すでに長い間実践されてきていることなのだ。また、教育において各項目を教えることはなくとも、幼児教育から高等教育まで一貫してSDGsを反映した教育がおこなわれ、学校の在り方にもSDGsの実践が問われる。
そのせいか、理念への理解も様々な世代に浸透している。以前、フィンランドについての講演をした際に、交換留学で来日していたフィンランドの高校生が参加してくれたことがあった。聴講者からの質問は彼にもおよび、「どうしてフィンランドは高い税金をとり、福祉や教育に力をいれるのか。それについてどう思うか」と、問いがあった。高校生には難しい質問かと思ったが、彼は少し考えたあとに「弱者やどんな背景の人も取り残さないために福祉や教育があると思うし、そのためには税金が必要だと思う」と、答えた。高校生でも「誰ひとりも取り残さない」という理念を理解していることに、正直驚いた。
フィンランド人と関わる中で、もう一つ驚くのは広い視点を持ちつつ、自分ごととして捉える力だ。先ほどの理念も、自分のまわりだけが良ければいい、というのではない。ニュースで弱者の窮状が伝えられると、そういった状況を作っている社会や国の仕組みに問題があると言う。それが、海外の話であったとしても。
気候変動は一番の関心事
冒頭で、まだ課題があると指摘されていると述べた気候変動対策でも、フィンランドは決して何もしていないわけではない。詳しい取り組みは別の機会に紹介するが、気候変動は多くのフィンランド人にとって、最も関心の高い課題の一つだ。フィンランドは緯度が高く、国土の一部は北極圏にあり、気候変動の影響は如実に表れている。次世代を担う若い人たちの危機感は非常に強い。2019年に行われた総選挙では気候変動対策が一番の争点であり、その結果、2035年までにカーボンニュートラルを達成するという野心的な国家目標がたてられた。これは日本やEUの目標が2050年なのに対して、かなり早いものになっている。
また、個人レベルでも若者を中心に多くの人が、日々の行動や選択が気候変動にどう影響するのか、敏感になっている。自分が着る洋服はどこで、どうやって、どんな環境で、どんな素材から作られているのか。着古したらたらどうすべきか。通勤や通学、旅行にはどんな交通機関を使ったらいいのか。何を食べ、何を食べるべきでないのか。気候変動を含めSDGsの項目が、自然と判断基準を作っている。こういった動きは、消費者行動の変化を生み出し、もはや企業や自治体などもSDGsを軽視することはできない。
若者の意見も重視し、社会全体で取り組む
そもそもフィンランドのSDGsの取り組みの特徴は、社会全体を巻き込んでいることにある。政府、経済界はもちろん、自治体、市民、研究や科学技術、団体、若者など、さまざまな分野の関係者が計画、評価、報告書の作成に関わっている。
さらに象徴的なのが、ユース(若者)アジェンダ2030の存在だ。このグループは、首相率いる持続可能な開発(SDGs)委員会の下、2017年春に設置された。委員会は、目標達成のため国家レベルの計画と実施に取り組んでいるが、もっと若者の参加を増やしたいとの願いから、グループが誕生した。さまざまな背景を持つ15~28 歳の若者が全国から公募で集まり活動しているが、彼らには2つの目標がある。ひとつはロールモデルとなってSDGsを行動に取り入れること。もうひとつはフィンランドの計画と実施に若者の声を反映させることだ。
メンバーは省庁などの様々なイベントに招待され、ワークショップ、ディスカッションなどに参加し若者の声の媒介者となったり、それぞれが地域、団体、学校、職場で指導役を担ったりしている。さらに自らイベントを企画して同世代への情報発信や海外の若者たちとのネットワークも築いている。
SDGsは国連が提唱していることが象徴するように、1国だけでどうにかなるものではない。現在は世界各国と協力し、開発途上国への支援もし、地球規模で改善する必要がある。フィンランドのこの分野の専門家は、2020年に初めて達成度1位になったときにこう述べている。
「ランキング上位の国々を比較するのではなく、リストの最後尾にある国々を支援することに焦点を当てるべきだ。開発において、誰も取り残されてはならない」。
SDGsという言葉や個々の目標を覚えることはそれほど重要ではない。だが、次世代やその次の世代が安全に安心して暮らせる地球を作るにはどうしたらいいのか。そのためには自分は何ができるのか。自分ごととして捉えて、考え、行動に移すこととの大切さと、トップダウンではなく若者を含めた社会全体でのアプローチの大切さをフィンランドを見てあらためて感じる。
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文/堀内 都喜子
長野県出身。フィンランドのユヴァスキュラ大学大学院でコミュニケーション専攻、修士号取得。現在フィンランド大使館広報部に勤務。著書『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)。『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)など。翻訳『チャーム・オブ・アイス~フィギュアスケートの魅力』(サンマーク出版)