地球温暖化防止に向け温室効果ガス排出量の削減が待ったなしの中、自社だけでなく、部品・部材メーカーも巻き込んで二酸化炭素(CO2)を削減しようとする大手企業が増えています。代表例がトヨタ自動車です。直接取引のある部品メーカーに対し、2021年のCO2排出量を前年比3%減らすよう求めたとの報道が最近ありました※1。製造業で最大手のトヨタが動くことで、部品・部材メーカーにCO2削減の動きが一気に広がることが期待されています。
※1 2021年6月3日付日刊工業新聞「トヨタ、CO2削減要請、サプライヤー向け今年3%」
サプライチェーン全体で温室効果ガスを削減
トヨタの動きの背景には、自社の製造工程だけでなく、部品・部材の製造工程、輸送工程を含むサプライチェーン(調達網)全体で温室効果ガス排出量を把握し、削減しようとする世界的な流れがあります。よく知られている取り組みが、気候科学に基づいた削減目標の設定を促す国際的活動「サイエンス・ベースド・ターゲッツ(SBT)※2」です。自社の直接排出を指すスコープ1、他社から供給された電気などの使用に伴う間接排出を指すスコープ2に加え、スコープ1、2以外の間接排出を指すスコープ3を削減対象としています。最後のスコープ3は、部品・原材料の調達にはじまり、物流、製品使用時(消費者の製品使用時含む)、廃棄、従業員の通勤・出張まで含まれ、事業活動に関わる多くの分野が対象になってきます。世界的な環境意識の高まりで、投資家などからスコープ3まで情報を開示するよう求められるようになり、大手企業を中心に部品・部材メーカーも一緒になってCO2などの温室効果ガスの排出量削減に取り組む企業が出てきています。
※2 環境省、SBT概要資料
国際的な活動であるSBTは2015年のパリ協定で掲げた長期目標「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べ2度未満に抑えること」に基づいた取り組みで、年2.5%以上のペースで温室効果ガスを削減することを目安としています。トヨタがサプライヤーに要請した「3%削減」はおおむねこの動きに沿ったものと言えます。
国内で急増するSBT認定
企業は国際的な環境団体「SBTイニシアティブ」から認定を得ると、自社の削減目標が客観的な根拠に基づく活動であることを公言でき、SBT認定を取得する企業が増えています。環境省によれば、7月27日現在で世界で823社、日本で121社の企業が認定を受けています。日本は米国に次いで2番目に認定を取得した企業が多いです。
最近は取引先に対し、明確にSBT認定を取得するよう求める動きもあります。積水ハウスは、2021年版の統合報告書で「サプライヤーSBT目標設定率」を明記しました。2030年までにSBTに沿ってCO2排出量の削減に取り組む自社のサプライヤー(部品・部材企業)の割合を80%(2020年度は18.6%)に引き上げるというものです。建材や住宅設備などを生産する同社のサプライヤーは約400社あり、この8割にSBTの取得を求めています。
積水ハウスは突き放して取得を求めているのではなく、今年2月と4月にサプライヤーを集めたセミナーを開き、SBTとは何かをはじめ、どのように認定を取得するのかやサプライヤーの中でも先進的な取り組みを紹介して情報提供を通じたSBT取得の支援策を講じています。今後は個別のサプライヤーにアプローチして、本格的な取得支援策に取り組むそうです※3。
※3 2021年6月24日付日刊工業新聞「SDGs、住宅大手動く、取引先に対応要請」
CO2に価格をつける制度を検討
印象的だったのが、積水ハウスの環境担当役員が「調達金額の大きい企業ではなく、CO2の排出量が大きい企業から優先的に支援する」と述べていたことです。この発言の背景には、政府内で議論されているカーボンプライシングがあります。カーボンプライシングとは、CO2(カーボン)に価格をつける(プライシング)というもので、代表例に排出量に応じて課税する「炭素税」があります。カーボンプライシングが導入されると、CO2排出量の多い企業は税金が多く課され、コスト負担が増す可能性があります。先の発言は、「今は調達金額が少ないサプライヤーでも、CO2排出量が多いと、将来的に調達金額が増す可能性がある」と言っているのです。
積水ハウスは住宅を販売しているため、調達金額が増えると、住宅価格に反映され、最終的に消費者の経済的な負担も増すことになってしまいます。そうならないために、今からCO2削減に取り組み、将来的なコストアップのリスクを減らそうとしているのです。恐らく、トヨタのサプライヤーへの3%削減要請も、カーボンプライシングまで見据えたものと想像できます。
ひとりひとりが意識し行動するCO2削減
ここまで読んでくださった読者の中には、CO2削減は企業などの大きな組織の話と思われた方もいるかもしれません。それが企業だけの話ではなくなってきています。先ほど説明したスコープ3の中には、製品使用時のCO2も含まれており、消費者が製品を使っている段階のCO2も含まれてきます。将来的に、企業は自社のCO2を削減するために、消費者に対し、CO2排出量の少ない製品を購入するよう促すことになり、自動車の場合、ガソリン車よりも電気自動車や燃料電池車などのエコカーの購入を促すことになるでしょう。
日本政府は昨秋、2050年までの脱炭素という長期環境目標を表明しました。この目標を達成するには、企業だけでなく、消費者一人一人のエコロジカルな行動も求められてきます。
文/松本麻木乃:専門紙記者
2004年、日刊工業新聞社入社。化学、食品業界、国際を担当、2020年から不動産・住宅・建材業界担当の傍らSDGsを取材。近著に「SDGsアクション<ターゲット実践>」(共著)。