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ゼロカーボンを目指す島 沖永良部

鹿児島県本土から南へ550km、沖縄から北へ160kmに位置する沖永良部島。周囲55.9km、面積93.6平方km。年間平均気温22度。温暖な気候に恵まれてサトウキビやバレイショ(ジャガイモ)、花き栽培が盛んな農業の島です。島内には至る所に鍾乳洞があり、近年は「ケイビング」(洞窟探検)が人気を集めています。この小さな島がいま、ゼロカーボンの先進地として注目されています。環境省は2022年4月、「脱炭素先行地域」第一弾を発表しました。沖永良部島の和泊、知名両町が鹿児島県内トップを切って選定されたのです。2030年度までに温室効果ガスの排出量「実質ゼロ」を目指します。

気象変動は奄美にどんな影響をもたらすか

2020年3月、名瀬測候所・福岡管区気象台は「奄美地方の気象変動」と題したリーフレットを作成。21世紀末に世界の平均気温が2度上昇した場合と、4度上昇した場合のシナリオを描きました。気温の上昇に伴い、大気中に含まれる水蒸気の増加によって大雨が増加しています。同時に雨の降らない日も増え、降り方が極端になり、災害リスクも高まると考えられます。短時間強雨は2度上昇した場合が20世紀末(1980~99年)に比べて1.5倍、4度上昇した場合は2倍になると予測しました。日本付近の台風の強度が強まると予測されています。4度上昇した場合は猛烈な台風の発生頻度が増加すると予測されています。

気象変動はさまざまな分野に影響を与えます。大雨の増加は水害、海水位上昇は高潮の発生を引き起こすでしょう。野生動物の生息域の変化、森林植生の変化も懸念されます。世界自然遺産、国立公園に指定されている奄美の島々の自然環境を変えてしまう恐れがあります。魚介類の分布域の変化は漁業に大打撃を与えるでしょうし、野菜や果樹の生育への影響も懸念されます。

なぜ離島でゼロカーボン?

沖永良部島をはじめ奄美の島々は台風常襲地帯です。1991~2020年の30年間に発生した台風は763個。このうち奄美市から500km以内に接近したものは181個。年平均5.7個です。台風は災害の脅威に加えて生活に大きく影響します。2023年5月末から6月初めにかけて奄美地方に接近した台風2号は災害こそ発生しなかったものの、空と海の便がストップしました。

台風の高波が岸壁を乗り越える=2020年9月1日、和泊港

沖永良部島では7日間にわたって船便が入らず、商店からモノが消えました。一週間近くも停電が続くこともあります。島の自然や暮らしはもろく、都市部よりも気象変動の影響を受けやすいのです。世界的な問題に取り組まないと、島で暮らすことが困難になってしまいます。2020年9月、知名町が「知名町気候異常事態宣言」、和泊町は翌年1月に「和泊町ゼロカーボンシティ宣言」を行い、沖永良部島は奄美の他の島々に先駆けて「ゼロカーボンの島」を目指すことになりました。

マイクログリッド化を推進

脱炭素社会計画「ゼロカーボンアイランドおきのえらぶ」によると、①小型電力による再エネ供給体制の整備②公共施設の省・再エネ化③公用車のEV化の推進④ごみの資源化―などを推進します。

財源は2026年度まで50億円規模の環境省の補助金を活用します。知名町は手始めとして2022年1月、海岸近くのメントマリ公園に小型風力発電機(定格出力9kw)を設置し、実証試験を始めました。

マイクログリッド(小規模電力網構築)に向けては2023 年度以降、知名町の新庁舎周辺、久志検(ぐしけん)地区、和泊町の国頭地区などで太陽光パネルや蓄電池などを導入していく予定です。両町の公用車は2026 年度までにマイクロバス4台、普通車40台、軽自動車20台を導入する予定です。島内を運行する路線バスもEV化を進めます。また、島民を対象に電動軽トラックや通学用電動バイクの購入補助も検討しています。

公園に設置された小型風力発電機=2022年2月、知名町メントマリ公園

公用車に電気自動車、通学用にEVバイク

脱炭素化へ目に見える形の取り組みも始まりました。和泊、知名両町と鹿児島トヨタ自動車は2022年7月、超小型REV(バッテリー式電気自動車)「Cpod」(シーポッド)を活用した公用車のシェアリング事業を始めました。平日は町の公用車とし、休日は観光客の移動手段として貸し出します。電気自動車は4台。両町に各2台配備します。購入には両町の取り組みに賛同する鹿児島銀行と鹿児島トヨタ自動車の企業版ふるさと納税を一部活用しました。事業運営は鹿児島トヨタ自動車が受託しました。自動車のデザインを担当したのは地元のデザイナーです。「エラブのeクルマ」をテーマに「自動車らしい力強さと環境に配慮する優しさを表現した」とのことです。知名町の今井力夫町長は「車を見た人はきっと、この島が本格的に脱炭素化に動いたということを実感するのではないか。この車を通して世界にアピールしたい」と話しました。

和泊、知名両町は同年8月、ゼロカーボン通学実証事業を開始しました。沖永良部島の二酸化炭素排出量の約半分を輸送部門が占めています。脱炭素化には個人が使用する自動車・バイクのEV化が必要になってきます。原付バイクは沖永良部高校の生徒の7割が通学手段として使用していますが、バイクの購入費用や高騰する燃料代が家計の負担になっています。本格導入に向けてはバイクの提供方法や充電方法、島内での走行性など、利用者の意見を踏まえた支援が必要です。そこで高校生一人1カ月、計50人にEVバイクを貸し出す実証事業を始めました。事業には沖永良部高校と、パーソナルモビリティー(先進的な技術を用いた小型の移動支援機器)事業を展開するカレンスタイル(本社・東京都)、バイクを製造するヤマハ発動機(本社・静岡県)が協力しました。

実証事業に先立ち7月27日、両町は沖永良部自動車学校でEVバイクの試乗会を開きました。対象は沖永良部高校の2年生80人。試乗した男子生徒(16)は「EVバイクはテレビで見て興味があった。走りもスムーズ。エンジン音がしなくてびっくりした」と話しました。実証事業は23年3月まで行われました。

EVバイクを試乗する沖永良部高校生=2022年7月27日、沖永良部自動車学校

生ごみ資源化

「住み続けることができる島」づくりは行政任せでは実現しません。民間でも脱炭素化、資源の有効利用を目指す取り組みが始まっています。民間の中心的な役割を担っているのが酔庵塾(石田秀輝塾長)です。石田塾長は2014年3月、61歳で東北大学を退職し、沖永良部島に移住。同年4月に地球村研究室、同年9月に酔庵塾を立ち上げ、環境問題やエネルギー、食の問題などに取り組んでいます。

酔庵塾は22年11月、生ごみを発酵させて可燃性のバイオガスと、液体肥料をつくる実証事業を始めました。バイオガスは調理用ガスに変えて料理の加熱や給湯に利用します。液肥は畑の肥料に使います。事業は知名町と小規模多機能型居宅介護事業所「ホームかがやき」が協力しました。

バイオガス生成装置はホームかがやきに設置しました。施設側は毎日1㌔ほどの生ごみを生成装置に投入します。酔庵塾はデータの収集、装置の管理を行います。事業が始まったのは晩秋だったこともあり、気温が低くガスの発生量は少なかったのですが、液肥(液体肥料)は20㍑タンクが2回満杯になり、家庭菜園にまきました。

実証事業は23年10月まで続きます。石田塾長は「単なるごみ処理場ではなく、お年寄りがごみを持って集まり、話ができる、元気になれる〝コミュニティステーション〟づくりも目的。液肥を使うことで有機農業推進のサンプルになればと思う」と話しています。

沖永良部では小学生の姉妹が立ち上げた「うじじきれい団」が海岸清掃に取り組んでいますし、サトウキビ農家が米糠や魚粉などを使った自家製堆肥でキビを育てています。「脱炭素化」は住民レベルでも広がっています。

温暖化防止は行政はもちろん、民間の協力が不可欠です。沖永良部島は島の人々が脱炭素化に向き合い、自らができる取り組みを進めています。この姿が国内外に知られ、注目されることで人も動物も住み(棲み)続けられる地域づくりに弾みがつくのではないかと考えています。

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文/久岡 学・元南海日日新聞社編集局長

1985年、南海日日新聞社入社。2018年4月~21年3月、編集局長。現在は嘱託で文化面の編集業務に当たる。主な著書(共著)は「田舎の町村を消せ」(南方新社)、「奄美戦後史」(同)、「奄美学」(同)、「『沖縄問題』とは何か」(藤原出版)など。「宇検村誌」にも執筆。

▽参考文献・写真提供 南海日日新聞、2022年次日本島嶼学会沖永良部大会要旨集「ゼロカーボンにむけた取り組み」、気象庁HP「奄美地方の気候変動」